第5話 「へい、おまちぃ」
『いやぁ、やっと症状が現れたっスね』
と言うカミハラはやけに饒舌だ。
『アタシの睨んだ通りっス。 おニーサンはVRと相性が悪いんじゃないっスよ。 逆に良すぎるんスね。 それでゲーム側が一度におニーサンの過剰な行動入力を読み込んでしまった結果、キャパシティオーバーを起こしてキャンセル扱いになり、結果的に無入力状態に陥ってるワケっス』
「で、理屈は良いとして……カミハラ、君ならどうにか出来ると?」
俺は原因を究明しにこのゲームに来た訳じゃない。
『今はまだ一時しのぎっスけど、予備の意識領域を開放して15秒だけおニーサンを自由にしてあげられるっス』
そこで、ただし――とカミハラは続けた。
『完全な入力を出来るようになったことで、おニーサン自身が自分を制御しきれる保証できないっスけどね。 頑張ってくださいッス』
「ちょっと待てよ、どういう事だそれは」
『まぁ、なってみたら分かるっスよ。 それじゃ、イクっスよ~』
俺の身に何が起きるのか言わず、カミハラは何かを起動する。
・意識領域の接続確認。
・共有開始……。
・共有領域内の記憶の混濁にご注意ください。
・カウント開始。
14――13―…
同時に、俺の意識が分裂した。
……考える俺。
――実行する俺。
自動的に動く俺を自分が後方から制御するような不思議な感覚を得る。
いや、制御しなきゃならない。
考えた時には、もう体がその命令を実行しようと先走っている。
12――11―…
……そうだ、時間を繰っている場合じゃない。 早くダウンしているエテベアのマウントを取らないと。 数秒無駄になったぞ。 どこを殴る? 弱点は……弱そうなのはやはり首から上か。 って早いな俺、もう殴ろうとしているのか。
――俺は加速して接近を果たすと、エテベアの首を脚で羽交い絞めに、馬乗りになる。
10――9―…
……エテベアにろくな反撃の意志を感じない。 今のうちに殴らなければ。 攻撃手段は? この篭手しかない。 幸い、ナックルとして申し訳程度の攻撃性能を持っている筈だ。 ちょ、考えているうちにもう殴ってるし!
――俺は拳を打ち付けている。
8――7―…
……何発いれられた? 衰弱状態は一体何秒維持されるんだろうか。 頭頂部付近は硬いな。 顔面が柔らかくてねらい目か。 ウサスケ君は? ああ、案の定あの注射の色にドン引きしている。
――エテベアの顔に容赦無くたたき込む。
6――5―…
……手が痛いな、殴る反動で俺もダメージを受けているみたいだ。 でも耐久力も体力もまだ余裕がある。 覚悟のキマったウサスケ君がアイテムを使ったのが見えた。 これで衰弱状態が解けてもいけるか。
――篭手に付いた爪が血でねばついて攻撃速度が落ちる。
4――3―…
……そろそろエテベアの衰弱状態が解ける頃か? 普通ダウンと言っても十数秒が限度だろう。 いや、やけに長いぞ……ダウン中の定量ダメージで衰弱状態に二段階目があるみたいだな。
――殴る。 殴る。 また殴る。
2――1―…
「待たせたわね! どいてなさい! うちが必殺攻撃をお見舞いしてあげるわ」
――殴る。
0。
共有領域の切断準備に入ります。
入力を控えてください。
「ちょっとアンタ!? そこで気絶しちゃう? ……仕方ないわね全く」
――。
――。
――。
……。
ここはどこだろうか。
見覚えのない……湯気が立ち上って。
ラーメン屋か?
