第5話 スズメ、百まで任務忘れず

 皇居内のアジトで、秘密計画の詳細を取りまとめた飛鳥集団は早速、行動に入った。まずは小篠淳子の身柄確保である。確保といっても拉致、監禁などしたら天皇陛下にご叱責を頂戴することになる。スズメたちはデジタル地形図で好立地な場所を探し、結局長野県の滅多に人が立ち入らないような中途半端な山林を即金で購入。国交省及び厚労省の担当者に金の錦をチラつかせ、医療施設建設の許認可を半ば強引に貰い、お抱えの土建会社に命じて雑木林を整備させ更地にし、これまたお抱えの建設会社に長期療養型の新しい病院をあっという間に作らせてしまった。もちろん、目的はここに小篠淳子を軟禁するだけのことだが、いくら建物が立派でも一人っきりでそこに置いといたら、なにかがおかしいとすぐにバレるので、建物を新設かつ政府特例(もちろん虚偽)の妊娠女性専用病院を含む療養施設ということにして、自分たちが医師、看護師から入院患者、見舞客、エッセンシャルワーカーに至るまで、まるで役者のように詳細なシチュエーションを作り、小篠淳子を迎え入れる体制を整えた。まるで、小説のような手際の良さである。

 役者のようにと書いてしまったが、飛鳥集団には複数の医師国家試験の免許や看護師資格を持ったものがおり、彼女たちが本気で病院を経営しようと思えばできないことはない。ただし、それでは古代から続く、天皇陛下のために影となって働くという祖先が賜った秘密の使命に逆らうことになるので、彼女たちはそんなことを考えたりすることは絶対になかった。


 また、間違えて一般人が紛れ込むことのないよう、施設の敷地には高いフェンスを立て、その一歩先は急勾配の崖にした。崖には飛鳥の戦闘部隊が待機しており、万が一崖を「ボルダリングだぜ!」と行って登ってくるおのぼりさんがいた場合はバンテリンを貼っても治らないような強烈な打撃を与える武器を用意した。


 小篠淳子の携帯電話に天皇陛下の代理人で宮内庁特殊機動課の鈴芽という女性から連絡が入った。淳子が安心して出産ができる施設が見つかったので『犬千代館』をすぐに退職して欲しい。スムーズに退職できるよう、こちらからも『犬千代館』の女将には連絡をしておく。もし、女将から退職理由を聞かれたら「東京にいる親戚がIT事業に成功し、会社の規模を広げるために、社員として自分を呼んでいる」と答えるように言われた。

 なぜ、嘘をつかなくてはならないのだろう? と淳子は思ったが、彼女はまだたったの二十三歳だ。世間のことなど全くよくわからない。なので、鈴芽の言われたままに動こうと考えた。


 小篠淳子は女将に嘘の事情を話し、円満に退職の許可を得たが、女将は、

「東京都いうところは怖いところだよ。なにかあったらすぐに戻っておいで。わたしは怒ったりしないからね」

 と優しく言われ、淳子は号泣し、女将の胸に飛びこんだ。

 外に出ると黒服の女がこれまた黒い車で、待機していて、

「ご連絡した宮内庁特殊機動課の鈴芽です」

 と身分証を提示した。

「この車で施設に行きます。あなたのことはマスコミ等にはまだ知られていませんが、万が一、情報が漏洩していた場合、世間は大騒ぎとなり、最悪、右翼系の反社会的団体などにあなたの生命を狙われる可能性があります。敵は複数予見され、現状ではわたしたちにもわかりません。しかし、わたしたちの確保した施設は安全です。至急参りましょう」

 鈴芽は、というよりスズメは淳子に乗車を促した。その際、即効性のある睡眠薬の液体を痛くない注射針で淳子に注入することを忘れはしなかった。この液体睡眠薬は胎児には全く影響はない。ただ、淳子に施設の場所を予見させたくなかったための措置である。車内に入った淳子は速攻で、眠りについた。睡眠薬の耐性がないのだろう。まだガキなんだとスズメは思いつつ、サイドブレーキを下げた。


 ところでスズメが名乗った宮内庁特殊機動課だが、彼女のでまかせではなく、実際に存在する。しかし、宮内庁の組織図をみてもその名はない。ではなぜ、宮内庁特殊機動課が存在するかというと、そういう課を作っておかないとスズメたち飛鳥集団に国庫から給与が貰えないからだ。つまり、秘密組織でありながら飛鳥の集団は国家公務員しかも上級職なのである。もちろん、キャリア試験など彼女たちは受けていない。そのための勉強をするならば、天皇陛下のお役に立つための国家試験に合格するべく努力をする。

