第4話 『人類よ――進化せよ』

『人類よ――進化せよ』


 ナレーションの一言で暗かった画面が幕を開け、光点に彩られた宇宙空間が映し出される。

 それはTVコマーシャルとしても流れ、一般に広く知られているPVだ。


「メタル・サイキックだな」


 俺は思い当たるそのタイトルを告げた。


「はい、半年前からサービスされているVRMMOっスね。 MMOは大規模で多人数が同時に参加するゲームという定義らしいっスけど、このタイトルは全世界のアカウント数が億、最大同時接続数も数千を数えると聞いてるっス。 チームの公式プロフィールだとおニーサンはMMOやらない派だったっスよね」


「MMOって総じて時間食うから、試合や練習となかなか両立しにくいんで意識して避けてるよ」


 俺だけではなく、拘束時間の多さからMMO要素のあるゲームを控えているVRゲーマーの割合は少なくない。

 しかし、その状況と照らしてみれば億のアカウント、そこから複数アカウント保持者などの重複を除外すれば数は減るのだろうが、それでも何千万単位を予想されるプレイヤーたちを囲っているこのゲームが、昨今のMMO界隈を代表するタイトルだという事は推して知るべしだろう。

 そしてこのゲームが人気を博すことになった切っ掛けは、単にゲームの面白さのみではなかった。

 空前の規模のゲームにもかかわらず、開発者は一人だけ。

 その人物もリリース直後に死亡が報道された曰くつきのタイトルで、業界がにわかに騒いだのを覚えている。

 それでもサービスがつつがなく続けられているので、いろいろな陰謀論がささやかれたものだ。


「えーと、今までの医療用VR開発者の話とこのゲームとでどう関係があるのかな?」


「関係ありまくりっスよ。 VRゲームはAIが作ってるって言ったっスよね」


「それは言ったけど、どういうつながりが……」


 この二つを無理やりこじつけて考えるとしよう。

 常識的にはそのような大規模ゲームを作れるAIを一人で制御するのは難しい、と言うより無理に近い離れ業だ。

 それを可能にしたのなら、その開発者はAIを知り尽くした人間という事になる。

 つまり――


「『メタル・サイキックの開発者』が『開発AIの設計者』で『医療用VRの開発者』と言いたいわけか?」


「おー、やっとたどり着いたっスね」


 本当にそうならば、その人こそ天才という人種なのではないか。

 惜しい人が亡くなったものだ。

 タブレットに映るPVでは、サイボーグや超能力者といったキャラクターたちが星間を駆け抜けながら、エイリアンと思しき異形の生命体と闘っている。

 天才でも思い描くフィクションはこのような相容れない異種同士の宇宙戦争モノなのだろうか。


「開発者の名前はトコロザワ、一年前に死亡してるっス。 アタシの叔父さんの同僚だったんスけどね」


「一年前? 俺はメタル・サイキックのサービス開始後にって話を聞いてたんだけど」


 そこで、ちょっとホラーめいた話いなるっスよ、とカミハラは脅かして来た。


「あまり公に広まってる話じゃないっスけど、このゲームのAIはほぼ全権を委任されていて、管理する人間が居なくても手続きやメンテ無しにずっと動き続けてるんスよね。 無事にサービスを開始しているのにトコロザワ氏が自慢の一つも寄こさないんで、不審に思って様子を見に行った叔父さんが死亡している彼を発見したっス。 鑑定の結果、サービス前にとっくに亡くなっていて、AIがサービスまでの手続きを全て用意立てていたらしいっスね」


「何それ、怖過ぎる。 話の流れからすると俺がこれから遊ぶゲームも」


「当然、メタル・サイキックっスよ」


 ですよねぇ。

 そもそも、これからログインする人間にしていい話じゃないのではなかろうか。

 当事者の近縁者が語れば、それは陰謀論でなく事件になってしまう。


「大丈夫っスよメタル・サイキックはただのゲームっスから。 でもトコロザワ氏が昔、アタシに言ってたんスよね。 俺が今作ってるゲームには俺のVRの全てを置いてきた、って」


「へぇ……つまり君は研究って名目だけど、それをゲームの中に探してるってことなのかな」


「ご推察の通りっスよ。 どうして医療技術スタッフがゲームを作ろうとしたのか、そのへん含めて彼の遺志を調べるのが今のアタシのテーマっス。 本当は自分でプレイした方がいいんスけど、アタシゲームの操作がド下手で、代行してくれるスタッフを探してたっス」


 すると、これは俺が修行を必要とした結果用意された物では無いという事か。

 順序が逆なのだ。


「本来口説かれてたのはエンドーで、あいつが俺の事を相談するついでに君へ推薦したって所か」


「バレました? 逸材を見つけられてアタシも大満足っスよ。 でも安心してください。 トコロザワ氏がメタル・サイキックに遺した機能で、解析の進んでる部分におニーサンのお役に立つ部分はあるっスから」


「それって具体的にどんなことなんだ?」


 お楽しみっス、とカミハラは笑うだけで答えなかった。

 怪しすぎるが――まあ、なるようになるか。

 何も命の危険を伴う行為をしろとは命令されている訳ではないだろう。

 そうあってほしい。


「やってるうちに納得してくれれば良いっスよ。 それじゃあそろそろ本題に入りたいんで、そこに横になってもらっていいっスか」


 彼女はベッドを指差しながら、VR機器のコンソールを操作し始める。


「服とかは着たままでいいの?」


「好きに楽な格好しちゃっていいっスよ。 あ、履物だけは脱いじゃってくださいっス、シート汚れるんで。 寝転んでもらったらリングの位置調整するんで、しばらく待ってくださいッス」


 スーツのジャケットを装置の脇に置かれていた衣装籠に入れ、シャツの第一ボタンを開きながらベッドへ座って靴を脱いだ。

 シートの材質は硬めだが変に反発するような感覚もなく、身体を仰向けにすると悪くないフィット感があった。


「ベルトは緩めないで大丈夫っスか?」


 大丈夫と言おうとしたが、人間というのは他人に言われると気になってくるものである。

 仮にも女の子の前でと気が引けるが、ベルトを取ってシャツの裾を出した方が断然ラクな格好になった。


「フフフ、なんだかだらしない学生みたいッスねおニーサン」


「君がやれって言ったんだろ!」


 しかし、俺の言葉は目線の高さへ下りてきたドーナツ構造の内壁部分によって阻まれる。


「それじゃ接続始めるんでリラックスしてくださいっス。 指示は外から出してくんでヨロっス」


 カミハラが何やら操作している気配はあるが、頭上で横に流れて回転している装置の外殻しか見えないので確かめることはできなかった。

 それにしても、これは本当にただのCTなのではないか、一度世話になったがその時の記憶と近いぞ?

 そんな風に疑りながら内壁に彫られた溝を眺めていたら、突然俺の視界が眩しく光った。

 咄嗟に瞼を閉じても防げずに目が眩んだまま、治まって目を開くと何も見えない。

 俺は闇の中にいる。

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