カウンター席に座って、湯切りしている店主の姿に視線が固定されている。
体の自由が利かない。
視界内の情報だけでも探ろうとするが、客が居ないという他は至って普通の内装だと思う。
手書きの文字でスープの種類やトッピングの有無などが書かれた紙が壁に乱雑に張られていて、家系を気取った場末の店か。
「へい、おまちぃ」
手前に配膳されたラーメン。
なかなかうまそうじゃないか。
だが、盛り付けられた椀が大きいというか、サイズ感が見慣れないというか。
そこで気付くが、やけに視線が低い。
だから俺とラーメンとの距離感が近すぎるのだ。
カウンターが高すぎて、席の高さと合っていないんじゃないか。
割り箸を取るため、身を乗り出す……おお、白衣の袖が危うくスープに入り込みそうになった。
「うん、結構うまそうじゃん。 この店は当たりなんじゃない?」
聞き覚えのある男の声が隣から聞こえた。
視線が今まで振り向かなかった側へ、そこにはチームメイト、エンドウがいた。
普段から背が高いと思っていたが、今日はやけに見下ろして来るな。
しかし俺はコイツとラーメンを食べようなんて誘った記憶が無いのだが。
「エンドウ氏、考えてくれたっスか?」
口が勝手に動く。
エンドウは麺を啜る手を止めて、スープを一口するとこちらに顔を向ける。
「お、結構辛めのスープ。 そうね。 カミハラ先生……お父さんは反対してるんでしょ? カエデちゃん、入室キーのコードだっけ、変えられて研究室も追い出されたって聞いたよ。 気持ちは分かるんだけど、俺も君のお父さんの側なのよね」
「サーバー棟の空き部屋を占領して独立したっスから。 もうオトンは関係ないっすよ。 アタシが室長で責任者っス」
「よく研究所が認めたよなぁ。 まあ、ゲームからトコロザワさんの溜め込んでた研究成果? 何なのか俺には全然だけど、凄い価値あるらしいの掘りたいのは分かるよ。 でも、ゲームはゲームとして配信させておくのが、やっぱり亡くなった人へのはなむけって奴だと思うわけね」
「むぅ、でも他の研究所たちも気付いたみたいなんスよ。 このままじゃどの道、ゲームが滅茶苦茶にされちゃうかもしれないっス」
「それなら自分が加減を考えて、って感じか。 じゃさ、俺がやるのは、やっぱカミハラ先生の手前ナシよ。 代わりに、俺の親友がちょっと今、伸び悩んでるって言ったじゃん。 そいつに力を貸してくれれば、そいつも多分カエデちゃんに力を貸してくれるんじゃないかな。 ほら、そいつのプレイ動画、これね」
エンドウが胸ポケットから小型端末を取り出して画面を見せる。
映っているのは、俺がSNSに上げていた動画じゃないか。
そういえばこの間、動画が割と好評なのをエンドウにも自慢したような気がする。
「……すごい。 凄いっスよ。 何なんスかこの人、普通VRの一人称視点なんて視点ブレブレで、他人のログなんて見れたもんじゃないのに。 最適なカメラワークしてるっスよ。 プロゲーマー? 今すぐカメラマンか配信者とかに転向した方が良いんじゃないっスか」
「ま、そこはね。 本人は強くなりたいと思ってゲームしてる勝負師なのよ。 でも気に入ってもらえたみたいで良かった。 今度の大会の後にならさ、ちょっとスケジュール空くはずだから、その時カエデちゃんと引き合わせてあげるよ」
「はー、もっと他の動画もないんスか。 FPS?って何スかね。 銃撃戦するゲームなんスね」
「はは……聞いちゃいやしないね」
……。
共有領域の切断完了。
ハッ、と寸断した意識が目覚めた時には、俺は首から倒れ込むようにして地面を舐めていて、そしてすべてが終わっていた。
「あれ……エテベアはどうしたんだ。 ウサスケ君がやってくれたのか?」
身を起こして辺りを見回すが、土煙はすっかり落ち着いて眩しい陽光が照っているし、後方には弾丸の痕跡が残る森、前方には傷ついた草原があるのみ。
エテベアの大きな身体はどこにもない。
代わりに足元に片手に収まるほどの小さなコンテナが一つ鎮座している。
「ハァ? さっき一緒に倒したじゃない。 その後いきなりぶっ倒れたけど、頭とか大丈夫? VRで寝落ちとか、健康面ヤバすぎだから。 ちゃんと寝ときなさいよアンタ」
何だか分からないが、ウサスケ君の罵倒に安心すら感じた。
手元の篭手はボロボロだし、何かがあったのは間違いないのだがよく思い出せない。
「カミハラ、俺はどうなってたんだ?」
返事がない。
離席しているのか?
