第5話 「今だ、囲め」

 イトメの合図を確認した俺は、愛機の腕を頭上に掲げ、グルグルと回す。


 ――散開。


 ロープの端と端を広げて直線にし、その位置関係は浜に対して並行となる。

 海底の何者かにとっては、挟み込まれた形だ。


 そしてロープを保守する最低限の人数を残して、各々が射撃用途の武器を手に取った。


「準備完了」

「こっちも準備できたわよ」


「おっし、やれ!」


 俺は腕を振りおろす。

 それを見計らって、ヒャッハー、ドガガガガ、等と口々に叫びながら、参加者の面々はトリガーを引いた。

 海面を土砂降りの水面のごとく跳ね上げ、弾丸をありったけ深海へ叩き込む。

 巻き添えになった雑魚たちが次々と横倒しになって浮んできて、そして後から海面が大きく持ち上がった。


「おっしゃ、ご登場だぁ」


 浜の近くに甲殻の小島が突如として出現した。

 それは大型空母にも負けない体躯を持つ、カニ。

 千人将ガドクラブ、の文字が曇りの暗い夜空に煌々と浮いた。


「マジで居やがった」「俺初日勢なんだけど、称号エネミー初めて見るわ」「録画しとかないと」「あ、配信やってるんで皆も登録よろしくー」「すごく大きいです」


 周囲は色々と口走るが、その中でも極めて多数を占める叫びがある。


「なんでカニにガトリング砲が生えてるんだよ!」


 そう、カニの両眼の間から、それだけで船舶一つ分以上ある規模の巨大なガトリング砲が生えているのだ。

 そして、よく見るとカニの甲羅の上にはまるで基地の跡地のような残骸が、貝類に覆われ朽ち果てて遺っている。


『明らかに人の手が加わった、って感じっスね。 背後関係はよく分からないっスけど』


 これに付いて検証したがるプレイヤーも多いのだろうが、生憎いつまでも釣り上げた獲物に喜んでいる暇はない。

 

「左右どっちに動くか分からないぞ、網持ってる奴らは追い込みミスんなよ」


 たまごが言うのと前後して、ガドクラブが動き始めた。

 奇声、いや、声を上げているのではなく、これはカニが動く際に関節から出る音が声の様に聞こえるのか。

 軋みを謡い上げながら、ガドクラブは長い脚をバラバラに動かし横移動。

 しかしそこで回り込んだ電磁底引き網の壁が電流を帯びて光を発すると、奴はその痛みを思い出したようで、進行を浜の方へ曲げた。


「しめたぜ、ビンゴだ」


 俺たちもガドクラブと距離を保ちながら、空母を離れて海面すれすれを浜へ向かって飛ぶ。

 やがて海底はかなり浅いものになって、ガドクラブの全身が海面から露わになった。

 全体感はズワイガニの形に近いだろうか。

 浜へ向かって走り続けながら、ガドクラブは突然、その大きなはさみの付いた片腕を大きく横へ振りぬいた。

 丁度ウサスケ君のいる側へ、飛行していたトルーパーがいくつも、避けきれずに分厚く硬い殻と衝突して、ダメージに耐え切れず爆発していく。

 その数が多すぎて、まるではさみが黒煙を纏わせ、立ち上らせているかのように見える。

 一般回線もその様子に騒めき、何気ない仕草一つ一つが広範囲にわたり、即死の破壊力を持っているという事実を俺たちに叩きつける。

 そして、その腕の切った風はこちらにまで伝わってきて、海面には荒波が立ちあがった。


「ちょっと! こっちのメンバー半壊しちゃったんだけど。 大丈夫なワケ?」


 無事だったらしいウサスケ君が持ち場の報告を入れてくる。


「問題ねえよ。 陸に上がったらあとはトルーパーには頼らないからな、人数で押し切る。 だが、主力の二人にはフィニッシュ決めてもらうからな。 ぶっ壊れないよう温存頼むぜ」



 やがて、ガドクラブはこちらへ甚大な被害を残しながらも、波打ち際に乗り上げた。

 実際に近づいてみると、海岸の砂浜はやたらに広い。

 いや、砂浜と言うよりこれは――砂丘。

 某所の砂丘をしのぐような広さの砂上のフィールドが一面に広がっている。

 ガドクラブは巨大な脚で器用に乾いた砂を掻いて、陸へ進んでいく。


「今だ、囲め」


 たまごの一言で砂面が立ち上がり、中からトルーパーが次々と姿を現した。

 地中にずっと身を潜めていた彼らは、この広大な砂丘を円形で囲むように配置されており、それらの手にはロープがある。

 トルーパー同士の間には底引きで使った電磁網が渡されていて、これによってガドクラブを外へ逃がさない網のリングが完成した。

 初心者(偽称)ナインスたちvsガドクラブの電流デスマッチ。

 リングの中心に、トルーパーに乗っていない生身のプレイヤーたちが集まっていて、武器を持っていたり素手だったりで次々にカニの目の前に立ちふさがる。

 リングの外でも大勢のトルーパーが重火器を片手にして、遠巻きに奴へ照準を合わせた。

 温存策ということで、俺はウサスケ君と合流してリング外から中を見守っている。


 ガドクラブもそれで自分の置かれた状況に気が付いたのか、動きのパターンを変えた。

 船体のようなはさみを天高く持ち上げると、目の前にいたプレイヤーたちに叩きつける。

 衝撃に砂塵が舞って、その下に居た誰もが回避など間に合わずに犠牲になった。

 だが、砂埃がおさまって視界が開ければ、ガドクラブも気付いた事だろう。


 、という事に。


 たまごが感極まったようで声を裏返して笑った。


「ここは海や海岸周辺で死んだときの復活地点になってんだよぉ!」


「そんなに嬉しそうにして……ゲーマーとして恥ずかしくないワケ?」


 そう、最低のマナー判定グレー行為が今ここに行われていた。

 ガドクラブが俺たちを何度砂を汚す赤い染みにしようと、殺された傍からその場で俺たちは復活するのだ。

 人数で押し切る、と言うのはつまりそういう事。

 問題と言えば、死に方が悪いと武器が破壊されるので、段々俺たちの総攻撃力が落ちていくという点だが。

 1000人が1ダメージを積めば1000ダメージになる。

 それには相手の弱そうな箇所を探して狙えばいい。

 昨日の重装甲トルーパーの件で反省した俺はそれくらい学習済みだ。


「殻の関節部分を狙うんだ」


 言うが、言いながら俺は戸惑った。

 もちろん周囲も同じである。


 ガドクラブの節々の関節には、その中にまた細かく装甲がちりばめられていた。

 ジョイント装甲もあるなんて聞いてないぞ。


『完全装甲っスねこりゃ』


 俺たちの動揺を笑うように、ガドクラブがガトリング砲の下に位置する口元から泡を立てた。

 数人が足元へ殴りかかったり、トルーパーが遠巻きに射撃するが、しかし全く効いているそぶりは見せない。


「千人将は伊達じゃないって事か……」


 罠にハマりはしたものの、間違いなくこいつは強い。

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