第5話 「ようこそ、メタル・サイキックの世界へ」
何もない闇。
メインの意識がVRへフルダイブした証拠だ。
リアルから切り離したまま五感への情報入力が無いから、何もない映るものが無い状態、とどこかで聞いた知識がある。
耳を柔らかく刺すような、耳鳴りにも似た音が鳴り、次第に目の前の闇にぽつぽつと光の彩りが生まれた。
先ほど見せられたPVと同じような光景だ。
そう――宇宙。
目の前のそれをそうと認識する前後から、いつの間にか俺の身体は重力を失い、宙へ浮かんでいるという状況に気付く。
俺はVRゲーム歴がかなり長いと自負しているし、こういったゲームの導入自体はさして珍しいものではないと知っている。
がしかし、指の爪先まで血が通った身体で掴むもののない宙を掻く感覚は初体験だった。
「なんだこれ……本当にVRなのか?」
情報で描かれた作り物の自分の体に、皮膚があってその下に肉があって、血管、骨、臓器、リアルでは普段から当然に感じるはずのすべての感覚を、当然に感じ取る。
それを実現するのにどれだけの技術を必要とするのか、俺には知る余地も無いが、カミハラが『オモチャ』と呼ぶものでは到底実現し得なかったことだ。
もちろん、ヘッドギア型の一般的なVR機器でもそれなりに肉薄していた筈なのだが、例えるなら旧来の感覚はすべて薄紙一枚越しに感じていたようなものである。
それが今、一皮むけてやっとVRの空気に直接肌を晒している状態。
あれだけ大掛かりな装置を用意してそれだけ、という費用対効果の面で最悪なことが、プロユースの環境でもまず見かけることが無かった要因なのだろう。
『オモチャと段違いなのは分かってもらえたようでなによりっス。 それがフルスペックを起動したゲームの感覚って奴っス』
いきなり頭の中にカミハラの声が響く。
俺は驚いて反射的に背筋をはね上げてしまった。
「び……びくったわ。 外から、ってそういう事かよ」
感動をかみしめていた時間を返せ。
『ちょっと今のその反応面白かったっスよ、あとでログ編集して要保存っスね。 ちなみに、おニーサンの視界の情報をそのままこっちでも映して観てるんで、そっちで見えないものは、こっちでも見えないっス。 だからカメラワーク注意してくださいっス。 股間の状態を気にしてるのまる分かりっスからね?』
お、おう。
しかし感覚が鋭敏になったとしたら、男なら絶対に気になる部位の一つじゃないか。
おちおち女アバターの胸や尻も見てられないなこれは。
『あとは……口で音にしてくれないと、こっちで声を拾えないので、エスパーみたいな脳内同士の会話は期待しないでくださいっスー』
「マジかよ、ゲーム内で俺だけずっと独り言ってるとか、ネトゲなのにPT組みにく過ぎない?」
『ブツブツ言うキモい奴になるのは諦めてくださいっス。 先ほどお伝えした通り、ゲームの開発用AIが全権限を掌握して常時監視してるお陰で、チートとか一切ズルが出来ないので。 おニーサンに特殊なアカウントを用意してあげたりは出来ないっス。 イチから始めてもらって、レベル1で初期マップからスタートしてもらうっスよ』
「それはまあ当然だな。 了解。 それじゃ始めるとしますか」
開始の意志を伝えると、『メタル・サイキック』というタイトルロゴが目の前に浮かんだ。
「ようこそ、メタル・サイキックの世界へ。 お客様の環境データにアカウントが未登録のため、新たにデータをお作り致します。 よろしいでしょうか」
低い男の声で案内が発される。
それだけのことであるが、聞いた感じ恐らく声優など生身の人間を使ったの収録音声ではなさそうだ。
AIの流暢で違和感のない発声機能に、俺は内心驚愕した。
VR機器もそうだが、この「メタル・サイキック」自体もこの「わずかばかりの面」において、高度な技術の塊なのではないか。
トコロザワという男、そして彼の遺したというVRのすべて。
カミハラが俺に有用なものもあると言っていたことは、出まかせの嘘では無いのかもしれない。
そんな期待感が胸に寄せた。
「うん、最初からでよろしく」
『この辺りの操作は大丈夫そうっスね。 アタシ、初見でゲームの始め方がよく分からなくて。 正味小一時間程度は宇宙を漂ってたっスよ』
それはゲーム音痴過ぎると言うものだ。
カミハラは自分で操作が下手と言っていたが、操作以前の問題でゲーム勘が無いのだろう。
と、思考を脱線させているうちに、目の前に
