第2話 「なんだ、戦闘でもしてるのか?」

 俺はトルーパーに乗って、森林の上空をスレスレで低空飛行している。

 何故もっと高高度を飛ばないのか。

 その理由は上空の気流の流れにあった。

 目的地と反対に向けて、強く向かい風が吹いている。

 まともに推進するためには、大量のSPを燃料として消耗する必要があったのだ。

 まだ一つもレベルが上がっていない俺の初期SPでは数秒で燃料切れになると悟り、一番燃費のいい高度を求めたところ、この低空移動が導き出された訳だ。

 SPは一定時間置きに最大値を基準にして、割合で回復する仕様。

 だからもっと最大SPが高くなれば、高度を上げても消耗と回復が拮抗して継続飛行できるだろう。

 早く自由に飛び回りたいものだ。


『おニーサン、森を抜けた先のところ、なーんかレーダーが反応してないっスか』


 トルーパーのコックピットはモニターや操縦レバーの類を持っていない。

 搭乗してトルーパーを起動させると、自分の視界や動作の意志がトルーパーと連動する。

 マシンを扱っているという演出のためか、動きに少し重めのラグが加えられているが、それでもアバターを使うように自由が利いた。

 VRゲームの中でVRを使うような不思議な状況だが、座席とコントロールユニットで機体を動かすタイプのコックピットは、非常にプレイヤーの資質を選ぶ。

 より多くのプレイヤーにスムーズに遊んでもらいたいと、もしかしたらAIも思い悩んだうえでのゲーム仕様なのだろうか、お陰で俺にも満足に操作ができている。

 アバターと違う所と言えば、視界の端に縮小したフィールドマップが表示されていて、視界外まで届くレーダーの探査結果をそこに重ねて表示できること。


「何だろう、アイコンが青いからプレイヤーの反応か」


 そしてカメラを望遠にすることではるか遠くの小さな物体まで目視できることだ。

 レーダーに合わせて拡大した先、今まで飛んできた森の果て、そこが――


 爆発した。


 黒煙と共に土砂が巻き上がり、目視が用を成さなくなる。


「なんだ、戦闘でもしてるのか?」


『青い反応が複数。 エネミーの情報は無いっスね』


「ずっと飛行しているのも飽きてきたし、ちょっと散歩がてら見に行ってみるか」


 大事をとって、一度トルーパーを降りてから様子を見に行くことにした。

 森の手ごろな場所に着陸すると、ハッチを開け地面へ降り立つ。

 ほぼ同時に再び爆発音が響き、地面が震えて足に痺れが伝わってきた。


「派手にやってるな」


 爆発で飛んできたのか、粉々になった金属片が飛来してきて俺の足元に転がった。


『トルーパーのパーツ片っスかね。 一度、おニーサンのトルーパーはコンテナに収納した方が良いかもっスよ』


 コンテナ、それは先ほどトルーパーのステータスを確認した際に見かけた機能で、トルーパー用のインベントリのようなものである。

 そこに出撃中、となっている表示の隣、コンテナ収納の選択肢を見つけ、押す。

 するとトルーパーの輪郭が白く光りながら縦長に集束していき、光の線になると上空へ伸びて飛んで行ってしまった。

