第4話 「エーンヤ、コーラー!」

 夜の海は遠近感が狂う。

 手近に測れるものと言えば海面しかないし、それも夜になると墨を溶いたように黒い。

 船上では煌々と照明を点けているが、船の立てる白波が照らされるのみで、海中が今どのようになっているのか、肉眼で把握することは不可能である。

 空にある宇宙戦艦の支援で、空中から随時海底の地形を把握することは可能らしいが、これも敵を詳細に索敵することは敵わず、細かい精度を保証するものでもない。

 だから、バベル側が提案した作戦の第一段階はガドクラブをおびき寄せる事だった。


 一般的にカニ漁と言えば、沖合へ底引き網を仕掛けて船で引くやり方と、カニかごという罠を使って引き上げて捕獲する、大きく二つの方法があげられると思う。

 そして、相手が巨大すぎるため、自然と選択肢は前者のみに絞られることになった。

 バベルが提供してくれたのは大型の空母を二隻。

 クレーンの付いた鉄いかだ。

 そして大量の電磁底引き網だった。

 底引き網が有るならどうして俺は朝から釣り竿を握っていたの?と思うが、資源保護のため、基本的にプレイヤーが使う事は許されていないという事らしい。

 ゲームがそんなもっともらしい言い訳をすんなや、と言いたくなったが、長い期間をかけて徐々に入植を果たしている彼らNPCは、設定的にそのような方針で動いているようである。


 ガドクラブの被害と思しき失踪の多い箇所から、奴の活動範囲を割り出したバベルは、俺たちをエンカウントが予想される座標に誘導した。

 その中心になる海域に到着し、俺たちはクエストを開始する。

 俺たちはまず、クレーンのフックの先にイトメ犠牲者を乗せたトルーパー生贄を取り付けた。


「ねえ、おかしくないかなぁ。 どうして僕が餌みたいな状態に」


「いいや、お前は餌だ、イトメよ」


 たまごは無慈悲にそう言い放ち、イトメを吊り下げて、海中へと降ろしてゆく。

 暗いよぅ、怖いよぅ、何にも見えないよぅ、と途切れ途切れに入るイトメの通信を手掛かりにして、俺たちはガドクラブがかかるのを待つ。

 そうしてしばらく、イトメのトルーパーが断末魔を上げる暇もなく撃破された。


「かかったぞ! シャドウ、ウサスケ! 両端の指揮はお前らに任せたからなぁ!」


「了解」


「ねえシャドウ、こいつに指示されるのムカつくんだけど」


 たまごの通信に、愛機に乗った俺は背後を振り返った。

 海底まで伸びた巨大な「電磁底引き網」に繋がる極太のロープの一端を抱えた何十機ものトルーパーたちが、海面すれすれを滞空している。

 そして、その横には巨大な空母が一隻。

 そこにはまた、数倍の人数がトルーパーの甲板で待機している。


「みなさん、準備は良いですか」


 初心者の肩書になった大勢の上級者たちを従えた俺は、彼らへ確認を取る。

 皆は次々にトルーパーの頭部カメラを光らせ、俺に了解を告げた。

 離れた場所に出たロープのもう一端側でも、ウサスケ君が恐らく俺と同じようにしている筈である。


 この様相から厳かに執り行われているように感じてしまうが、通信の一般回線を開くと、面白おかしい雑談だとか、指示しているこいつ誰? なんでこのエリアでコスミックパニッシャー背負ってる奴がいるんだよw などといった様々な会話が取りとめもなく飛び交っている。


「シャドウ、いくわよ」


 ウサスケ君のタイミングに合わせ、俺は愛機の腕を振り上げて周囲へ合図を送る。

 ロープを抱えたトルーパーたちが、一気にバーニアを噴かして同一方向へ推進。

 網がゆったりと持ち上がっていき、海中で巨大なものを捕えて、ロープの手応えが変わった。


『放電一回目、用意』


 レックスの声がかかり、海中が数回瞬く。

 遅れて海面が弾けて、巨大な風船でも炸裂させたように爆発音が上空へ突き抜けた。

 深海から生まれた大量の気泡で、海水がにわかに泡立つ。

 ロープの手ごたえが緩み、それを見計らって俺は音頭を取った。


「エーンヤ、コーラー!」


 一般回線が俺に応じる。


「「「エーンヤ、コーラー!」」」


「エーンヤ、コーラーッ」

「「「エーンヤ、コーラーッ」」」


「エーンヤ、コーラァ⤴」

「「「エーンヤ、コーラァ⤴」」」


「エーンヤ、コーラー!」

「「「エーンヤ、コーラー!」」」


 確実に何かを引きずっている。

 それが手から伝わってくると、周囲の雰囲気も高潮していく。


 しばらくして、また網の抵抗が重たくなった。

 俺はトルーパーを操るためのSP残量を見比べて告げる。


「綱引き班、待機メンバーの半数と交代!」


 ロープを引いていたトルーパーたちが順に、俺たちの脇を航行している空母へ上がる。

 言いながら俺も乗り込み、甲板で待機していたトルーパーたちが入れ替わってロープを抱えた。

 SPの消耗を人員交代で賄う作戦である。


『放電二回目、用意』


 また、海がボッと沸騰した。

 俺は船上で再び音頭を取る。


 こうしたことを何度か繰り返し、バベルが遠くに覗く海岸へ向けて、俺たちは網を引いていった。

 海底がだんだん浅くなってきているのが分かる。

 と、そこで岸にリスポーンしたイトメが両手を振っているのが見えた。

 作戦第二段階への合図だ。

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