第122話 ティラ 〈困ったペット〉
転がっている妖魔たちを、例のごとく仮死状態にしたうえで袋に回収していたティラは、トッピがこちらに向かって飛んでくるのに気づいた。
「あっ、トッピ! よかったぁ。どこに行ってたのよ? 探したのよ」
そう声をかけながら、キャンディ玉くらいの魔核石を取り出す。
「はい、ご飯……って、なにそれ?」
トッピは手に、黒い大きな魔核石を持っているのだ。
「ちょっと見せて」
いつもだったらかなり嫌がるのに、快く手渡してくれる。それに与えようとした魔核石にもまるで興味を示さない。これは現在超満腹ってことだ。
どこにそんなに魔核石が? 魔獣を襲ったのかな?
色々考えつつ、改めて黒い魔核石を見る。
「へっ? こ、これって……闇竜の魔核石っぽいんだけど?」
黒竜のものとはまるで違うし。こんなものどこに?
「まさか、闇竜から取ってきたなんてことじゃないわよね?」
いやいや、こんなところに闇竜なんて希少種がいるはずはない。
てことは、どこぞの家から? けど、こんな禍々しいもの普通に持ってる人っているはずないんだけど……
「ねぇ、トッピ。これ、どこから持ってきたの?」
持ち主に返さないと……
そう考えて、頭を抱える。
ああんもおっ、キルナさんたちも、もうタソ村を後にしたかもしれないし、戻らなきゃならないのに。
妖魔族とばったり会って捕獲したことも伝えて……
あれっ、ちょっと待って。
妖魔族との遭遇って、トッピと関係あったりするんじゃないの?
妖魔族なら、闇竜の魔核石を持っていてもおかしくないかも。
うん、とにかくキルナさんたちと合流しよう。話はそれからだ。
そんなわけで、いまや満腹でティラの頭の上で休んでいるトッピを網に入れ、腰に下げると、急いでみんなのところに戻っていった。
◇ゴーラド 〈冒険者冥利〉
「準備は整いましたかキルナ様、早く参りましょう」
ソーンは、落ち着かない様子で、まだ部屋から出て来ないキルナを急かす。
「わかってると言ってるだろ」
キルナは煩わしそうに怒鳴り返し、部屋から出てきた。
普通ならビビるほどキルナは不機嫌になっているが、そんなことには構わず、ソーンはほっとした様子で、ふたりをさらに急かし、出口に向かっていく。
「ソーン、お前、何をそんなに焦っているんだ?」
そう聞いたら、「ティラ様をお待たせしたくないからです」と答える。
ソーンは、ティラのことを勇者様ではなく、ティラ様と呼ぶことにしたらしい。
確かに、勇者様と呼ぶのは色々と問題がある。ソーンも、ようやくそのことに気づいたのだろう。
◇
見送りは盛大だった。
早朝なのに、村の者がほとんど集まったのではないかと思ってしまうくらいだ。
昨日、死にかけていた若者もいて、勇者様にもう一度会いたかったと残念がっている。
「それじゃ、行こうか?」
キルナが促してきて、ともに歩き出す。
村の入り口まで見送ろうというのか、村人たちもみんなぞろぞろついてくる。
その時、風向きが変わり、何やらいい匂いがするのにゴーラドは気づいた。すっきりとした気分になれる匂いだ。
「何か匂うな? 昨日、こんな匂いはしていなかったと思うが」
キルナも眉を寄せて周りを見回す。それは村の者も同じで、みんなこの匂いを気にしているようだ。
ただ、ソーンだけは反応が違っており、なにやらそわそわしている。
「ソーン、お前、この匂いについて、何か知っているのか?」
ひそめた声で尋ねたら、ソーンは身を固めた。やはり知っているようだ。
ソーンが急に足を速めた。
これは、さっさと村を出た方がいいってことのようだな。
何かやらかしたようだが……悪いことでないといいが。
村の出口まで見送ってもらい、皆に別れを告げて歩き出す。
すると、「みんな大変だぁ!」と、若者の叫びが聞こえてきて、ドキリとする。
「こいつはまずいんじゃないのか? ソーン」
「そうですね。見つかってしまったみたいです」
見つかった?
「ソーン、いったい何をやらかしたんだ?」
「見てくれ、この緑色した花が、そりゃあもういっぱい咲いてたんだ」
緑色の花?
「こ、これは、聖緑花じゃないか! こんな珍しい花が、咲いてるだって?」
そう言ったのは薬師のラシだ。
「ああ、もう一面だ。勇者様が伐採された場所に」
「これは害虫を寄せ付けない花なのですよ。この花があれば、もうキーピルに悩まされることもありません。村長、このような奇跡、勇者様に違いありませんぞ!」
ティラ? ソーンではなく?
