第6話 「そう言うもんかなぁ」

 山脈の向こう。

 タワーを中心に放射状に区画が分かれ、それをまた細分化するようにして農地が広がっていた。

 背の高い四輪の車両がビニールのような透明の薄膜を農地の天井に張り巡らせ、それが終わったところから苗が植え付けられている。

 区画が横にずれるにつれ作物が成長しており、収穫が終わったところからまた更地に戻されて、それが一周の中でひと巡りしているようだ。


「何かゲームにしてはガチで農場経営してるな。 トラクターを操縦して耕して、帰宅してもゲームで労働してる、ワーカーホリックな連中を思い出すぞ」


「生産系コンテンツのチュートリアルを受けられる場所があるって聞いてたんだけど、ここの事かもね。 で、何なのそのヤバいゲーム」


 君は知らなくてもいいものだよ。

 土地を休めていると思われる区画も見受けられるところに、作付け計画まで演出しているらしき妙なこだわりを感じる。

 ここのAIは何か鬼気迫る類の耕作マニアなのか。

 農地からずっと視線を上げていくと、タワーを挟んで向こう側に海が広がっていて、何隻かの船が出て漁らしきことを行っていた。

 ウサスケ君はそちらの方が興味をそそるようで、いま船が撃沈して海中へ消えていったとはしゃいる。

 多分光の加減でそう見えただけだよ、と言うと不満そうに肘で俺の脇腹を小突いて来た。

 そんな風にしてしばらく、タワーの間近まで接近を果たすと、トルーパーが信号受信を告げるアラートを鳴らす。


『未登録のトルーパーへ告げます。 こちら第四開拓船団所属一号バベル管制。 応答して下さい』


 タワーの管制を名乗る者からいきなり通信が入り、俺たちに応答を求めてくる。

 一号バベルと言うのがこのタワーの名称という訳だ。

 さて、どうやって答えてやろう。


「進入と着陸の許可を頂戴」


 考えているうちに、ウサスケが勝手に応じてしまった。

 もたもたしているのが悪い、と言う顔でこちらに白い歯を剥き出す。

 とほほ、格好良く決めたかったのに。


『アプルーブド。 今から指示する通路に進入してください。 そこで簡単な検問を受けていただきます』


 農地の区画と区画の間には滑走路が通っており、俺たちはレーダーで指示を受けたその一本に案内を受けて着陸する。


「ふーん、今までは全然、他のプレイヤーとすれ違わなかったのに、ここにはかなりの人が集まってるのね」


「だね、フィールドが広いだけに、鉢合わせる頻度が少ないのは分かるんだけど」


 それを考慮しても、これだけの人数がいるならもっと頻繁に行き交い合っていてもおかしくないと思う。

 なにしろ、何十機と言うトルーパーが列をなして、今にも出撃の命令がかかるのを待っている、とでもいうような物々しい雰囲気を醸し出しているからだ。

 と、そこへ俺たちの存在に気付いた一機が列を外れ、挨拶代わりに片手を挙げながら近寄ってくる。

 通信を求めてきたので了承すると、男の声がして一方的にこの状況について説明し始めた。


「やあ、初心者さんかな。 こんなに人が集まっていて、ビックリさせてごめんね。 僕らはこれから大捕り物に出かける予定なんだ。 それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかい? ここへ来る途中で、プレイヤー攻撃を仕掛けてくるおかしなトルーパーを見なかったかな」


