第125話 キルナ 〈消滅〉
森の中に入ったキルナ達は、いくら歩けども魔獣と遭遇しないことに眉をひそめていた。
鬱蒼とした森だし、すぐに魔獣と遭遇できるかと思ったが、まったく魔獣は現れない。
「この森、魔獣の気配がしないぞ、いくらなんでもおかしくないか?」
ゴーラドの言う通りだ。魔獣のいない森など、普通ではない。
ゴーラドの出身地、タッソン村近くの森も、ここと同じだったな。魔獣の気配がまるでなくて……
嫌な予感にキルナの足が止まる。
まさか……ここにもゲラルがいるなんてことはないだろうな?
その疑いは次第に濃厚になっていく。
何せティラは、この辺りで妖魔と遭遇しているのだ。
「どうしたキルナさん?」
呼びかけにゆっくり振り返ったキルナの表情を目にしたゴーラドは、彼自身も思うことがあったようで、口元を引き締めた。
小さく頷き返したキルナは、窺うように周りを見回しながら口を開く。
「この森に、妖魔たちの拠点があるんじゃないのかと思ってな。この普通じゃない静けさは……うん?」
静かな空間に、微かに音がする。キリキリキリという妙な音だ。
「いったい、この音はなんだ?」
ゴーラドが眉をひそめて言う。
「音の正体を突き止めよう。気配を消して行くぞ」
キルナはゴーラドに指示し、足音を忍ばせて音のする方向に進んでいった。すると、音の方もこちらに向かって進んでくるようだった。
「向こうさんも、こっちに向かってきてないか?」
ゴーラドが囁いてくる。
「そのようだな。こっちの気配に気づいているのか、確認してみよう」
キルナはゴーラドを促し、右へと向きを変えた。二十メートルほど進んでみて、音はふたりに向かってきていることがはっきりした。
こちらから相手は見えないし、向こうだって視界に入っているわけではないだろう。あの妙な音を発するものは、生き物の気配を感知することができるようだ。
キリキリキリという音はかなり大きくなってきている。そろそろ、姿を現すかもしれない。
「不気味だな」
目を細めて前方を窺いながらゴーラドが言う。
「同感だな」
妙な音だけで相手の姿がわからないのでは、キルナも気味が悪い。だが、もうすぐはっきりするだろう。
移動をやめ、ふたりはそれぞれ大きな木の幹の後ろに隠れた。
そして、それは現れた。
「なんだあれは?」
「さっぱりわからんな。けど、荷車……に近いようだが」
大きな車輪が両側についた四角い箱だ。前と左右に、じょうごのようなものがついている。後ろにもついているのかもしれない。
キリキリキリというのは車輪が回る音だったようだ。
「いったいあれはなんなんだ?」
「確実じゃないが……たぶん、妖魔の作ったものなんじゃないか」
ゴーラドにそう答えたキルナは、内心ため息をつきそうになる。
妖魔が関わっているものならば……碌なものじゃないだろう。
「どうやって攻撃してくるんだろうな? あのじょうごみたいな口から、火の玉が飛び出てくるとか?」
あり得ないことじゃない。正体が分からない以上、最大限に注意すべきだ。
「どうする? 何か投げてみるか?」
「そうだな。やってくれ」
ゴーラドは地面に落ちている太めの枝を拾い、勢いをつけて投げつけた。枝は跳ね返ったが、その瞬間、光が見えた。シールドの光と思える。
「防御魔法がかけられているようだな。ちっ」
思わず舌打ちしてしまう。
やっかいすぎる。
「なら、物理攻撃は無駄ってことか? けど、車輪の部分は不安定そうだし、そこを狙ってみちゃどうだろうな、キルナさん?」
他に妙案も浮かばないので、無駄だろうとは思ったが、ゴーラドの案に乗ることにする。
「後ろに回って、槍で車輪を突いてみよう。攻撃してくるにしても、分散していた方がいいだろうからな」
ゴーラドは少し大回りして、そいつの背後へと向かっていく。
すでにかなり近づいたが、攻撃してくる気配はいまのところない。
奇妙な物体からゴーラドの方に目を向けたキルナは、眉を寄せた。
ゴーラドの姿がどこにもないのだ。
「ゴーラド!」
大声で呼びかけるが返事はない。さすがのキルナも動揺が隠せない。
「ど、どういうことだ?」
音などしなかったが、なんらかの攻撃を受けて地面に倒れているのではないのか?
正体不明の物体をけん制しながら、急いでゴーラドを探しに行こうとしたが、キルナ自身もその空間から消えていた。
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