「お客様がこれから
「そっちでキャラメイクに何か注文ある?」
『お好きにどうぞっス。 ただあんまり戦闘に適さない農民志向のキャラとか作られると、趣旨的に困るのはおニーサン自身じゃないっスかね』
「やんわり指定してきてるんじゃないのそれ。 まあ農耕する気なんて無いけど――というかこのゲーム、農業とかできるんだな」
PVではひたすら宇宙生物と闘っていたけど、生活コンテンツも満足なものがあるのだろうか。
『基本的には星を制圧して開拓していくことを目標にしてるゲームっスから。 拠点にした星を開発していくことも可能なんスよ』
「戦闘一辺倒なのかと思ってたけど、それはそれで楽しそうだな。 なんか星を開拓って響き的に、沼にハマってるプレイヤーも少なくなさそうな気がする。 伊達に数千万人が一斉に接続してるゲームじゃないってところかな」
『おっしゃる通り。 でもゲームの攻略はプレイヤー同士の牽制が激しくてなかなか進んでないんで、少ない土地を皆で分け合ってるのが現状っスかね。 PvPやPK要素があるんで、街の外で動きの怪しいプレイヤーを見たら警戒した方が良いかもっスよ』
ほんわか農耕ライフの想像が、一気に修羅の国っぽく聞こえてきた。
自由であればあるほど、当然その手のプレイヤーの動きも活発になるのは避けられないという事か。
内容を話し込むのも良いが、そろそろ目の前のキャラメイクを進めないと
目の前に開いた窓を確認していくと、俺は見慣れない造語要素の羅列に混乱した。
「何だこれ、種族とかクラスとかを選んでキャラクターの
『あ……長いからメタル・サイキックの略称、メタサイでこれから呼ぶっすけど。 メタサイのキャラ性能って、装備が全てなところあるっスから。 初期装備である程度傾向を絞ることになってるんスよ』
まだメタサイで一戦も行っていない状態で気をもんでも仕方が無いが、より強い装備で相手を殴れば勝てるゲームなら、修行に来た意味はあるのだろうか。
少し不安を覚えるが、我慢して窓の情報を読み込めば何か分かるかもしれない。
「要素の説明が全部文字なんだな……俺、長い文章を読むの苦手ないんだよなぁ」
『分からなかったらアタシの方に聞いてくれたら答えてあげるっスよ。 まあアタシも最適ビルドとか全然なんスけどね』
努力だけはしてみたものの、文字の洪水をワッと一気に浴びせられて、俺の理解力を一気にオーバーフローしてしまった。
それでも、断片的だがカミハラの言った「装備が全て」の意味を掴めた気がする。
文章は以下の通りだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
このゲームの装備は3つの系統に分かれます。
◆サイボーグパーツ(半身機甲)
体の一部を機械化することで装着します。
街でのみ該当装備を外せ、野外活動の途中でパーツを換装することが出来ません。
復活地点にある再生装置で機械化した体を生身に戻すことが出来ます。
特性 機械部位は損壊しても体力に直接ダメージを受けません。
この装備をした部位を媒介にして念導能力(魔法)を発現できません。
全身を機械化した場合、コアパーツを一つ設定し、破壊されると死亡する。
全身機械化はサイボーグでなく、オートマタ(自動人形)と呼ばれる。
◆トルーパーパーツ(装甲機兵)
人の2.5倍程度の全長を持つ貴方専用の搭乗用人型兵器、そのパーツです。
パーツの一部のみを直接あなたの身体に装着する事も可能です。
念導能力で動くため、搭乗中または着用部位では念導能力(魔法)を使えません。
稼働にはSP(精神ポイント)を消費し続け、SPが尽きると機能を停止します。
特性 基本性能は高いですが、基本的に身体能力による補正が利きません。
この装備で覆われている部位では念導能力(魔法)を発現できません。
◆サイキックパーツ(超能力者)
生身で扱うことが出来る汎用的な装備です。
念導能力(魔法)を主に戦うためには、身体の機械化を抑える必要があります。
特性 念導能力(魔法)に制限を受けません。
・装備による機械化比率で種族が決定されます。
0% サイコキネシスト(純能力者)
1~30% サイキック(超能力者)
31~99% サイボーグ(半身機甲)
100% オートマタ(自動人形)
※装備変更によって機械化比率を変えることで、後から種族変更が可能です。
●念導能力(魔法)とは?
