第3話 「マジだったのか……」
俺たちはチームスポンサーを口八丁で説き伏せた。
というのは盛りすぎか。
雑魚なりに需要のあった俺が、しばらくチームを離脱したいという申し出に対して、スポンサーは渋ってなかなか応じてくれなかった。
人によってはそれこそ感謝するべきだ、と思う事も有るのだろうが、俺は「噛ませのカゲヤマ」に甘んじたくはないのである。
しかし、そこでカミハラの名前を出すと態度が一転、手のひらを返してあっさり許可が出たのだった。
カミハラにそれほど影響力があるのか、若しくは彼女の叔父の力だろうか、恐らく後者だろう。
俺を派遣することでスポンサー側が何か見返りを期待できるのかは疑わしいが、エンドウ曰く彼の恩人はVRの技術者の中でも指折りの人材らしいので、接点を持てるなら願ってもないことなのかもしれない。
そんなこんなで、カミハラへ彼女の申し出を受ける旨の連絡を入れると、訪問する日時と場所、それと数カ月程度の研究期間を提示された。
そして今日、俺は何某の国立科学研究所に来ている。
「ここか」
電脳研究室、と確かにそう書いた札が掲げられた一室。
ドアの脇を見れば部屋の責任者名にしっかりとカミハラの名前がある。
「マジだったのか……」
色々あったが、ここにきて半信半疑を貫いてきた俺の心もさすがに納得しがたい事実を認め始めていた。
そしてノックしたドアを開けた先、そこでまた俺の予想は大きく裏切られることになるのだった。
巨大なCT装置の置いてある給湯室。
ドア向こうを一言で説明しようと思えばそうなる。
目測で六畳一間程度の狭い密室は、どこにも窓がないせいでさらに圧迫感を感じた。
CT装置、ドーナッツ状の構造物の中央を通して身体を輪切りにした断面図を撮影する、アレに似たような物体が部屋の半分を占めていて、後はガス・水道周りのキッチン設備と冷蔵庫が一つ、それと――。
上にコンソールの広がったデスクの前、カミハラがゆっくりと腰を落ち着けて、音を立てながら煎餅を噛み砕いていた。
見ると既に数枚を平らげているようで、複数の透明な包装が散っている。
「おニーふぁん、んぐ、遅かったじゃないっスか。 10分遅刻っスよー。 プロゲーマーも社会人なんじゃないっスかぁ」
「公道に面した門の前までは20分前に来てたんだよ! 敷地広すぎるだろ!? っていうかここまで誰ともすれ違わなかったし、本当に入っていいのかちょっと不安だったんだぞ」
必死の言い訳に、彼女は半眼をもって返して来る。
やはり遅刻した事実は覆らないものか。
「この棟の大半はサーバー設備に使われてるからほぼ無人っスよ。 人が恋しかったら反対側の区画にいっぱいいるっス」
「うん、教えてもらったところ悪いけどあんまり用事は無いかな」
窓が無いので実際の様子は分からないが、カミハラは入り口と反対側の壁を指し示している。
ここに来るまでの廊下で聞こえていた排気や振動音は、すべてサーバーを冷却するための冷房設備から生じたものだったのだろうか。
「まあ気を取り直して、ここがおニーサンにしばらく使ってもらう修行部屋になるっスね。 一応臨時スタッフ扱いってことで少ないお給金も出るんで、モルモットとして励んでくださいっス」
「ええ……ここで研究するのか?」
すかさず部屋を見渡しながらツッコミを入れてしまった俺に、最後のひとかけを飲み下したカミハラは笑った。
「何かご不満っスか? どうせおニーサンはVRで寝てるんスから、部屋がどこでも関係ないじゃないっスか」
確かにそうなのだが、期待していたものとだいぶ違った。
それに、この部屋には肝心のものが見当たらない。
「そのVR装置がどこにも見当たらないんだけど」
俺の言葉に、カミハラは何を言っているのか分からないとばかりにキョトンとした。
「あるじゃないっスか。 目の前に」
「えっ、どこに……まさかこれ?」
彼女が指し示すのは部屋の主と言える設置物、CT装置のようなものだった。
何かおかしなことがあるのか、と声に出さずとも彼女の顔はそう言っている。
いや、俺もこの部屋で探すならこれしかないと思うが、それにしたって点と点が線で繋がらないのだ。
「ふつう、VR機器って言ったらこれくらいの箱じゃ?」
俺は胸のあたりで抱えられる程度の大きさを、両手で空に描いて見せる。
持ち運べる重量で、コードでつないだヘッドギアを頭に装着して、コンピューターで作り上げた幻を脳に直接投影して遊ぶアレ。
