第127話 ティラ〈救出〉
あっ!
自分のいる空間が歪むのを察知して、瞬間ティラは大きく飛びのいた。
安全と思える位置までずざざざざーーっと、後退する。
あ、あ、危なかったあ~!
嫌な油汗が滲む。
こ、こいつ……生き物を吸い込むのか?
え、ええっ! ちょっと待って!
つ、つ、つまり……キルナさんたち、こいつに吸い込まれたんじゃないの?
正しいと思える答えが出て、すっきりしたが、こうしちゃいられない。ふたりを救い出さないと。
魔道具の袋的な代物が、装置の中にあるに違いない。
まずは、あいつの中の魔核石をなんとかするべきだ。トッピに食べさせれば簡単だが、それだとキルナ達の入っている袋を危険にさらすことになる。
ティラは槍を取り出した。
吸い込まれないようにうまく交わしながら、慎重に箱に接近し、槍で軽く突く。シールドがかけられていたが、そんなものには構わず刀身は箱に突き刺さった。さすがトッピの卵で作った刀身だ。この刀身は魔核石を好むから、自分から中の魔核石を取り込んでくれる。
吸い込み終えたようで、槍は箱からすっと抜けた。
ふーっ!
さすがに緊張した。
吸い込まれたらアウトだったもんね。
気付けば、指先が小刻みに震えている。
恐れ知らずのティラだが、いやだからこそ、今の事態は恐ろしかったと息を吐く。
こいつと対決する前に両親に相談するべきだった。キルナ達を助けることに気を急かして……まかり間違えば、最悪の事態に陥っていただろう。
深く反省だな。
シールドが解けた箱の解体は簡単だった。
装置を外していくと、黒い袋状になったものを見つけた。
たぶん、これだな。
しかし、手触りがぶよぶよしていて気持ち悪い。
なんの素材で作られたものか、ティラにもわからない。
とにかく、早くと焦り、袋に取り付けられた器具を外し、ぐいっと手を突っ込んでみた。
魔道具と同じ仕組みなら、キルナをイメージすれば手に触れるはずだが、どうもそうではないようだった。
キルナとは思えない剛毛のような手触り。こ、これって、何?
嫌々引っ張り出したら、なんと魔猪で、ぎょっとした。
外に出た途端物凄い勢いで走り出し、途中何度もよろけて転がりながら逃げて行った。
次に引っ張り出したのは魔猿。その次も魔猿……延々と魔猿が続く。どいつも魔猪と同じく、よろけて転がりながら逃げて行く。
そして袋は空になったようだった。
「どうなってるの? キルナさんたち、この中じゃなかったわけ?」
そ、そんな!
ティラは装置の中を慌てて確認してみた。すると袋はあと三つ出てきた。袋は様々な材質で、最初のぶよぶよとした黒いのはもうなかった。
四方向に吸い込み口があって、それぞれに袋がつけられてたわけか。
次の袋を手に取り、開封するとまた魔猪が数体、そして魔猿。
キルナとゴーラドはなかなか出て来ず、イライラしていたらコロンとゴーラドが出てきた。
「ご、ゴーラドさん!」
ゴーラドは丸くなってうずくまりティラの呼びかけに微かに反応したものの、口を押さえて地面の上にのたうち回る。
「ゴーラドさん!」
彼の顔は真っ青だ。そして顔を背け……激しく嘔吐した。だが、吐しゃ物はない。
「だ、だ、大丈夫ですか?」
吐き気に悶え続けているゴーラドの背中を慌ててさする。
「な、何がどうなったんだ?」
混乱した顔を向けられる。自分の身に何が起こったか理解できていないのだろう。
「この袋に吸い込まれて、異空間の中にとじこめられてたみたいです」
ゴーラドはティラが掴んでいる袋を見て、それなりに事態が把握できたのか顔をしかめた。
「そうだ。キルナさんは?」
「あ、それがまだ」
そのときティラが掴んでいた袋から、ぴょんと魔猿が飛び出てきた。ゴーラドの顔面に飛び蹴りを食らわし、魔猿はよろけ転がりながら逃げて行く。さらに二匹魔猿が飛び出て袋は空になったようだった。
「で、キルナさんは?」
飛び蹴りの痣をつけた顔でりながら、今の事態に構うことなくゴーラドは不安そうに確認してくる。さらには吐しゃ物で少し汚れている口を覆って、ずいぶんと情けない顔をしているというのに……ゴーラドさん、いい人だあ。深く深く改めて感心してしまう。
「ま、まだふたつあります。きっとその中です」
