第124話 ティラ〈難題は大好物〉
転移を使い家に戻ると、母は瓶に詰め物をしていた。
「あら、ティラどうしたの?」
突然戻って来た娘をたいして気に留めることなく、手を止めずに聞いてくる。
「ちょっと難題が持ち上がって、父さんと母さんに相談したいんだけど」
「まあ、どんな難題なの? あなたぁ、ちょっと来て!」
大きな声で父を呼んだ母は、瞳をキラキラさせてティラの側にやってくる。
難題とか、うちの両親、大好物だもんね。
「なんだどうした? あれ、ティラ戻ってたのか?」
「それが、あなた。難題が持ち上がったんですって」
「ほお、ティラ、どんな難題だ?」
そこでティラは、闇の気に蝕まれて命を失いかけている少女メルリのことをふたりに語って聞かせた。
メルリの症状はそれでしかない。トッピがどこからか見つけてきた闇竜の魔核石。あれが関係しているに違いないのだ。
「ティラ、ちょっと整理させてくれ」
父はそう言うと、ティラの話を要約する。
「まず、ダクス村のメルリという子が魔猿に引っかかれた。その傷がなぜか闇の気に蝕まれ瀕死の状況になっている」
「そう」
「本当に闇の気に蝕まれていたのか?」
「うん。間違いない」
「にわかには信じがたい。闇の気を発する魔獣は限られているんだぞ」
「闇竜なんだって」
「は? 闇竜だ? それはないだろ」
さすがの父も信じられないようだ。ティラはポーチから闇竜の魔核石を取り出して父に見せた。
父は唖然として魔核石を見つめる。
「まあ、ほんとに闇竜の魔核石だわ」
母も驚いて口にする。
「こ、こんなもの、どこで……ちょっと見せてくれ」
伸びてきた父の手を、さっと交わす。
「返してくれなくなりそうだから、やだ」
「お前が持っていても意味はないだろう、父さんのコレクションにするから、寄越しなさい」
「ダメだってば。これで闇の気を抜く魔道具を作るつもりなんだもの」
そう説明したら、父は奪おうとするのをやめ、感心した表情に変わる。
「いい考えだ。それでどうやるつもりだ。考えはあるのか?」
「まずこの魔核石をトッピに食べさせるの。それから……えーと、ねぇ母さん、あれどうした?」
「あれって何? あれじゃわからないわよ」
「だからあれだって……ほら、えーっと、なんだっけ? ガ、ガ、ガ……」
『ガ』から始まる名前だったのは間違いないのだが、あとが出て来ない。
「あれよ、あれ、ゴーラドさんのお兄さんの生気を吸い取ってた邪魔草。あれ枯れちゃったけど、魔核石が出てきたでしょう? あれが欲しいんだけど」
「ははあ、妖魔の作ったガルジマ草か。人の気を吸う性質を利用するわけか」
「そうそうガルジマ草。闇竜の魔核石とガルジマ草の魔核石をトッピに食べさせたら、闇の気を抜く魔道具を作れるんじゃないかって思うの。父さん、どう思う?」
「悪くない」
父は大きく頷く。
「さすが俺の娘だ。しかし、闇竜どころか闇の気を発する魔獣など、そこらで出没するようなことはないからな、闇の気に蝕まれる人間などいなかった。ティラ、これは妖魔の仕業か?」
「たぶんそうだと思う。闇竜の魔核石があった場所はこれから探すんだけど、妖魔が三人、街道を走ってて、捕獲しといた。はい、これ」
ティラは妖魔三体を入れた袋をポーチから取り出し、父に渡した。
「えーっ、また妖魔ぁ。しかも三体かよ。もう妖魔は満腹だよ。父さん、いらないなぁ」
嫌がってみせる父に構わず、ティラは話を続ける。
「仮死状態にしてあるから、あとで事情聴取お願いしまーす」
面倒なことは父に丸投げだ。
母がガルジマ草の魔核石を取りに行ってくれている間に、ティラは闇竜の魔核石をトッピに食べさせた。その様子を父はなんとも無念そうに見ている。
トッピは黒に銀色の混じった色に染まり、禍々しい魔獣になってしまった。
そこに母が戻ってきた。禍々しいトッピを見て、「まあ」と声を上げたが、手にしたガルジマ草の魔核石の粒を自らトッピに食べさせた。
母はトッピを気に入っているのだが、なぜかトッピは母に対して極度に緊張する。いまもガチガチになって口を開け、ごくりと粒を呑み込んだ。
トッピの色はまた変化し、銀色が増したようだ。
「それで、取り合わせのよさそうな魔核石も、いくつかトッピにいただけませんか? たくさん食べないとトッピは卵を産まないので」
最大限に下手に出て、両親に両手を差し出す。自分も魔核石は持っているが、両親に頼めば質のいいものを提供してもらえる。
「まあ、メルリちゃんの回復のためなら……」
今度は父が部屋を出て行き、拳大の魔核石を二つ持ってきて、トッピにくれた。
トッピは満腹になったようだ。色は白銀へと変化している。
「ありがとう。いい感じかも」
銀色になったトッピを見てテンションが上がる。
だが、そこからはトッピが卵を産むまで、ひたすら待つことになる。
「トッピー、ねぇ、まだぁ?」
五分に一回、催促してしまう。
「ティラ、そんなに焦らせたら、いい卵を産まないぞ」
父に叱られティラは渋々頷く。仕方なくソファに座り、専門書を開いた。
本に集中していれば、待っている時間も早く過ぎ去るだろう。
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