 目の前にあった巨大な質量は跡形もなく消えて、地面に沈み込んだ大きな足跡だけが、確かにそこに何かが有ったという痕跡を残している。


「コンテナと言うよりは、どこかへ転送されてない?」


『ぽいっスね。 追跡したら面白い発見があるかもしれないっスけど、今のアタシたちにはどうしようもないっスよ』


 光の行き先については宇宙に上がれるようになってから考えた方が良いだろう。

 それよりも優先すべきは、爆発元の様子を調べることだ。

 木々の間を縫うようにして、カメラで捉えた方向へ走る。

 近い位置で爆発音が炸裂した。

 巻き上がった小石や砂が降り注いで木の葉を揺らし、パラパラと軽い音を立てる。

 空高くまで登っている土煙が陽光を遮るのか、辺りがだんだん薄暗くなってきた。

 やがて連続していた木の幹の景色が途絶え、森が開ける。


 ほの暗い草原を背景に、二体のトルーパーが相対していた。

 片方は重装甲タイプ、もう一方は軽量タイプのいずれも初期装備で選べる種類のものだ。

 互いに己の身体ほどもある武骨な片刃のブレードを振り回している。

 刃が交えて、火花と耳をつんざく金属音が散った。

 しかし出力は互角でなく、軽量トルーパーは圧し負け、後退りながらブレードを地面に突き立ててバランスをとる。

 見ると、軽量タイプは片腕と飛行ユニットの片翼をすでに失っていて、胴から見える断面にピリピリと電気の走るダメージエフェクトがかかっていた。

 重装甲タイプはそのまま一歩踏み出すと、その勢いで刃を持ち上げ、縦に振り降ろす。

 一閃。

 やられたか、と思ったが、そのブレードの切っ先が届く距離を見切った動きで軽量タイプは攻撃を避ける。


『明らかにプレイヤー機体同士が戦ってるっスね。 初心者エリアはPKやPvPが禁止されてる筈っスけど』


「チート出来ないって言ってたのはカミハラじゃないか。 じゃあ何なんだこれ」


『分かんないっス。 もうちょっと状況証拠が欲しい所っスよ』


 重装甲の重さを込めた一撃は切り裂く物を見失って地面を砕き、跳ね上がった土の塊が俺の頭をかすめる。


「あっぶな。 ゆっくり見物も出来ないなこりゃ」


『視界が悪くて近付き過ぎちゃったっスね。 もうちょっと距離を取った方が良いんじゃないっスか?』


「いいや、土煙に紛れて動きが分からなくなる方が多分危険だ」


 いつ何が飛んできても良いように腰を落として、俺はこの戦いの成り行きを見守ることにする。

 軽量タイプは重装甲タイプが腕を振り下ろして生じさせた隙を見逃さない。

 杖替わりにしていたブレードを下から、背に残っている片翼のブースターの力で機体の重さを乗せて切り上げた。

 重装甲は胸を反らして避けようとするが間に合わず、さしもの防御力を誇る装甲にも決して浅くない傷を作った。

 そこで軽量タイプは深追いすることなく、装甲と刃がぶつかって出来た反発力で浅く飛び、そのまま脚部のすそにある姿勢制御用のバーニアを噴かして距離を作りながら着地した。