超能力を魔法のように発現すること。 精神ポイントを消費し、念導能力を使うことで、「身体強化」「念力攻撃」「攻撃手段に各種属性付与」「生身の部位の回復・再生」など様々な効果を得られる。
生身の部位を通じて能力を発現するため、該当箇所が破壊されたり、機械扱いのオートマタやトルーパーに搭乗中には使用不可能になります。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ロボットに乗って戦えるのかよ。 機械にロボット……キャラ性能ってそういう事ね。 いくらパイロットに筋力があっても機械の関節や搭乗用ロボットの腕っぷしは強くならないもんな」
『だいたいその理解で合ってるっス。 動力はすべて念力らしいっスから、魔法職でなくてもSPはかなり重要な要素になるっスね』
これらをまとめると、どの部位から魔法を放つか考えつつ装備を選んでアバターを作り、さらにアバターに合った
『アタシの研究はあくまでこのゲームの機能に関するもので、攻略要素にはそこまで詳しくないっスけど、移動性能高めのトルーパーの飛行パーツをアバター状態でも装備して飛行能力を得たりするのは定石っぽいっスね』
「そうか、SFなら空中戦も普通に行われるはずだもんな」
それを聞いたら俄然、不安より期待値が増してきた。
しかし、いきなり装備を選べと言われても考えてもまとまらない。
とりあえず基本となる生身のアバターを完成させてから、後で好きなサイボーグパーツと交換していく手順で考えてみた方が整理できるだろうか。
「身長や体重でペナルティを貰ったり、体格で運動能力が変わったりするの?」
『能力には直接関係しないっスけど、体が大きいと攻撃を避けにくいとか、体が小さすぎると大きなサイボーグパーツを装備した時に身体や他のパーツと干渉しやすくなって、関節の可動範囲が狭まっちゃったりするっぽいっス』
基本的に、アクションがあれば背が低い、的が小さいというのは大きな強みになる。
装備に制限がかかりそうなのは気になるが、こちとらプレイスキルで売ってるプロゲーマーの端くれだ。
自分の操作技術を最大限発揮できるアバターを用意してやりたい。
だから、ガチで行くなら限界まで背が低くてやせ型を選んで、手動アクションでデメリットをカバーするべきだろう。
『おやおや、アタシくらいの背格好まで小さくしちゃっていいんスか? 装備制限キツいと楽しくないかもっスよ』
「いいんだよ。 俺は修行しに来てるわけだから。 装備におんぶにだっこじゃ意味が無いだろ」
『それもそうっスね。 それじゃご自由にー』
よし、基礎体格は出来たからお次はサイボーグ化する部位を決めよう。
頭部を機械化するのは無しだ。
感覚器官が集まりすぎているから、機械化するとVR機器のスペックの方を楽しめなくなる可能性が高い。
腕部をサイボーグ化して、触覚的に重要な指先だけを生身に、その保護のためにトルーパーの篭手でも付けるか、手だけ巨大化したみたいでなかなかカッコ可愛いじゃないか。
そうして機械パーツのリストを繰っていくと、俺はついに運命の武器を発掘してしまった。
「おお……パイルバンカーがある」
腕部パーツの中。
前腕から肘を貫いて大きく飛び出た棒状の鉄塊、それを手首の付け根と手のひらの間に開く射出口から発射する、杭打ちの機能を備えたサイボーグパーツを見つけた。
『なんか……明らかに効率悪そうな武器っスね』
「カミハラ君、こういうのはロマン武器と言ってだね、使っているだけで楽しいから効率を度外視していいのだよ」
『はぁ、よくわかんないっスけど。 男の人は大型重機にでもなるのが夢なんスか?』
愚かな奴め。
しかし理解のない人間にロマンを語ることほど、野暮で時間の無駄なことも無い。
ここは黙って完成を目指そう。
そこから数十分、調整に調整を重ねた愛すべき我が分身が出来上がった。
『なんかオッサン好みのショタキャラって感じっスね』
「その例え方はやめろ、児童向けホビー販促漫画の主人公みたいと言ってくれ」
チビで痩躯、しかし分かりやすく勝ち気で情熱を帯びた容姿は、俺がひそかに嗜んでいる子供向け漫画を彩る主人公をイメージした。
軽装の胴体に、そこから両腕に生える不相応に大きいパイルバンカーと巨大な鉄の手。
惜しむらくはトルーパーの飛行パーツを付けると、パイルバンカーを付けた腕の可動域に干渉するので、泣く泣く生身で空を飛ぶことを諦めたことだ。
しかし男のロマンには代えがたい、そうだろう?
トルーパーは実際に乗ってみない事には判断が付かなかったので、一番能力の平均的な、「旧・汎用量産型」というセットを選んだ。
『その例えもいい歳したおニーサンが言う事には大概だとおもうっスけど』
「とにかく、ロマンと身軽さを追求しただけで他意はないから! ……さっさとゲーム始めるぞ」
『待ってくださいっス。 一つ重要な項目が抜けてるっスよ』
カミハラの指摘で空欄に気付いた。
プレイヤーネーム欄である。
こういうのは長考すると、逆に自分へ言い訳しにくくなって後悔を残すものだ。
一瞬のひらめきで決めよう。
ところで俺は自分のカゲヤマのカゲの字が割と気に入っている。
「シャドウ」
記入したネームにカミハラが「厨二臭い上にカタカナ! せめてスペル表記で」と言っていつまでも爆笑していたのは、一生覚えててやるからな……。
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