第3話 「なんだこれ……」

 リアルでは夕暮れの拝める頃合いだろうか。

 たまごと連絡が付いたというので、イトメに連れられてきたのはバベル、その最地下だった。

 トルーパー数機が乗れるような巨大荷物用エレベーターを指して、これで降りると言われたときには何事かと思ったが、そこからバベルの作戦指令室なる場所へ通されて、そのどんな衝撃にも耐えそうな頑丈な扉をくぐると、これはもう何かの勘違いかと思うしかない。

 先に広がっていたのは、円筒の室内。

 バベルの周囲360度を見渡すカメラ映像が壁全体に映されており、中心には簡素な円卓と、それを囲むようにして、これまたシンプルな座席が複数設けられている。

 ミニマリズムここに極まれり。

 そびえたつ機材や、目もくらまんばかりに並ぶモニター、スイッチなどで煩雑になった指令室というのは、もはや前時代の創作の遺物なのだろうか。


『おー、ここの構造は閉ざされていて、今までよくわかってなかったんスけど、ちゃんと作ってあったんスねぇ」


 カミハラが言うには、普段から一般へ向けて解放されている区画ではないようである。

 その座席の一つにたまごが我が物顔で座っており、その隣にはかなり高位の存在を思わせるNPCが立っていた。


「よぉ、待たせたな。 イトメに送ってもらったお前らの戦闘データには目を通させてもらったぜ。 これならメインアタッカーを任せられるな」


「ちょっとちょっと! どうしてこいつが仕切ることになってんのよ、どういう話のつけ方したのアンタ」


 ウサスケ君が俺の腕を引いて身体を揺すってくる。


「仕方ないだろ。 ほとんどヴァリアントさんのほうでお膳立てして貰っているんだから」


 俺の言い訳にウサスケ君は大きく息を吐き捨て、手近な椅子に勢いに任せて座った。

 ウサスケ君は納得していないようだが、俺たち二人だけで立案しても、船をチャーターして挑むなどして、海中に引きずり込まれる未来しか見えないのだから、ノウハウのある彼らが主導することは道理じゃないか。

 そもそも俺たちは初心者で、彼らは経験者なのだ。

 適材適所という言葉がある。


「まあそう膨れるな。 ちゃんと見せ場は作ってやるつもりだからよ。 なにしろ、まともな装備があるのはここいら探しても、お前ら二人しか居ないだろうからな」


 そう言わせるだけのことが『百人斬りの証』にはあった。

 これを使って交換できるものは、エンドコンテンツにも耐えうるであろう貴重品ばかりだったからである。

 称号モンスターを養殖できるものならしてやりたいと、イトメが以前に試みたらしいことも納得のものだ。

 そんな貴重なものをすべてロマン武器に注いだ俺も居るのだが……。

 何にせよ、昨日エテベアを倒したことで俺たちは一躍、エリア内の最高戦力に躍り出てしまったのである。


「装備もそうだけど、プレイスキルもね。 トカゲたちと普通に戦っていたけど、あれだってグループ狩りが前提になってるタイプのエネミーなんだよ? なんか見てるだけで、自分も強くなって簡単に出来るんじゃないかって、勘違いしちゃいそうになるよ」


 伏せているとはいえ俺は曲がりなりにもプロだという事を留意すべきだろうが。

 ウサスケ君は本当に何者なのだろうな。


「そんなご機嫌取りは良いから。 さっさと話を進めてちょうだいよ。 どうしてうちらが、こんなところに集められたワケ?」


 ウサスケ君は椅子をくるりと回し、背を向けて催促する。

 覗き見える顔は……、どうも照れて緩んでいるな。

 一方、話を催促されて前に出たのは、たまごではなく先ほどから控えているNPCだった。

 居合わせているのだから、もちろんこの件に何か関わりがあるのだとは思っていたが、NPCは思いも寄らないことを口にした。


「それにつきましては、私の方から説明させていただきます。 一号バベル総督のレックスと申します。 以降お見知りおきを。 この度はバベルの危機に、ナインスの皆様のご助力を頂けるという事で、まず感謝を述べさせていただきます」


「うん?」


 俺たちがバベルに助力?