「何ワケわかんない事言ってんのよ、そろそろコレ、開くわよ?」
ウサスケが指さすのは小さなコンテナ。
倒したというなら、討伐報酬の入ったアイテムボックスだろうか。
いや、待て待て、俺の所には一つだけなのに、彼は三つも抱えている。
「え、何で俺が1つで君が3つなの」
「は? ファーストアタックボーナスとダメージMVPボーナスで追加で2個貰ったのよ。 文句あんの?」
何という事だ、俺はあれだけ頑張って、ウサスケ君の便利なアシスト役に徹してしまったのか。
「でも……まぁ? 半分はアンタのお陰だし? 一つ分けてあげるわよ、ほらこれで2個2個でしょ」
はいお疲れ様、と言ってウサスケがそのうちの一つを差し出してきた。
この子、口は悪いが良い子なんじゃないか?
お疲れ様、と俺も言葉を交わして受け取るが、まるでコンテナを通した握手みたいだ。
と、いきなり俺たちの手の間でコンテナが光り輝きだした。
Result
百人斬りのエテベア Lv21 を討伐しました。
経験値 10pt×100(称号補正)
取得アイテム:(コンテナ一つに付き)
エテベアの皮×21(エテベアの柔らかな皮。 売却すると安く売れる)
百人斬りの証×1(各拠点の報酬管理人へ持っていくとアイテムと交換できる)
一万メタル褒章袋×1(10000メタル獲得できます)
特殊ドロップ:
エテベアアーム(腕・手):耐久値:5000 サイボーグパーツ(機械判定20%
攻撃力:0~35
防御力:30
生体装備。(体力と同じように耐久値の回復が出来ます)
着用時、SP回復にボーナス。
シャドウがレベルアップしました!
ステータス成長と習得スキルは戦闘ログのAI評価により算出されます。
Lv1→9
体力:200→430
精神:100→118
攻撃補正:5→21
防御補正:2→13
念導能力:5→9
機動力:5→5(機動力は固定値で成長しません)
運動性能:5→23
習得スキル:
念導装甲ランク1(消費SP0:ダメージを消費精神力の一倍で肩代わりできます)
ウォークライ(消費SP10:敵の注意を一定時間引きつけます)
ジャストガード(消費SP0:ガード判定を取った際、一定確率でダメージを半減)
ブラッドサック(消費SP毎秒5:格闘攻撃を行った際、ダメージの50%を吸収)
「何か……報酬しょっぱいな」
苦労の割には、と言う感じである。
失ったパイルバンカーの代わりと言わんばかりに猿の腕が入っているが、耐久値がおかしな値をしている以外は初期装備とほとんど変わらないじゃないか……。
ウサスケを見やると、だいたい俺と同じような顔をしていた。
所詮は一番弱いエネミーに称号が付いたに過ぎないという事か。
「成長も意図せずHPで受けるタンカーみたいになってるし、これって半分くらいウサスケ君のせいじゃない?」
「はぁ? アンタがヘタクソだからボコボコに殴られてそうなったんじゃない。 っていうか、アンタのその腕どうなってるワケ。 手が浮いてるけど」
「腕だけ破壊されるとこうなるっぽいんだが、詳しいことは俺も良く分からないな。 ちゃんと動くから深く考えてなかった」
「正直あの猿より、今のアンタのほうがバケモノじみた格好してるわよ。 えーと、シャドウ? っていうか自己紹介まだじゃない。 うちはウサスケ。 さっき始めたばかりだから、まだどんなタイプのキャラって言い辛いけど、一応クラスは100%生身のサイコキネシスト?って奴みたい」
