第6話 「小さいカニぃ?」
ダメージを与えられず、またガドクラブもこちらの頭数を減らせず。
お互いに手をこまねいている状態から、次の手を先んじたのはガドクラブの方だった。
泡を吹くだけだった口を、まるで鉄扉を開ける様に音をたてて大きく開口すると、突風が巻き起こる勢いで吸気を始める。
参加者たちはそれを瞬時に特殊モーションであると理解した。
外輪のトルーパーたちは臥せって砂影に身を隠せたが、中央にいる生身のプレイヤーたちは逃げる場所もなく、仕方がないのでノーガードを決め込み、開口部に狙いをつけて攻撃を始める。
と、その中で一人二人、プレイヤーが足を滑らせて吸い上げられ、そのまま開口部へ吸い込まれて行ってしまった。
いつ戻ってくるかと辺りを見回すが、彼らはなかなかリスポーンしてこない。
「もしかしてこいつ、吸い込むことで俺たちを戦線離脱させる気か」
リスポーンしない、という事は恐らく生きたままガドクラブの中に閉じ込められているのだろう。
中に攻略の糸口があるケースも考えられるが、外で戦線を維持している側が人数を削られるのは非常にまずい。
「おまえら、吸気が来たら離れろ。 戻ってこれなくなるぞ」
たまごが言うや否や、ガドクラブの口が閉じた。
カニから生えたガトリング砲の砲身が、なにかギアが入ったかのようにガチャリと1回転する。
やっと、ガドクラブがそれを使う気になったという事か、もしくは発射のための準備動作が吸気の本来の目的か。
奴は器用に4対の脚で傾斜を作り、身体を屈みこんで砲身を下に向ける。
リング内のプレイヤーたちへ、真上から照射するつもりだ!
地鳴りかと思う様な、痺れを伴う轟音で大気を揺さぶりながら、ガトリングの砲身がその質量を無視して高速で回る。
銃口から次々と、巨岩と見紛う大きさの赤い弾丸が連射された。
弾丸自体は射線が丸わかりで避けやすく、身構えていたプレイヤーのうち殆どは無事に逃げおおせて、足場の砂山を襲って突き崩すのみに終わった。
――しかし。
「おい、この弾丸、動いてるぞ」
誰かがそう言って、そこで皆が気付く。
砂に埋まったいびつな球体の弾丸は、身を開いてはさみと脚を出現させたのだ。
「小さいカニぃ?」
正確にはガドクラブと比較して小さいというだけで、立派に人と同じほどの背丈があり、丸っこい形容をしている。
赤い弾丸の正体は、カニ型エネミーだったのである。
「ハハハ、千人将の名の通り、部下を従えてるってか」
しかもそれはガトリングが回った分だけ増える。
プレイヤーと入り乱れる様に、弾丸ガニが彼らとほぼ同じだけ、一瞬にして出現してしまったことになる。
残弾と言う概念があるのかは分からないが、少なくとも名の通り千か、またはそれ以上増える余地があるのかもしれない。
リング上、ガドクラブを頭上に差し置いて、弾丸ガニとの格闘が始まった。
弾丸ガニは丸まって転がりながら突進してくるという、シンプルだが生まれ持ったカニの要素を全く生かさない攻撃方法を取る。
それ自体はただ直線に走るのみで、避けるのも至極簡単なのだが。
――数が多すぎるだろ。
他人の避けたものが自分の所へ転がってくる。
それを避けてもまた右から、左から、後ろから。
いわゆる貰い事故でどんどん犠牲者が増えて、プチプチと潰れてはリスポーンを繰り返す様は一種の身を張ったコントではなかろうか。
だが、俺たちとてただ見ている訳では無い。
外野のトルーパーの支援攻撃、リング内の連中の頑張り、弾丸ガニはそれぞれの攻撃が蓄積して傷を負う。
倒せない強さではない。
称号が付いて強化されているのはガドクラブのみで、それを支援するエネミーに対しては増強効果を及ぼさないのか。
平たく言えば、初心者エリアなりの強さをしているのだ。
分かってしまえばこちらは不死身、突進を止めたカニに狙いを定めてタコ殴りにして、そして一体を仕留めた。
「なあ、なんか光ってね? これ」
手持ちのブレードでとどめを刺した一人が、目の前の弾丸ガニの様子に疑問を述べる。
動きを止めた弾丸ガニの死骸の殻が、赤、白、赤、白……と色を変え、点滅を始めたのだ。
そして、瞬きの周期が次第に短くなり。
「あっ」
死骸が自爆した。
お手本みたいな爆発が起こり、名前も知らない彼は光に飲まれて消し飛んだ。
そして……少し離れた場所で、全裸にパンツのあられもない姿をしてリスポーンする。
「ひでぇ。 死んだら自爆するのかよ。 しかも全装備に耐久力ダメージ判定があって即アイテムロストとか」
なんと彼は装備をすべて破壊されて、丸裸にされてしまったのだ。
システム的に障りがあるので、全裸は下着状態として描画されるようだが、それにしても男の裸など誰も嬉しくない。
そしてそれが――
倒された弾丸ガニが次々に自爆する。
全裸を量産していく。
現場がいかに砂浜とは言え、際どい下着の姿になった連中が次々と肌色を晒して、それが視界を覆いつくしていく様は、地獄である。
「ギャハハハハハ」
「うっわ……」
たまごは爆笑し、反面、ウサスケ君は普段の威勢の良さでなくマジ引きの呻きを漏らした。
「ひえーっ」
姿がないと思っていたら人海に埋もれていたらしいイトメも、既に半裸で、涙目になって次々起こる爆風から走って逃げている。
『年末年始のしょうもないバラエティー番組みたいになったっスね。 ここのログ保存しておきたくないっスよ……』
悲惨な状況をただ見つめていたガドクラブだが、頃合いと思ったのか、開口して再び吸気を始める。
爆風で身を浮かせた全裸たちが、スイスイと吸い込まれていく光景はシュールだが、危険な状況でもあった。
と、そこで俺は昔に気まぐれで遊んだレトロゲームを思い出し、何気なく呟く。
「……なあ、あの口にカニの死骸を放り込んだらどうなるんだ」
楽しそうに騒いでいた一般回線が急に沈黙する。
そして一人がおもむろに、点滅するそれらの一つを見繕って、上へ投げた。
死骸はまるでハマるべきピースを得たパズルのように、スムーズに吸い上げられて開口部に収まる。
スポッ、という効果音が相応しすぎて、幻聴しそうなほどだ。
爆音が頭上で響き、ガドクラブが黒煙を吐いて、球体の眼を白黒させている。
――効いてるぞこれ。
もはや誰もがそう思っただろう。
オオオオオオォォ……、と歓声が上がる。
ダメージモーションから復帰したガドクラブは、ルーチンに従い閉口してガトリングを回す。
だが、もはやそれは俺たちにとって恵みの雨だ。
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