 一拍の間、俺はウサスケ君と顔を見合わせる。


「……あれの事よね。 なんか、すっごーく面倒なことになりそうな気配ビンビンよ? 正直に話しちゃうワケ」


「だよなぁ。 でも、このまま黙って無意味な事をさせるのも、それはそれで良心が咎める」


 わかったわ、と彼の同意を貰い、素直に打ち明ける方針を共有。

 同情も誘えて説明するのも手っ取り早いだろうと、俺たちはハッチを開いて姿を晒す。

 意外と滑走路へ吹き込む風は穏やかで、十数メートル先とでもまともに直接会話ができそうだ。


「あれれ、ペア乗りしてたのかい。 それにしても随分ボロボロだね。 件のトルーパーにやられたっていう事でいいのかい? 遭遇した座標を教え貰いたいんだけど」


 と向こうは通信を続けるが、その口調は有無を言わせないと言った感じだ。


「ええと、君たちが探してるっぽいトルーパーと確かに遭遇したよ」


「ま、うちらで返り討ちにしてやったけどね」


 ああ……、せっかく順序立てて軟着陸を目指したのに。

 ウサスケ君は煽り気味に俺たちの戦果を誇ってしまった。

 確かに、どういう打ち明け方をするのかまで打ち合わせしてないけどさ、言い方というものがあるだろう。

 すると、慌てた様子で相手のトルーパーのハッチも開き、コックピットから細身の男が身を乗り出した。


「そ、それは本当かい!?」


 マイクを介さない肉声は酷く動揺している。


「マジに決まってるじゃない。 ほら、証拠もあるわよ」


 男へ『百人斬りの証』をちらつかせるウサスケ君。

 なるほど、交換以外にもそういう使い方ができるのか。


「シャドウ、アンタ回りくどーく話を進めようとしてたっぽいけど。 こういうのは手短にガツンと言った方が、逆に嫌味を感じさせないワケ」


「そう言うもんかなぁ」


 俺は疑いの視線を向けるが、彼は意に介さず、得意げにフンスと鼻を鳴らした。

 細身の男は信じられないという顔で、急いでトルーパーの中に戻ると、ハッチを開けたまま何やら騒いでいる。

 背後のお仲間連中と連絡、もとい喧嘩をしているようだ。

 この通路に今か今かと出撃を期待していた全員へ、俺たちがハイ解散ですと告げてしまったのだから仕方がない。

 もしかしなくても、やはり文句の一つでも飛んでこようか。


 しばらくして、向こうで話が付いたのだろう。

 遠くで複数のトルーパーをなだめていた機体がやって来て、中から厳つい男が顔を覗かせた。

 黙って俺に付いてこいと言わんばかり、堂々とした態度から分かる。

 彼が恐らくこの一団のリーダーを務めているのだろう。


「よお、待たせたな。 悪いが、事のあらましだけでも話していって貰えないかい? 実を言うと俺たちはな、多分お前らが狩ったのだろう奴、それを倒すためだけに新アカウントまでこさえて、はるばる初心者エリアに乗り込んで来てんだよ。 あんまり褒められた話じゃないんだが、それでもこのままじゃあ集まってもらったこいつらに示しが付かなくてな」


 男は背後を親指で示しながら言う。

 かなり上から目線の態度に、ウサスケ君が露骨に顔をしかめ、それを見た細身の男が慌てて足りない言葉を補足した。


「最近になって、初心者エリアにPKが出たって話を耳にしたんだよ。 たまに学習で知恵を付けたモンスターが、装備を盗んでプレイヤーに成りすまし、それで似たような行為に及ぶことがあるんだ。 PKが禁止されているのにPKが行われているなら、まずそれだろうと僕らは踏んでね」


 厳つい男は昔を懐かしむようにそれに続けて話す。


「高レベルプレイヤーの入り込めないエリアで、称号モンスターが過剰成長しやがると手をつけられねえからな。 実際、過去に千人斬りが誕生してこのバベルごと崩壊しかけたことがある」