俺の知っている形と目の前のこれとは、到底頭の中で結びつかない。
「遊びじゃなくて実験っスよ? そんなオモチャを使えるわけないじゃないっスか」
呆れたと言わんばかりの返事をされてしまった。
「まあ確かにゲームでこれを使う人は少ないっスけどね」
「少ないで済むレベルかな……?」
カミハラはデスクへ向くと、コンソールを指で叩く。
短くアラート音がして、ドーナツ型が静かに緩やかな回転運動を始めた。
その手慣れた操作を見なければ、やはり彼女は高級機器にイタズラをする子供としか思えないのだが。
「正真正銘のVR装置っスよ。 エンドウ氏を救った……聞いてるっスよねこの話」
「ああ、エンドーが子供の頃に手術で使ったっていう――それがこれ!?」
「いかにもっス。 医療用途でお医者さんが遠距離から患者さんを手術するために開発された、限界まで通信ラグを無くして、繊細な表現を極限まで追求できる、いわゆる業務用って奴っスねー。 仮想世界の動きを遠隔したロボットアームがトレースして実際の執刀を行うっス。 ちなみにアタシも開発に携わってる最新型スから、エンドウ氏に使われた頃の型とはスペックが雲泥の差っスよ。 滅多に触れるものじゃないから感謝してほしいっス」
カミハラはそう言ってのけると、まごうことなきドヤ顔を向けてきた。
モノホン天才少女であらせられたか――。
「凄いことは分かったけど、これでやるのがただのゲームなんじゃオーバースペック過ぎない?」
カミハラはちっちっと舌を打って、口角を上げた。
彼女は着こんでいる唯一研究者と名乗れるパーツ、白衣のポケットに手を突っ込みながら立ち上がると語り始める。
「本来、VRゲーム自体はもっと高度な表現を備えてるんスよ。 それをオモチャだと十分に再現できないだけで、表現の基準はこの医療用スペックにあるんス」
「いやいや、さすがにこんな値の張りそうな業務用を想定して作ってるところは無いだろ?」
曲がりなりにもプロの環境を知っている俺が見慣れないような代物だぞ。
俺はドーナツ型の装置を貫く様に設置されたベッド部分を軽く叩いて彼女へ示す。
「おニーサン、新型VRゲームが俗に深淵ゲーって呼ばれてるの知ってるっスか?」
いきなり何を言い出すかと思ったが、ここから話が発展するのだろうか。
「人間の頭の中に景色を直接投影するのに際して。 混乱や不快を伴う違和感を感じさせずに錯覚させられるだけの作り込みを人手のみで用意すると、例えばこの部屋を仮想現実に再現するための情報だけでも、ひと一人が一生かかりっきりになってなお完成しないっていう、そういう話のことだろ?」
納得するだけの答えは返せたようで、彼女は珍しく素直に肯定した。
「だから大半のVRゲームは開発用AIが実際の制作を担ってるっス。 今のAIにかかればそんなの秒で片付くっスからね。 けど、AIが人に替わってゲーム制作をすることにはデメリットもあって、システムの中身が人の制御や理解を超えてしまい完全にブラックボックス化してしまうっス。 誰も自分が開発したゲームの全貌を正確に把握出来ないんで、仕様を覗き込んだら帰ってこれないって意味を込めて、深淵ゲーと言われてるっス。 最近だと意味が変じて、没入しすぎてリアルと人生の比重が逆転してしまった廃プレイヤーを排出するゲームにも言われるっスけどね」
「つまりそのAIちゃんたちが、開発者たちも知らないうちにこの医療用スペックで遊ぶことも念頭に作ってしまってるって事か? 飛躍し過ぎな気もするけど」
「ご明察っス。 そもそも業界に広まっている開発用AIの基礎設計に携わった技術者の一人が、この医療用VRのメイン開発者スから。 まず高スペック表現に耐えうるように特製AIが用意され、それが転用されてゲーム業界にまで広く利用されるようになった、という順序の方が正しいかもっス。 だって被験者の体や手術台をリアルタイムで正確に再現できないと、手術に使うなんて無理な話っスからね」
カミハラはデスクの引き出しからタブレット端末を取り出して、その画面をこちらに向けた。
「で、その共通する技術開発者こそがアタシとおニーサンのこれからに深くかかわってくるっス」
これを見てほしいっス、とこちらへ向けた画面に表示されたのは、とあるゲームのプロモーション動画だった。
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