第7話 「おつかれさん」

 検問と言われていたが、バベルの進入ゲート手前で簡易な登録手続きを行わされた。

 しかして、これでやっとナインスプレイヤーとしてNPC達この世界の人々の開拓船団側へ、俺たちの存在が認知された訳である。


「ようこそ第一バベルへ。 我々はあなた方の来訪を歓迎いたします」


 大地に穿たれたタワー、バベル。

 杭のようだな、と遠目にも思っていたが、検問から監視役として付き添ってくれているNPCの話を聞くに、本当に宇宙から大地に向けて垂直投下された『開拓拠点用鉄杭』という構造をしているらしい。

 それ故に、地上に露出した部分よりも実は地下層がより深く、中央は上から下まで超高層の吹き抜け空洞になっていて、その空間を彼らは生活の拠点として使っているという。

 雑な操作でよく落下死するナインスが多いらしく、十分に気を付けるようにと警告を受けた。

 しかし、外壁は鏡面仕上げであれだけ輝いていたのに、内部は今が何時なんどきか分からないほど薄暗く、街頭やネオン、窓灯りなどが頼りの鉄錆びた街になっている。

 これはいわゆるスラム街というやつなのでは……。

 コンテナにトルーパーを収納した俺たちは、とりあえずアカウントを安全にログアウトさせられる場所だと聞いた宿泊施設に案内してもらったのだが、そこで一層疑惑を強めることになった。


「大丈夫なのか、このホテルの年齢制限」


 下品なネオンと安っぽい高級感の漂うエントランス。

 明らかにピンクな雰囲気漂う初期街の宿泊施設に、俺はここを手掛けたAIの頭を疑った。

 出典に偏りがあるように感じる街のサイバーパンクな外層から、恐らくその手の作品に頻出するホテルを参考にしてしまったのだろうか。


「リアルにも時々こういうホテルあるけど、何かおかしいの?」


 ウサスケ君はそう言ってくるが、そのワードを言わせたい目的のゲスな言動と言うよりは、本当にそれの目的を知らないと言った感じだ。

 ここは正直に言ってしまうと地雷を掘り当てる可能性がある。


「まあ、おいおい分かるさ。 間違ってもゲームで聞いたとか見たとか親御さんに言うんじゃないぞ」


「は? なんかうちバカにされてない?」


 うんうん、と宥めながらそれぞれ適当な部屋を選択して、そこで今日の所はお開きとした。


「それじゃ、おつかれさま。 またぶっ倒れないようにちゃんと寝ときなさいよねぇ」


「おつかれさん。 ウサスケ君もあんまり夜更かししないようにな」


 だからバカにすんなっつーの!と脛を蹴られつつ、廊下で別れる。

 宇宙に上がったら俺はウサスケ君に何度PKされるのだろうか。

 ところで、部屋の内装は案外普通のビジネスホテルといった形で、変な構造の浴室だとかサイバーや宇宙と言った要素は一切感じられなかった。

 よく考えれば休憩、つまりリラックスが目的の部屋の筈なので、あまり馴染みのない内装は適切ではないという判断だろうか。

 もしくはプレイヤーの記憶を頼りに一番適切なホテルの内装を随時再現しているのかもしれない。

 大体これくらいと予想できる程よい沈み込みのあるベッドに横たわると、首元のコンソールを操作してゲームの切断処理にかかる。


『ストレス値低下中。 安全にゲームからのログアウトを実行いただけます』


 そして一瞬の眩しさを感じた後、目の前が真っ暗になった。




 リアルへ復帰を果たすと、目の前で回転していたVR機器のドーナッツ構造が上へと持ち上がって、視界が部屋に開けていく最中だった。

 急いでカミハラを探そうと、首だけ動かし様子を伺う。

 すると、こちらの様子を見ながらカップ麺を啜っているその姿をすぐに見つけた。


「おかえりなさいッス。 あ、言わないでもウサスケさんとイチャイチャしてたのはこっちで見てたんで」


 タブレット端末をひらひらとさせるカミハラだが、なんとなく何かを隠しているようなわざとらしさを感じる。

 それを聞き出そうと身を起こすと、いつの間にか胸元に置いてあったらしいタオルが膝に落ちた。

 そう言えばいつもならこういう時、決まって汗だくなのだが、代わりにタオルが汗を吸って湿っているようで重さを感じる。

 記憶よりも俺のワイシャツの前が開いて胸をはだけられているので、そこで大体のことを察する。


「ずっと拭いててくれたのか? ありがとうな。 でも許可なしにやったらセクハラだからな」


「実験に障りがあるといけないっスから、必要な作業に過ぎないっスよー。 モルモットの世話は研究者の宿命ってやつっスね」


 ずっと応答がなかったのはそのせいだろうか。

 そう感心していたのに、カミハラが椅子の座りを直した背後、デスクに転がるレシートと小銭を見つけてしまった。

 まさか、途中で抜け出してカップ麺の買い出しにでも行っていたのではないだろうな?

