第4話 「うお! いきなり無理ゲー臭いんだが」

 エテベアの実力のほどは分からない。

 だが21レベルという事は俺たちよりもエテベアが一回りも二回りも強力であるとシステムが警告している証左だ。

 ウサスケも恐らく俺と同じレベル1か、あるいはここにたどり着くまでに何戦かを経てレベルアップしていたとしても、誤差に収まる程度と考えるべきだろう。

 こいつは果たして、そんな俺たちの相手にできる代物だろうか。

 一見すると、エテベアとして正体を現したことで、トルーパーに備わっていた遠距離攻撃手段は失われたようである。

 ならばこちらが距離を維持したまま遠巻きにチクチクと攻撃し続ければ、それが一度で決定打には出来なくても、有効な攻撃手段になるに違いない。

 そしてウサスケも同様に考えたのだろうか、彼はアバターの背に装備した飛行ユニットで、奴の手の届かない位置まで上昇を試みている。

 すると、面倒な物は後回し、とばかりにエテベアのターゲットは俺の方へ向いた。

 先ほど一撃をお見舞いしたばかりの俺は、奴と距離が詰まりすぎている。


「フゥ、フゥオッ」


 わざわざ行くぞと宣言するようにエテベアが鳴く。


「ぼさっとしない、来るわよ!」


 避けろ、と言われて回避できるなら苦労しない。

 俺の倍以上あるエテベアの上背が、何かを叫びながら覆いかぶさるように動くと、俺に逃げ場と思えるような場所は無くなった。


「うお! いきなり無理ゲー臭いんだが」


 エテベアは巨大な手のひらを大きく開いて、俺をまるでハエか小虫だとでも思っているかのように、叩き潰すべく頭上へ振り下ろして来る。

 それらはトルーパーで見たような緩慢な動きではなく、素速い。

 ちょっと後ろに飛ぶとか走るとか、そんな余裕は一切なく、既に俺の頭上へ迫っていた。

 俺は咄嗟に右腕を頭上高く掲げて、降ってくるてのひらへパイルバンカーを置くように射出するしかなかった。

 杭の上から容赦なく重量がのしかかる。


「ヌグォ、ウイリィ」


 MOBのAIも痛みを訴えるのか。

 エテベアの鳴き声はダメージが入っていることを訴えるが、だからと言って繰り出している攻撃の圧が弱まることは無い。

 腕が軋み、鉄杭を支える腕の内部構造が軋みをあげる。

 半ばまで手のひらに杭がめり込んだ状態でやっと勢いが削げ、手が持ち上がった。

 だが、エテベアは既にもう一方の腕を振り上げて、次の攻撃を用意している。

 刺さったパイルの杭が抜けないので仕方なく腕から切り離パージし、左右の重量の狂ってしまった体で俺は全速力で離脱。


「ヤバいな、今ので体力半分持ってかれてる」


 しかもパイルバンカーが片腕おしゃかになってしまった。

 パーツ耐久値もギリギリで、次に盾代わりにすれば確実にアイテムロストしてしまうだろう。


『インベントリに初期支給の回復アイテムがある筈っスよ。 今のうちに使っておいた方が良いんじゃないっスか? あくまで体力の回復で、パーツ耐久値の方はどうにも出来ないっスけど』


 だな、と同意して首元に手を当てる。

 本格的に走りにくいぞこれは。


 初級・治療ナノマシン×10


「これか? なんか頼りない名前のアイテムで不安だな」


『おニーサンは体力が初期値しかないんスから十分っスよ』


 ……確かに。

 こうなると余裕をかまして今まで雑魚狩りをしなかったのが悔やまれる。

 アイテムを選択すると、手の内に凶悪な太さの針を持った注射器が成形された。


「なんか逆にダメージ受けるんじゃないかこの針、中身も真っ赤に光ってて体に良さそうな感じが全くないぞ」


『アイテムのフレーバーテキストを読むに、体内にナノマシンを打ち込んで瞬間的に代謝と自然治癒力を上げるらしいっスね。 リアルにやったらガチで寿命縮む気がするっス』


 まあゲームっスけど、とカミハラは冗談っぽく続けるが、勇気がいる……。


「何モタモタしてんのよ、次の攻撃くるわよ!」


「えぇい、ままよ!」


 針を負傷した右腕の付け根へぶち込んだ。

 血管がざわめくような感覚と共に、明らかな回復と気分の高揚を覚える。

 ハーブ的な意味でヤバいんじゃないか。

 回復アイテムに対する不信感が急上昇したのも束の間、エテベアが繰り出した次の叩きつけが俺の背中をかすめた。

 間一髪。

 しかしそれで勢いは止まらず、既にパイルの針が刺さったままの手がエテベアの頭上にまで振り上げ構えられている。

 地面をドラミングするように延々と叩きつけ攻撃を繰り出す気か?