 イトメの話だと討伐の采配はヴァリアントの中でも、たまごが握っているのだと思っていた。

 一方、たまごはしたり顔でこの状況を眺めている。

 ということは、たまごは「カニ狩り」へNPCを巻き込むことによって、バベル側の主導する「討伐クエスト」へ仕立て上げたという事なのか。

 それって有りなのか、と思うのと同時に、メタサイというゲームの柔軟性に改めて驚くしかない。


「たまご様からデータ提供を受け、バベルが入植以来、これまで晒され続けてきた正体不明の脅威の元凶を、ここにやっと特定することが出来ました」


 そう言って、壁にあるカメラ映像の上から窓が一つ、俺がチャットでたまごに見せた動画がそのまま映し出された。


『アタシが渋々提供したログなのに、どんどん許可なしに広まってくの、これ、どうなんスかね……? おニーサンの責任問題じゃないっスか?』


 恨めしそうなカミハラの声。

 俺だって不意打ちなのだから、たまごという人の常識やモラルに訴えてほしいところである。

 たまごはそんな俺の渋い顔を見て、目を泳がせた。

 自覚はあるようだな……。

 と、そうしているうちにも総督を名乗るレックスは弁舌を続けている。

 彼は手を前にさばき、こう言い放った。


「千人将ガドクラブを討伐すべく、ここに緊急クエストの開催を宣言いたします」


 言葉と共に、俺たちナインスの目の前にそれぞれクエスト受諾画面が表示された。

 俺の画面では既に自分の参加申し込みが済んでおり――。


 緊急クエスト

 討伐対象:千人将ガドクラブ

 依頼主:第四開拓船団所属一号バベル 責任者:総督レックス

 主催:シャドウ・ウサスケ

 参加者:たまご

     イトメ

     ――

     ――

     ……


 参加者の欄の人数の桁が、数十、数百とどんどん増えていく。

 まさか、これは初心者エリア全域に対してクエストが募集されているという事なのか!?

 というか――。


「たまごさん、この主催って何!?」


 俺とウサスケ君がこの事件の主犯に祭り上げられていた。

 おのれたまご……独断専行が過ぎるだろうこの人。


「そんなこと言ったってなぁ、複アカウントしてる俺らが主催になると、角が立つしじゃねえか。 交流広場でそのことを突かれて、どんな悪口が書かれるかも分かったもんじゃねえし」


 思いっきりグレーなことをこれまで堂々とぶちゃけておいて、急にそんなルール上問題ありますから、みたいなことを言い出して悪びれもしていない。

 一緒に何か言ってやって欲しいと思い、隣のウサスケ君を見るが、彼は彼で満足げに口角を上げていた。

 イトメを見ると、たまごさんはこういう人だから、と無責任に告げるのみ。

 もう、抵抗するだけ無駄ということか。


『おニーサン、ゲーム外部でも凄いことになってるっスよ。 見てくださいこれ』


 カミハラが他のプレイヤーたちの反応を送ってくる。

 事前の予告もなくいきなり発された初心者エリアでの緊急クエストに、交流広場のユーザーたちが騒めいていた。

 無理もない。

 だって主催者が不意打ちされて驚いているのだから。


『――』


『千・人・将!』


『見つかったの一カ月ぶりくらいじゃね』


『俺もう初心者エリア入れねーよ』


『初期にあそこで千人斬り討伐クエやったけど、これで二回目?』


『初心者エリアで千人将ってw メタサイ全プレイヤー集まっても勝てないだろ』


『先頭のたまごってあれでしょ、ヴァリアントの厨プレイヤー。 またヴァリアント案件かw』


『面白そうだし俺も新アカやってみっかな。 祭りだ祭り』


『BANされても知んねーぞ』


『残念! メタサイで複垢BAN喰らったユーザーはこれまで一人も居ませーん』


『グレー行為を堂々と書き込むなよ』


『――』


『――』



「なんだこれ……」


 軽い気持ちで持ち上がったカニ狩りはメタサイ全体へと波及しつつあった。

 新規アカウントを作って参加してみよう、という旨の発言が他にも散見する。

 手元に見える勢いの衰えない参加者の増加によって、それがただの冗談ではないと証明された。

 俺はただ、ちょっとカニを探してみよう、という程度の出来心だったのに。

 そして何よりも、漏れ聞こえるカミハラの忍び笑いが腹立つ。


 俺が目の前の情報へ愕然としているのに構わず、総督レックスは続けた。

 その声はエリア全域に響き渡る。


『それでは作戦内容をご説明いたします。 参加者の皆様方、クエスト欄の詳細をご覧ください』

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