猿の章
第1話 「ここがスタート地点か」
人類が己の誕生した星系を旅立った時代。
新たに自分たちの生活圏を宇宙へ開拓するため、母星からいくつもの開拓船団が旅立った。
それから時を経て、各々の開拓船団は独立した指揮系統と、辿り着いた開拓候補惑星の風土の差によって、それぞれ独自の文化を持つに至っている。
文化の差は価値観の違いを生み、各船団はそれぞれが歪なバランスで仮初めの平穏を維持していた。
しかし今、宇宙の片隅で小さな波紋が生まれた。
開拓時代初期に連絡を途絶したまま、壊滅したと思われていた第九開拓船団、その構成員を示す特徴を持った者たちが、辺境惑星にて次々と発見されたのだ。
あなた達が求めるのは果たして――
『何も持たないからナインスなんスかね?』
「カミハラ、OPのいいところでそういうの、マジやめてお願いだから」
『うっス。 しつれいしましたーっス』
――その波紋は静かに消えるのか。
大きな波となりすべてを飲み込むのか。
それはあなた達次第だろう。
AI音声によるOPの読み上げが終わると、次第に意識が遠のいてきて眠りに誘われた。
ゲーム側の操作で強制的にプレイヤーの意識の喪失や覚醒まで操れる。
その事実に、俺は言い知れない恐怖感を感じながら、意識を失った。
目を覚ますと、俺は壁から伸びるベルトに身を支えられるようにして、前傾姿勢で倒れ込んでいた。
『起きたっスか。 と言っても演出っスから、一分も寝てなかったっスけどね』
「ここは何だ? 暗くてよく見えないぞ」
狭くて油臭い。
薄暗い目の前を探ろうと腕を上げるが、そこで何かに肘の方が引っかかった。
見ると鉄の壁にパイルバンカーの突起が引っかかって動きを阻害している。
寝てしまった前後で、俺はキャラメイクしたアバターの姿に成り代わったのだろう。
俺の手になっているトルーパーパーツの巨大な篭手を、握って開いてを繰り返し、違和感がないことを確認する。
『そこはおニーサンの所有する搭乗機のコックビット内っスよ。 ちょっと前方へ手を伸ばせばハッチに手が届くと思うっス』
言われるがまま、今度は肘が引っかからぬように身を乗り出し、腕を伸ばす。
すると、篭手の爪先が鉄の壁に行き当たり、プシッっと何かの圧が抜ける音がした。
目の前に四角く光の切れ目が入り、滑らかに鉄の壁が開いていく。
暖かな風が草の匂いを乗せながら吹き込んだ。
ハッチの向こう、明るい陽光が注ぐ花畑が見える。
「ここがスタート地点か」
『正確には開始惑星、っスかね。 星全体が初心者専用エリアに設定されてるっス』
身体を拘束していたベルトを巨大な手で苦戦しながら外し終えると、ハッチの側面へ身を預けながら、外部を覗き込んだ。
色とりどりの花が咲き乱れた草原が見渡せる。
周囲にはまばらに低木が茂り、丘陵や山の稜線、広範囲に広がっている森。
起伏が多く地平線の見えない地形をしている。
SFジャンルと言うからもっと金属したものを想像していただけに、自然豊かなフィールドに迎えられて調子が狂う。
「なんか普通にファンタジーって感じのフィールドだな。 綺麗すぎて和むんだけど」
『そうでもないっスよ、視界の右側の方、何か見えるっス』
指示の先、霞むほど遠くにだが、山の向こうで星へ垂直に突き立つ鉄の塔が見えた。
いや、塔と言うにはあまりに機械的で、タワーと片仮名を当てた方が相応しいのではないだろうか。
外壁の全体がキラキラと瞬いていて、明らかに「こちらを目指しなさい」と告げている。
そしてそのタワーの指し示すはるか上空。
巨大な宇宙戦艦が空を覆いつくして滞空している。
「あれが最初の拠点かな……遠すぎやしない? とてもじゃないけど、一日でたどり着けるように見えないぞ」
『おニーサン、自分が今、何に乗ってると思ってるんスか? トルーパーでひとっ飛びッスよ』
指摘されるまで完璧に失念していた。
そうか、俺はこの機体を自由に動かすことが出来るのだ。
それならば、まずは自分のトルーパーを外から眺めてみよう。
俺は草の茂る大地へ身を蹴り出す。
搭乗用ロボットとは言え、全長は大人の背で2.5人分程度しかない。
乗って操縦する人型ロボの中で言えば、かなり小さい部類だと思う。