「ウギッギギッ」


 この猿、勝利を確信して笑っていやがるな。

 こうなったら俺が出来ることはただ一つ。


「うおおおおぉぉおお! ウサスケ助けてぇ」


 流石に避けきれないぞ、と悲鳴を上げた。

 ウサスケの腕前ならそろそろ反撃の一つも期待していい筈だ。


「……まあ囮としては及第点ってとこね、褒めてあげる」


 今まで声だけで位置確認をしてきたが、振り返るとエテベアの背後に回り込んだウサスケが空から喉元に迫っていた。

 どうやら俺がタゲられているのに乗じて、近接による後背攻撃を選択したらしい。

 さながら手練れの暗殺者。

 背後から片手でエテベアの顎を引き上げ、広く開いた首元をもう片手にあるナイフで掻き切る。

 まるで華が咲いたように粘性の強い血が噴き出した。

 しかし、リアルなら失血のショックで絶命したに違いないのだが、これは生き死にを数字で決められているゲームである。

 体力が0を切るまで対象は動き続けるという事がどれだけ理不尽か、俺はそれを改めて実感した。


『……いたずらにHP削りすぎちゃったみたいっスね』


 エテベアが発狂モードに突入する。


 毛を逆立てて肌を真っ赤にすると、エテベアは俺を追うのをやめて吼えた。

 そして、見失った羽虫を打ち落とすがごとく、両手を滅茶苦茶に振り回す。

 エテベアの選んだ一見無様なこの攻撃方法は、レベルと能力値の暴力で最凶の攻撃方法に化けた。

 カンフー映画のヌンチャクさばきを、素手で再現してしまったかのような動きがウサスケを襲う。


「なによこれ、ふざけんじゃないわよ……きゃぁっ!?」


 さしもの彼も、こんなシステム的に一定範囲必中を予感させる攻撃には成す術もなく、足先が引っかかって吹っ飛ぶ。

 それでもクリーンヒットを避けたところが彼の意地と言う奴だろう。

 しこたま地面に打ち付けられたウサスケは、一撃死こそ逃れたものの即時の復帰は難しそうだ。

 だが、何よりもこの場は二人だからこそ成立している。

 例のサイケデリックな回復アイテムを使うまでのわずかな時間を稼いでやらないと、このままエテベアのタゲをウサスケが持ち続ければ秒と持つまい。

 だから俺はエテベアのタゲを引き付ける決意をした。


「うおおおおおおおぉぉおおおおおォッ!! 来いやぁ、エテ公!!」


 いわゆるウォークライ。

 挑発スキルどころかまだ何一つ習得出来ていない俺は、何も効果の付与されていない声を張り上げただけだが、それで充分だった。

 俺のロールプレイに付き合ってくれた柔軟なエテベアのAIは、ウサスケから視線を離し、再び俺に向かってくる。


『意図は分かるっスけど、凌げる目算は有るんスか?』


「そんなものは、ない!」


 うわぁ、と半ばあきらめ声が聞こえたが、俺は諦めたつもりもない。

 粘ることだけが評価されて仕事を掴んできたのだ。


 腹は据えた。

 気合で凌いでやる。


 エテベアが突進力を乗せて放った横薙ぎの張り手を、鉄杭を失った右腕で受ける。

 小気味良い粉砕音と共にパイルバンカーがロストした。

 しかし、ロストしたことで張り手攻撃のダメージをすべて引き受けてくれたらしく、俺本体は無傷のままで居られた。


「うお、なんか腕が吹っ飛んで消えたのに手先だけ浮いてるんだが……」


 腕があったとすればそうあるべき場所に、トルーパーパーツの篭手を付けた手が浮いている。

 バグって体の一部だけ透過しちゃったみたいじゃないか。


『プレイヤーキャラは「超能力者サイキッカー」っスからね。 デタラメな念力でメタルパーツを操る。 メタル・サイキックっス』

 

 設定的な小難しいことは分からないが、間が欠けても両端は生きているというならそれでよし!

 左腕のパイルバンカーも犠牲にすればあと二回耐えられる計算になるだろう。

 また上から手のひらを叩きつける攻撃が来た。

 願ってもない思考ルーチンが巡ってきている。

 俺はまたパイルバンカーの杭を頭上に置きに行く。

 しかし、接触を近くした瞬間、予想より大きな、腰が砕けそうな衝撃が乗った。

 発狂している分、さっきより攻撃力が増しているのか。

 一気に左腕も破壊され、ロスト表示が浮き出る。


 だが、そこでチャンスは到来した。


 発狂状態と言うのは、大抵の場合だが、一定時間の経過や指定されたダメージの累積で解除されるものだ。

 そしてメタサイもその例に漏れなかった。

 ウサスケに斬られた首の傷、それと俺がトルーパーの上から付けた肩の傷。

 いずれも出血していたが、どうやらDoTダメージ(一定時間ごとに一定量のダメージを与える)化していたらしい。

 俺がパイルバンカーで受け止めた時に与えたダメージとで、丁度その発狂解除の定量を満たしたのだ。


 そして発狂が解除されれば、衰弱状態ボーナスタイムに陥るのもまたお約束。


「ウィギギ、ウギギゥリィ」


 エテベアは怯んで尻もちをつき、ここでマウントを取ってくださいと倒れる。

 いける、と俺は前に踏み出した。

 が、踏み出せなかった。


 そう思った矢先、いつものが来たのだ。


「体が……重い……」


 足が前に出ない。

 それでも俺は諦めきれず、スリラーのゾンビみたいにして、両足を引きずりながらエテベアに近づく。


『おニーサン、お待たせしましたっスよ。 やっとアタシの出番っスね!!』


 こんな状態に、やけに明るいカミハラの声が響いた。

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