 俺がジト目でそれを見ていると、彼女は椅子をずらして証拠を背後に隠した。


「ところでおニーサン、こっちでもログは確認してたっスけど、実際に意識領域を解放して見てどうだったっスか?」


「どうというか、あれは下手すると頭のどこかに障害が起こるんじゃないのか? 変な警告が聞こえたけど」


 大丈夫っスよ、とカミハラは箸を持った手をひらひらと振るが、どうにも彼女は見た目の歳に合わず本心が読みにくい所がある。

 一応、今まで芽の出なかった努力の日々を鑑みれば、意識領域云々で15秒間とは言え満足に動けたことは大した進展なのだが……素直に喜んでいい物か。


「じゃあ、その意識ナントカがどうやって行われていたのか教えてくれ。 最終的に大会で正式に使えるものじゃないと、意味がないんだよ」


「うーん、それを知ったところで意味が無いと思うっスけどね。 一時しのぎって言ったじゃないっスか。 あの時の感覚を正常に操れるようになった時はじめて、おニーサンは自力で入力情報の取捨選択を出来るようになるっス。 慣れるまで定期的にあれを繰り返して修行あるのみっスよ」


 カミハラはそこで一呼吸置いて俺を窺うが、依然として納得をしていないことへ観念したのか、箸を置いた。


「分かったっスよ。 別に隠すことでもないし、信頼関係が破綻したら元も子もないっスからね」


 そして――カップ麺のスープを啜る。

 残ったコーンを最後まで吸い終えると、空の容器をくずカゴへ器用に投げ捨てて立ち上がった。


「もったいぶるなよ!」


「ちょっとは待ってくれないっスか。 こっちはおニーサンが遊んでる間もずっと画面とにらめっこだったんスよ……イイっスか? あの時、おニーサンに貸与していた領域はアタシの頭の中っス」


 俺が首をひねって見せと、カミハラも同じように首をひねった。

 それで分からないのか?という顔をされたので、ぜんぜん分からんと顔をしかめて返すしかない。

 嘆息されるが、したいのは俺の方である。


「元々副産物的に見つかった仕様なんスけどね。 作動中のVR機器のリング内に二人以上の意識がある場合、一瞬だけその頭に流れてる信号がリンクするときがあるっス」


「いや、十分ヤバそうな話に感じるんだが」


 何をバカな、とカミハラはカラカラと笑う。


「それ自体に危険性は無いんスよ。 共有した相手の考えていることが少し読み取れるくらいっスかね。 ああ……プライバシー的には安全性を保証できないっスね。 で、その一瞬を引き延ばして応用する技術をアタシがメタサイのデータログ内に見つけて、この新型に実装したってわけっスね」


「つまり、俺はカミハラと頭を繋げられていたのか」


「だからそう言ってるじゃないっスか。 ちゃんとお話ししたんスから、一度で飲み込んでくださいよぅ」


 ふと、頬に何か張り付く。

 指で取ってみると、一筋のピンク色の長い髪が乾いた汗で張り付いていた。

 カミハラが実際に隣で頭を合わせて寝ていたのは事実のようだ。

 すると発動中におぼろげにみた夢のようなものは、カミハラの思考の一端を読み取ったのだろうか。


「分かったよ。 正直に話してくれてありがとう」


 不安は尽きないが、初日で成果を見せたカミハラだ。

 信じれば次の成果も近いうちに期待できるのかもしれない。


「はい、心配しないでもおニーサンが早く慣れてくれれば済む話っスから。 ファイトオー、頑張ってくださいっス」




 カミハラはログをまとめるのに居残ると言うので、俺は一足先に帰してもらうことにした。

 そして帰宅してしばらく。

 簡単に家事をこなしていると、エンドウから修行初日の様子を伺う為のメッセージが入った。

 一応カミハラの研究にも関わることなので、どこまで話していい物やら分からず、進捗があったという旨のみ伝えるに留めて返信。

 すると、今度は直接着信が入った。

 肩と頬とで端末を挟み込むようにして、俺は両手を空けてそれを受ける。


「よぉ、カゲさん。 進捗あったって書いてあったから連絡して置こうと思ってさ。 今暇な感じ?」


「自炊中だから、後でかけ直してくれ」


 火にかけたフライパンをカラカラと鳴らしてやる。

 何を隠そう、とりあえず余りものを切って炒めた総称「野菜炒め」を作っている最中だ。


「おっけ、大丈夫ね。 じゃあ手短に用件だけ伝えるわ」


「おい」


 えーとちょい待ち、と言いながら通信の向こうで何かを探る音がして、エンドウの部屋の散らかりっぷりをなんとなく察する。


「あー、あったわ。 おまたせ。 一ヶ月後にある新作対人ゲーの配信直前放送へ俺らも参加することになってさ。 一応そこでエキシビジョンマッチがあるんだけど、カゲさんの調整が間に合うなら一戦組みたいって話なのよ。 後で資料送るわ」


 一ヶ月後、ずいぶん急な話だ。

 間に合うだろうか。

 俺が慣れる速さ次第だとカミハラは言っていたが、今日のアレを使いこなせるようなビジョンがまだ自分でも全く浮かんでいないのも確かだ。


「急かすつもりは無いから、本当に間に合ったらの話よ? カエデちゃんのは本来何か月かかけてやるって話だし。 でも、とりあえず目標的な期限があった方が、カゲさんもやりやすいかと思ってさ」


「確かに、漠然としてると惰性でダラダラやっちまうからな」


「そそ、メリハリよぉ。 だから耳に入れておこうと思ってさ。 それだけ。 んじゃ、お休みよー」


 エンドウは本当に伝えるだけ伝えて、それで一方的に通信を切ってしまう。

 だが、彼の言ったように目標が定まったのは今後の指標として正直ありがたい。

 MMOは特に何をしているでも無しに、何かやっているつもりになれるから危険だ。


 余談だが、気を取られているうちに野菜炒めが半分焦げた。

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