「サイボーグ化全然してないなんて思い切ったな。 っと、俺はカ、シャドウ。 まあ見た通りサイボーグだった。 壊れたけど」
そう、自己紹介と言えばである。
おれはずっとウサスケ君に聞きたいことがあったのだ。
「そのウサスケってさ、ニンジャブレードブラスト・
俺の言葉に、ウサスケはキョトンとして、それからパッと表情を輝かせ、そしてそれを誤魔化すように眉をひそめた。
忙しい子である。
「あ……アンタ、これを知ってるってことは、そのアバターのデザインってもしかして主人公のハッタリをモチーフにしてるワケ?」
俺は大きくうなずいた。
いや、ゲーム内で同志と出会えるとは。
「結構古い作品の筈だけど、あの打ち切りになったニンブレを知ってるとは、凄い巡り会わせだな。 MMOも捨てたもんじゃない」
ニンブレ自体に人気はあったのだが、肝心の販促すべき商品が全く売れずに、スポンサーのおもちゃ会社が急遽打ち切りを決めてしまった悲劇の作品だ。
流行は繰り返されると言うが、さすがにコマ遊びなど、この時代にはレトロ過ぎたのだと思う。
小学校の頃に親にねだって買ってもらったが、勝負する相手を探すのにかなり苦労したものだ。
「パ……知り合いが制作に関わってたから、アニメのボックスがうちにあってね。 それで、小さいころから子守代わりに見せられてたの」
ボックス?
発売されていたなんて聞いたことが無いのだが、もしかして受注生産されていたというのか。
これはウサスケ君、俺と同種の匂いがする。
しかし、惜しむらくは、ログインしてだいぶ時間が経っているという事だ。
これから長々と話し込むわけにもいかないだろう。
「ほほー、ニンブレ知ってるだけじゃなくて語れるクチか。 暇があったらもっと語りたいんだけど、そろそろいい時間なんだよな。 ウサスケ君は時間大丈夫なの?」
「うわ、もう夜!? かなりヤバいかも。 今日中にあの塔までは進めておきたかったのにぃ」
そういえばウサスケはトルーパーを失ってしまったのだったか。
背中の飛行ユニットもダメージを受けているようだし、ここで放置してさようならと解散してしまうのは酷かもしれない。
「それじゃ、俺のトルーパーに一緒に乗ってく? サクッと飛んで行ってから、拠点を登録できたらそこで解散しよう」
ウサスケは俺の申し出を仕方なく受ける理由を次々と列挙しながら、渋々と言うポーズで承諾してくれた。
だが、すぐにお互い後悔することになる。
前述のとおり、トルーパーは搭乗用ロボにしてはとても小さい。
だから、ほとんど胴をコックピットで構成されていると言ってもいい構造をしているのだが、それでも一人乗りで狭いと感じてしまう容積率なのだ。
「ちょっと、アンタ。 臭いんだけど、もうちょっと離れなさいよ」
「臭いはエテベアの血せいだからアイツに文句言ってくれ。 おい、揺れるからちゃんとくっ付いてろよ」
ベルトも俺一人の分しかないし、揺れるからウサスケの身体は俺が抱き寄せて固定してやらなければならない訳だ。
「どこさわってんの! チカン変態! もう最悪!!」
結果、しこたま殴られた。
ダメージは入らないからほほえましい限りだ。
それにしてもこんな弄り易そうなネタを演じているのに、カミハラはずっと無反応のままで、何かあったのかと心配になる。
俺はトルーパーの移動速度にもどかしさと焦燥を感じながら山を越えた。
そこには見渡す限りに農業プラントが広がっている。
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