 一連の動きで茂る草花が飛び散り、土ぼこりとで地面に波紋のように見える風を巻き起こした。

 俺はパイルバンカーの太い前腕を盾にしてそれをやり過ごす。


「まるで格ゲーみたいな動きするな、あの軽量タイプ」


『でも一方的にボロボロっスよね。 重量タイプはさっきの攻撃のダメージ以外に目立った外傷無いっスよ』


 しかし距離を取ったからと言って互いの攻撃は止まらない。

 重装甲は前腕部装甲でのようになっている箇所の裏、そこにあるガトリング銃を乱射する。

 軽量は脚部のバーニアで身を浅く浮かせ、肩のスラスターで横に体を滑らせ、片翼のブースターでもって斜めの推進し、ガトリングの雨の追跡を避ける。

 弾かれた地面が爆ぜて踊った。

 巻き込まれないように俺も走ると、軽量の動きの裏を取る形になり、その意図を悟った。


「さっきの傷の上から攻撃を重ねて、一撃で仕留めるつもりだな」


 劣勢ゆえの一撃必殺による逆転。

 俺の勝負勘による読みはそう告げている。

 SPを使い切るつもりか、軽量は惜しみなく推進剤を噴いてラストスパートをかける。

 再び両機の距離が縮み、そこへ先手を取ったのはガトリングで相手を動かしていた重装甲。

 ガトリングと別の腕でブレードを横薙ぎ。

 二重の横移動の攻撃は相手に最大移動速度を出させたうえで、そこへ確実にブレードを当てる為か、しかしその攻撃のあては外れる。

 軽量は一気に噴射するすべての推進方向を真上に飛翔し、その前に脚は地面を蹴って横移動していた力を回転力に変換。

 フィギュアスケートのルッツの要領で、重装甲の横薙ぎを足下に体を横へ一回転する。

 そこで推進剤が尽きて、機体の落下が始まった。

 回転力と落下の力を手に持ったブレードに集約し、重装甲の胸の傷に突き立てる。

 が、先に軽量の機体の関節が負荷に耐え切れず、先に四肢とその先のパーツをバラバラに、空中分解した。

 突き立ったブレードの刃もねじり曲がって折れ、その切っ先だけが深々と突き立って致命傷を残す。


『勝負ありっスかね』


「ロボットがしていい動きじゃないと負荷ダメージ喰うのか……」


 引きちぎれながら頭と胴だけが残り、棺桶のような形になったそれが俺の横まで飛んできて転がった。

 ハッチを蹴り破り、中からパイロットが身を起こす。

 少年のアバター。

 頭に鉢がねを巻き、首から鼻までを体の線が出る密着したマスクで覆っていて、所々メタルパーツの付いた合わせのある道着と袴を着ている様はさながらニンジャ。

 鉢がねの裏から兎の耳が飛び出している。

 驚いて息をのんだ。

 何とも奇遇なことに、プレイヤー名を「ウサスケ」と表示されたそのネームも外見も、俺が自分のアバターデザインの元にした子供向け漫画のライバルキャラ、そのものだったのである。

 ウサスケはアバターの腰に装備した飛翔ユニットを使って素早く飛び上がった。

 次いで遅れて棺が爆発し、全く予期できずに動けなかった俺と、避けきれなかった少年の身体を吹っ飛ばす。


「イテテ……」


 全く偶然だが、俺は彼を抱き止める形で倒れ、お互いにダメージを確認しながら上半身を起こすと、彼が俺の膝の上でマウントを取る形になった。


『わお、ラッキースケベ態勢って奴っスか』


 目が合う。

 だがそこに友好の色は無い。

 彼は抱き止めた感謝とか巻き込んだ謝罪などではなく、俺の鼻面に指を突きつけると怒りの目で罵倒を始めた。


「ちょっと! アンタねぇ、ボケっと見物してないで、人が襲われてるんだから助太刀しなさいよ。 それとも人がPKされるのを見物するのが趣味なワケ? きもちわるっ」


 凄い剣幕だ。

 どうやら切り結んでいるうちから、俺の存在に気が付いていたらしい。

 それもそうか、トルーパーのレーダーでプレイヤーの存在に気付いて俺はここへやって来たのだから、向こうも俺を察知していない訳がないのだ。

 だが、後から来た状況を知らない人間にそれを求めるのは酷じゃないか。

 

「いや、どっちがPKかなんて俺には分からないし」


「……そ、そうだったかしらね」


 自分の理不尽な言葉に気付いたのか、ばつが悪そうにする彼へ、俺は「どうどう」と両掌を彼に向けて落ち着きを促す。

 ということは、彼の自己申告ではあるが、彼が被害者で、あの重装甲がPKということか。


『アタシもこんな少年同士で絡む構図見るの捗るっスけど、そろそろ起き上がらないと――』


「うお、まだ終わってないっぽいぞ」


『――来てるっスよ』


 彼の身体を突き飛ばして、俺も手足をもつれさせながら転がる。

 俺たちの元居た場所をガトリングの弾が跳ねた。


「痛った……くはないけど、何すんのよ!」


『痛くはないでしょうねー。 本来、PK禁止エリアでプレイヤーの行動結果がダメージ判定を持つと、他プレイヤーに当たってもダメージ処理がカットされるはずっスもん』


 カミハラは冷静に分析をするし、体を転がされて跳ね起きたウサスケはまた俺に怒りの矛先を向けてくるが、そんな場合じゃないだろう。


「話は後だ、来るぞ!」


 胸に刃を残す重装甲が、無言で俺たちを狙っていた。

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