 そして、宮内庁特殊機動課の存在を知っているのは、天皇陛下は別にして、会計監査院と宮内庁経理課、給与担当のおばさんだけである。歴代の宮内庁長官は特殊機動課について「陛下直轄の組織であり、余計な口出しは無用である」という申し送りがあり、経理課、給与担当のおばちゃんは歴代、トロイ人が採用される。しかも、退職するとなぜかすぐに亡くなってしまう。でも勘違いしないでほしい。それはあくまで偶然であり、万が一、誰かの意思が働いていたとしても、それは飛鳥集団ではなく、宮内庁長官が飼っているヒットマンの仕業であると思われる。国家公務員であるために、スズメたちは十分な資金を得ることができ、今回のような強引な作戦に打って出られるのである。もちろん、今回のような大きなプロジェクトがある場合は経産省経由でなんだかよくわからないが、大手都市銀行のどこか一行から十分な資金が入ってくる。しかも、通帳に記載されることなく、まるで、大きな荷物のように皇居外にいくつかある飛鳥のアジトに運ばれてくる。


 話が説明臭くなった。お許し願いたい。さて、スズメが睡眠薬で眠りこけた小篠淳子を自動車で長野の山中に急遽作った、療養型妊婦女性専門病院に運ぶことに成功した。ここには多くの妊婦さんがいるが全て飛鳥集団の女性が腹に枕やシリコンを入れて偽装した者である。その他全ての人間が飛鳥のものであり、一般人は小篠淳子だけとなる。

「小篠さん、到着しましたよ」

 スズメが眠りこけた淳子を起こす。

「ああ、すみません。わたし、眠ってしまったようで」

 順子が謝る。

「構いません。わたしは人見知りでして、長時間、親しくない方と会話ができませんので。さて、小篠さん。ここからはお一人で病院の受付に行ってください。正直申して、あなたの生命を狙う者はたくさん存在します。私が同行すると、宮内庁特殊機動課の人間が付き添っているとわかり、あなたが小篠淳子さんだという確証を得られてしまいます。これはとても危険なことです。しかし、無事に病院の受付を通過すれば危険は無くなります。勇気を持って車を降りて下さい。わたしは他にも任務を多く抱えていますので、淳子さんが降りたら、すぐに次の任務地に向かいます。もしかしたら、もうお会いすることはないかも知れません。でも、別の特殊機動課の人間があなたを見守っています。それは安心して下さい。ではごきげんよう」

 淳子の降りた車は足早に去っていった。だからと言って、スズメが淳子保護の仕事から離れるわけでは当然ない。現在、スズメに与えられた最重要任務は淳子が無事に出産することである。スズメが淳子に突き放したようなことを行ったのは、まだ若くて、世間知らずの淳子に自覚を持たせるためである。しかし、表面上、スズメが淳子の前に出現することはもうない。今後は影に戻って、臨機応変の采配をする。それが飛鳥のリーダーであるスズメの任務である。


 スズメの車が立ち去ったあと、淳子は恐怖に慄きながら、病院の入り口に向かった。天皇陛下の子どもを身籠るということが、どれほど危険で自らの生命を脅かしかねないということにようやく気がついたのである。それまではお優しい天皇陛下のご寵愛を受け、幸せな気持ちだったのだが、さまざまな思惑ある集団が、自分が身籠ったことを不快に感じ、できれば出産前に自分を殺害しようと目論んでいると知り、パニックに陥った。なので、病院の自動ドアまで、わずかな距離ではあるが、身重の体で全力疾走した。


「あら、慌ててどうしました?」

 病院内にいた看護師さんが淳子に笑顔で尋ねた。

「あ、あのう。小篠淳子と申しますが……それだけで、ご理解いただけますか?」

 淳子は看護師に聞いた。

「ええと、小篠淳子さまですね……ああ、宮内庁の方からお話は来ています。ご安心ください。ここにご出産までいらっしゃればなんの問題も起きません。お任せくださいね。私は百舌(もず)と申します」

「あ、ありがとうございます」

 淳子が心から感謝の言葉を述べる。

 しかし、モズは飛鳥一の殺し屋であろうとは淳子の知る由もなかった。

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