「なるほど、それで被害が広がらないうちに、有志による討伐部隊を率いて来た訳か。 悪いけど危機は未然に防がせてもらったよ」


 それはこの際良しとする、と男は腕を組んだ。


「お前たち、他の仲間はどこだ? リスポーンの関係ではぐれでもしたか」


 まさか二人だけでやった訳が無いと思い込んで、とりあえず参加者全員の顔を見てから事態を飲み込もう、と言ったところだろう。


「は? うちらペアで狩ったんですけど」


 ウサスケ君……。

 冷や冷やしながら、俺も俺でフォローするしかない。

 向こうの細身さんの苦労が分かり、お互いに気遣いの視線を交わした。


「最初にウサスケ君が襲われていたんだけど、彼はかなり操縦が上手くてさ、一人で耐え忍んでたんだ。 そこに通りすがりの俺が巻き込まれて、何やかんや、ギリギリで討伐って感じ。 お陰で彼のトルーパーと俺の両腕がおしゃかだよ。 まあ、元が雑魚MOBのエテベアじゃなかったら、どうなっていたか分からないけど」


 俺の弁に、男たちは一様に目を見開いた。


「お前ら……ああ、要するに全くまっさらで、始めたばかりなんだなお前らは。 いきなり詰問するような真似して済まなかった。 ちなみにな、エテベアってのはメタサイでも指折りの初心者殺しだ。 一見臆病に見えるが、一度攻撃すると体を真っ赤にして、何も知らないプレイヤーを高攻撃力と高機動力でマジ殺しに来る。 上空からでも投石されて、トルーパーが軽く逝かされるんだ」


 そんな恐ろしい猿だったのか。

 森で見かけてもスルーしていた俺を褒めたい。


「そのエテベアの『百人斬り』をペア狩りしたんだとしたら、君たち本当に大したものだよ。 確かにHPが比較的低めのMOBに違いないから、攻撃を見切れればペアでも狩れないことが無いのかな……いや、出来ると思う? たまごさん」


「見てみない事には分からん。 兎に角だ。 お前ら……やるじゃん!」 


「ふふん、そうでしょうとも!」


 トルーパーの距離が近づき、男の差し出した手をウサスケ君が握り返した。

 おお、煽りキャラ同士はこうやって交友の輪を広げるのか。

 しかし、なんだか手の握りが強すぎるような気もする。

 ここがPK禁止エリアで良かったな、うん。


「紹介が遅れたな。 俺はたまご。 この細いのはイトメ。 本アカウントでは第七開拓船団の勢力域で、つっても初心者には分からんか。 そこでヴァリアントっていう師団を組織してる。 師団って言うのは、ギルドの事だな」


「よろしくね、イトメだよ。 ちなみに、たまごさんは卵料理が好きだから、僕はリアルで目が細いってつけられたあだ名をそのままネームに使ってるんだ。 後ろの皆も師団のメンバーだよ。 何かの縁だし、後で本アカに戻ったら君たちへフレンド登録を送らせてもらうよ。 よかったら承認を押してもらえると嬉しいな」


「こちらこそよろしく、俺はシャドウ」


「ま、それくらいなら受けてあげるけど。 うちはウサスケよ。 ……そう言えばシャドウ、うちらもフレンド登録してなくない?」


 ウサスケ君が顔を輝かせる。

 ついでだから、と念を押しながらも即座に申請が送られてきた。

 おお、ニンブレ仲間がフレンドになるとは。

 俺も承認で即答すると、見上げてくる顔は満更でもなさそうに口元を緩めた。


「ウサスケ君もよろしく」


「よろしくね。 ま、アンタが完全にタンカービルドになっちゃったらうちが面倒見てあげるわ」


 それは心強いことで。

 思ったより長めに話し込んでしまったことだし、そろそろ待たせている管制の方へ進みたいので、そろそろ男たちとの会話を切り上げることにした。


「それじゃ、俺たちはタワーに用があるんでこの辺で。 お疲れ様っす」


「じゃあねー」


 ヴァリアントの二人は「おう」と手を振り、俺たちを見送ってくれる。

 そこに、何か思い出したようでイトメが大きく口を開いた。


「あ、老婆心で言っておくけど、バベルから宇宙に上がるともう、ここには帰ってこれないからね。 ここのチュートリアルクエストは全部こなしておいた方が良いと思うよ」


 その一言で、俺たちの明日の予定は決まったようなものだった。

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