間章 独楽
第1話 「ふふん、オッサン弱いねー」
海水漬けになったトルーパーを何とか回収してからリアルに復帰してみれば、時間は朝の三時を回っていた。
ゲーム内で反応がなかったカミハラと言えば、起き上がった俺にほとんど興味を示さず、新機能だと言っていた例の意識拡張状態のログを見返しては、何やらそこから見て取れるものを探しながら唸っている。
こいつもこいつで、徹夜覚悟と言う訳か。
始発までこのまま仮眠を取らせてもらってから帰宅したいと伝えると、
「ちょっとこれまとめるのに忙しいっスから。 明日はお休みにさせてほしいっス」
とのこと。
いきなり明日……と言っても既に今日なのだが、俺の予定に穴が開くことになる。
ログインできないことをウサスケ君に伝えなければと思って、その旨を外部からメッセージを送ると、彼も俺に合わせて今日は休むと返ってきた。
数時間後、始発に乗った俺が向かったのは自宅ではなく実家。
押し入れに追いやられていた俺の荷物の中から、おもちゃ箱を探し出した。
目的はプラスチック製のベーゴマである。
ニンジャブレードブラスト・
久しぶりに取り出す。
たまに回すことはしていたのだが、対戦相手が見つからないんだよな……。
回転するガドクラブで思い出したら、なんだか無性に遊びたくなったのだ。
だから今日はこうして、これからコマを回しに行く。
近所には老店主が昔を懐かしむために趣味で商っている駄菓子屋があって、そこのガレージに何故かベーゴマ用の台が設けられている。
回したくなると俺は大抵そこへ訪れていた。
「と言っても、俺以外にコマを回そうとする奇人なんて居ない訳だけどさ」
独り言ちて、タダで使うのもなんだからと駄菓子屋で購入したカップ麺を片手にガレージへ。
しかし、そこには先客がいた。
華やかで視線を惹く女の子を目が合う。
「あ」
「ども」
しばしの静寂が流れた。
俺を散々に打ち負かした女の子、シンドウが一人でベーゴマのプラ紐を今引こうとう姿勢のまま固まっている。
ここでこのような邂逅を果たすとは、何と奇遇な。
――シャッ。
思い出したように紐が引かれて、台の上に投じられたコマが回転を始めた。
俺はそれを眺められる手ごろな位置に座って、使い捨てフォークを手に、お湯で柔らかくなった麺を啜る。
言葉は掛けられないが、その間、ずっと俺たちは互いに目を離さず、牽制し合っている。
埒が明かないと思って、ここは大人である俺が話しかけるべきだろうと口を開いた。
「今時の子もコマ回しするんだね」
と俺から一言。
もっと気の利いた事を言えないのかと、胸中でセルフでツッコミを入れたくなる。
女子小学生を狙った不審者のナンパじゃないですよ、お巡りさん!
「何言ってんのオッサン。 これ、ニンブレだし。 こんな古いの皆知らないし」
言って、回転の止まって転げたそれを拾い上げて俺に見せてくる。
作中で主人公のライバル、ウサスケの使っていた白いデザインだ。
「おお……本当にニンブレだよ。 こんな古い作品のオモチャ持ってるなんて結構物好きだね」
「ま、ちょっと親が持っててハマったワケ」
なるほど、親から与えられたものか。
シンドウはなかなか次を投じず、こちらを見ている。
「ん?」
「オッサンやらないの? それ、ニンブレでしょ?」
彼女は俺の手荷物から覗くコマを指さした。
一緒に遊ぼうと言っているらしい。
対戦相手になりそうなのが俺しかいないし、当然と言えば当然か。
「よし、対戦するか」
スープだけになったカップ麺を置いて立ち上がる。
彼女の隣にまで歩み出るが、背が小さいなこの子。
子供用に整えられた台は低く、準備を整えた俺は中腰になって構えなければならない。
「「セッ」」
同時にプラ糸を引いて、コマをぶつけ合った。
互いに外周を回って見合った両コマは、中央で出会うとバチンと弾けて反発し合い、その衝撃でまた距離を開ける。
何度かそうしているうちに、より回転が衰えない側がもう片方を吹っ飛ばす。
「ありゃ」
台上で回転力を失い止まったコマ、それは俺のものである。
視線をコマから持ち上げると、勝者となった女の子はドヤ顔で腕組していた。
「ふふん、オッサン弱いねー」
「うぬぬ。 あと、俺はお兄さん、な?」
「うちに勝てたらそう呼んであげてもいいけどぉ?」
大した自信である。
これは大人の力って奴を分からせてやらなければならない――よな?
しかし、二戦、三戦と繰り返しても、敗北したのは俺だった。
「えっ……ちょっと弱すぎない?」
何戦かすれば俺が一回くらい勝つだろうとシンドウは思っていたらしい。
いや、俺だってそう思っていた。
何度もやるが、明らかに俺のコマは彼女に対し力負けする。
「な、なんでだろうな」
俺が頭を掻くと、シンドウは俺のベーゴマを拾い上げた。
「軽っ。 これ、パッケージを素組みしたそのまんま?」
「そうだけど」
ジト目になって嘆息された。
「軸に重りつけて重心下げて重量増すのは基本でしょ。 オッサン、あんまり対戦とかしないの?」
「あんまりニンブレやってる友達とか居なかったからなぁ」
ふーん、と言いながらシンドウは自分の荷物を探って、一つの部品を取り出した。
視線が、改造して良いか? と訴えて来るので、俺は首を縦に了承する。
そしてそれを終えたものを手渡して来るので受け取ると、握手するような形になった。
「シンドウちゃん……だったよね、この前の大会で対戦した。 改めて、お兄さんははカゲヤマと言います、よろしく」
「オッサン、ね」
話は勝ってからしろという事か。
――シャッ。
試しに改造してもらったコマを回してみると、確かに回転の安定感が違う。
シンドウの言う事には、販売元が色気を出してこの重りパーツを別売りにしたのだが、それが災いして単体パッケージでは満足な回転を得られない状態での流通となり、流行らなかったらしい。
すると俺はチープな回転で満足していたというのか。
「それじゃ改めて、勝負しよう!」
彼女は快く応じ、そして――。
「うおおおお、やっと、やっと勝った」
「おめでと。 それでも5連続で負けてたのはマジ?って感じだけど。 雑魚過ぎでしょ、お兄さん♪」
シンドウは笑うが、そこで自分の言葉に何やらはっとして、ばつが悪そうに手を伸ばしてきた。
俺がその手を取ると、彼女は顔を正面に向き直る。
「この前は悪かったわね。 負けたお兄さんに追い打ちで恥かかせちゃったでしょ。 ちょっと、お兄さんに変な幻想持ってたっていうか」
「いや、あれは俺も悪かったと思う。 プロなのにパフォーマンスを発揮できないのは対戦相手にも、観客にも、失礼だよな」
これで恨みっこなしと言わんばかりに、繋いだ手をぐいぐいと振られる。
二人で笑い合うが、そこでシンドウの腹が鳴った。
彼女は顔を染めて、恥ずかし紛れにぽんぽんと俺を軽く殴って来る。
「そろそろ昼になるし、一緒にファミレスでも行く?」
大きく首を振って了承してくれたので、俺たちは後片付けをしてから駄菓子屋のガレージを後にした。
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