「早く出してやってくれ。きっついぞ~」
なんとも感慨深く同情を込めた言葉に、ティラは頷くと見つめの袋を解放した。
魔猿と魔猪を引きずり出していたら、ついにキルナが出てきた。
「キルナさん!」
安堵とともに大喜びしたが、地面に転がったままのキルナは「うううう」と呻くばかりだ。
キルナもさんざん嘔吐した後のようで、ひどく口元が汚れている。
「キルナさん、あの、だ、大丈夫ですか」
背中をさすってやろうと手を伸ばしたら、ギンと睨まれた。射殺されそうだ
伸ばしていた手がピタリと止まる。
「あ、あのぉ……さ、災難……でしたね」
もごもごとしたいたわりの言葉は尻すぼみに消えた。
ゴーラドさんは疲弊した様子だが、キルナは触れれば切ると言わんばかりに殺気立っている。
「あ、あの治癒魔法を……」
おずおずと告げてそっと近づき、まず暗殺者のごときキルナに治癒を施した。それから苦笑いしているゴーラドにも。
しかし、精神的ショックが及ぼす影響なのか、ふたりとも気分の悪いのはなかなか収まらないようだった。
魔道具の袋に入った経験はティラにはない。聞いた話では、浮遊した中で体が膨張したり縮んだりし、物凄く気分が悪くなるそうで、絶対に二度と経験したくないと思うらしい。
吐き気が収まると、ふたりはすぐに森を出たがった。
箱の装置はまだ森の中に残っているかもしれない。ティラはふたりが小川の岸辺で休んでいる間に確認して回ったが、壊れたものが三つ見つかっただけだった。
中に吸い込まれていた魔獣たちは全部解放してやった。
妖魔の小屋のことは父に報告し、捜査に入ってくれることになった。
やるべきことを終えたティラは、キルナとゴーラドのところに戻った。
「それで、あれは何だったんだ?」
「魔獣捕獲機ですね」
「もちろん妖魔だな?」
殺意を込めた声で問われ、ティラはビビりながら「そのようです」と答えた。
「で、主犯の妖魔はもう残っていないのか?」
うわーっ、残っているなら気が済むまでいたぶって後悔させ、最後はぶち殺そうと思ってる顔だぁ。
「四人だったようです。わたしが最初に捕らえた三人と、一人はトッピにやられて小屋の中で昇天してました」
「……」
キルナは何を考えてか腰に下げた剣を抜き、立ち上がって大きく振りかぶった。刹那、空気を切る恐ろしげな音が、ティラの身に鳥肌を立てる。ゴーラドの方はそんなキルナの所業に苦笑している。
ゴーラドさん何気に肝っ玉座ってるよね。ここにきて、大物感半端なく思えてきたよ。
少しは気が済んだのか、キルナは剣を収め、ふーっと息を吐く。
「あの、わたし、これからダクス村に戻りますけど、おふたりはどうします?」
「メルリを助ける手段が見つかったのか?」
キルナに尋ねられ、ティラは頷いた。そして、「成功するかはわからないんですけど」と付け加えておく。
「一緒に行こう」
キルナが立ち上がった。それを見て、ゴーラドも立ち上がる。
歩き出したが、ふたりともふらつくことなくついてるようでティラはほっとした。
いまさらだが、二人が無事だったことに胸に熱いものが込み上げる。
ティラは思いきりゴーラドに飛びついてぎゅっと抱き着いた。
「ティラちゃん?」
突然のことに驚いて固まったゴーラドをもう一度強く抱きしめて無事を確認し、今度はキルナにも抱き着く。
ほんとに無事でよかった。
「心配をかけたな」
キルナが頭を撫でてくれる。その感触にぎゅっと固まっていた心がゆるゆると弛んでゆく。
「ティラちゃん、ありがとよ」
ゴーラドの優しい言葉の追撃に、キルナの胸に顔をくっつけたまま頷いたティラは、溢れる涙を隠れて拭った。
「闇の気を抜く魔道具? そんなもの作れたのか?」
歩きながら、メルリを助ける手段について問われたので、作った魔道具について説明する。
「原理はすでにあるものですし、闇の気に対応するよう応用を。けど、実際に闇の気を抜けるかは、やってみないとわからないんですよね」
失敗したら、メルリちゃんの両親をまたがっかりさせるだろうなぁ。
でも、やらないという選択はない。
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