それが片ひざを折って項垂れるように座っているので、胸部に位置しているコックピットから地面までの高度は1メートル半もない。
だから飛び上がった俺は難なく着地したはずなのだが、両腕が遅れて重みを伝えてきてバランスを崩した。
器械体操だったら減点必至。
自分で選んでおいて何だが、この腕装備ものすごく取り回しが面倒だ。
『うーん、失敗したかな』
「だから言ったっスのに。 もうちょっとタッパがあればきっと違ったっスよ」
まあ取り付けてしまったものは仕方がない。
気を取り直してトルーパーを見上げた。
旧型、と名付けられていたその機体は、箱型を基調として流線型を極力避けたパーツ群で構成されており、いかにもミリタリーと言う埃臭さを演出している。
その平面装甲は、上空に昇った太陽のような恒星から燦燦と注ぐ光で、いくつもの傷を浮かべていた。
「何か使い込まれている感じだな。 設定上の記憶喪失前に一戦やらかしたように見えるぞ」
『ストーリー上で第九開拓船団がどうなってるのか、探し出せたプレイヤーはいまだに存在してないらしいっス』
それもその筈だろう。
なにしろ初心者のためだけに用意されたエリアが、星を丸ごと一つなのだ。
仮にそのすべてが探索可能なエリアになっていなかったとしても、スケールが広大過ぎる。
宇宙に上がれば、サービス半年で探索し尽くせない場所が待ち構えているに違いない。
まあ、世界観の設定はゲームの方から折を見て開示してくれる筈だ。
あまり最初からネタバレされすぎてもゲームが楽しくないし、カミハラへの話題の追及は避けて目の前のもので遊ぼう。
俺は機体の装甲を撫でる。
それにしてもキズが深い、強い衝撃加えられたら破損してしまいそうな。
見本で見たこの機体は、もうちょっと綺麗だったはずである。
……ちょっと待てよ?
俺は確認したいことが出来て、宙を探り始めた。
『どうしたっスか? いきなり怪しい盆踊りを始めたっスけど。 そんなことしてもMPは吸えないっスよ』
「ユーザーインターフェースの出し方が分からん。 ステータスを見たいんだけど一体どうやればいいんだ?」
メニュー画面に相当するものをどうやって開くのか、こればかりはゲームによって多岐にわたる。
手をかざしてみたり、コマンドを唱えてみたり、予想がつかないのだ。
『えーと、体のどこかにアクセサリーみたいなものが付いてないっスか』
言われてふと、クリエイト時には身に付けていなかったはずの違和感を首に見つけた。
「これのこと?」
肌感で探ると、帯のような物が巻かれていて、気になって篭手越しにそこへ触れると目の前にメニュー窓が浮いた。
なるほど、アイテムで呼び出すパターンか。
「カミハラが役に立った……」
『ずっと立ってるっスよ。 ところで何を調べたいんスか。 キャラクター能力ならキャラメイク中に飽きるほど見ていたっスよね』
俺は目標の情報にたどり着き、そこを拡大して眼にしかと映した。
「思った通りだ。 機体がボロボロなのは演出だけじゃなくて、実際に耐久値がギリギリまで減って損耗してるんだよ」
気が付かずにいたら、そのまま戦闘でもして全損させてたかもしれない。
大事に行かないとだ。
『はー、気が回るっスねぇ。 外から情報読んでるだけのアタシだと……あ、攻略サイトに書いてあったっス。 開始直後に消耗してるトルーパーを全壊させちゃう失敗談が沢山。 初心者の洗礼の一つとして挙がってるっス。 装備が全壊すると爆散してアイテムロストっスから慎重に使った方がよさそうっスね』
何だと……!?
アイテムロスト?
どこかで装備説明を読み飛ばしていたのか、本当に慎重に行かないとマズそうだ。
とりあえずトルーパーを全快しておきたい。
「うっし、サクッとあのタワーまで飛んで修理してもらうか」
……ちなみに、トルーパーを動かすにあたって、コックピットで再びベルトを締めるための悪戦苦闘があったのだが、ここは割愛しておく。
長く苦しい戦いだった……。
『その篭手を一度脱げばいいんじゃないっスか』
最終的に、カミハラのその一言で全て解決したのだが。
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