「行くぞ!」
キルナが叫び、三人は一目散に走り出した。
どうやらいいことをしたようだが、このまま残っていたら、無駄に引き止められてしまうに決まっている。
「皆様、お待ちをぉ」
村の者たちが追いかけてくる。
ゴーラドは全力で走りつつも、笑いながら彼らに手を振ったのだった。
◇
タソ村を出て街道をかなり歩いたが、ティラはなかなか姿を現さない。
「それでソーン、さっきの聖緑花ってのは、どういうこと……」
ゴーラドが話していると、キルナが「おい、あれを見ろ!」と声を張り上げた。
話しをやめ、キルナのさしている方に顔を向けてみる。
「なんだありゃ?」
丘の上に、でかい岩のようなものがあるのだが、その色艶が普通の岩のようではない。
「行ってみるか? 危険なものではないか調べておくべきだろう」
「そうだな」
キルナに同意し、丘をめざす。道はないので、膝くらいの草をかき分けながら進むしかなかったが、歩行にさほど問題はなかった。
丘の上までやってきて、その大きさに目を瞠る。
「でかいな」
遠目に見たよりそれはでかかった。薄気味が悪いので、素手で触る気にはなれない。
するとキルナが剣を抜き、剣先で軽くつついた。もちろん傷などつかず、剣先は跳ね返る。
「堅いな」
「キルナさん、どうする?」
「そうだな。ポーチに入れて持ち帰るか。ギルドに報告して相談するのがいいかもしれないな」
「ティラ様なら、博識でいらっしゃるので、これの正体がお分かりになるかもしれませんよ」
「だが、そのティラがいないのではな」
「どこに行ってしまわれたのでしょう? あとで合流するとおっしゃったのですが」
「ソーン、お前、今朝ティラと会ったのか?」
「は、はい。散歩をしてキーピルの巣の方に行ったら、ティラ様がおいでになって……聖緑花を咲かせてしまわれたのです」
やっぱり、ティラだったか。
「ゴーラド、お前がリーダーなんだから、こいつはお前のポーチに入れろ」
命じられ、渋い顔をしてしまう。正体不明の代物など、俺だってポーチに入れたくないんだが。
ゴーラドは槍を手に取り、自分もつついてみることにした。
実のところ時間稼ぎだ。こうしている間に、ティラが来てくれればという淡い期待を持って軽く突く。
「うわっ!」
槍は想像していたようには跳ね返らず、正体不明の代物に吸い込まれる。
慌てて引き抜こうとするが、抜けない。
「しまった! どうすりゃいい?」
焦ってふたりに声をかけたら、ソーンが槍を掴み、加勢をしてくれる。
とにかく借り物の槍をなくすまいと、持ち手を両手で必死に握りしめる。
「見ろ、縮んでいくぞ!」
キルナの叫びに、ゴーラドは驚いて正体不明の岩を見やる。
確かに縮んできているようだった。
「槍が吸い込んでるんだ。まさか、こいつは魔核石だったのか?」
「大きすぎるだろ!」
そう叫んだところで、あるものを思い出した。
トッピが生んだという巨大な卵……
「これって、あれじゃないのか? トッピの」
「ああ、私も今思った」
「ティラ様がおっしゃっていた、魔核石食いが生んだという巨大な卵がこれだとおっしゃるのですか?」
確信はないが、そうとしか思えない。
数分をかけ、巨大卵は全部吸い込まれてしまった。槍が無事なことを確かめ、安堵する。
「何かあるぞ」
卵の下敷きになっていたのか、木の材質の残骸があった。
「こっちは本ですね」
ソーンが取り上げたが、表紙を見て首を傾げる。
「どこの文字なのでしょうか?」
「うん? ちょっと見せてくれ」
キルナが本を取り、眉を寄せてページを捲る。
「キルナさん、それ読めるのか?」
そう聞いたら、キルナはパタンと本を閉じてしまった。
「魔核石も転がっていますよ。三つ……どういうことなんでしょう?」
「さっぱりだな。ティラちゃんが戻ってこないことには……」
そう言っているところに、ティラが丘を駆け上がって来た。
「みんなぁ、待たせてごめんなさーい。ここに置いといたトッピの巨大卵、どうしました?」
「やっぱり、昨日言っていたトッピの産んだ巨大卵だったのか?」
「はい。ポーチにしまったんですか?」
ゴーラドは気まずく、ティラに向けて頭を下げた。
「すまない。槍で突こうとしたら、こいつが吸い込んだ」
「ああそうでしたか。父さんも、槍に吸い込ませて始末しろって言ってたんですよ。たいした質じゃないからって」
そう聞いてゴーラドは胸を撫で下ろした。
「それでこれはなんなんだ? 魔核石が三個転がっていたぞ。それとこれも」
キルナは魔核石と本をティラに手渡す。
「本は暇つぶしに読もうと思ったんです。それでこの魔核石はトッピにご飯をやろうと思って出したんですよ。救急袋に入れたままだったトッピを出そうと思ったら、間違えて卵を取り出しちゃって」
言いながら、ティラは魔核石と本をポーチにしまう。
「あっ、椅子」
ティラは木材の残骸を見て、がっくりと肩を落とす。
「もう使い物にならないですね。これ、気に入ってたのになぁ」
「ティラ様、椅子ならば、僕が作って差し上げますよ」
ソーンの申し出にティラは顔をほころばせる。
「ソーンさん、ありがとう」
「すぐにとは行きませんが……」
「もちろんよ。楽しみにしてるね。ああ、それでですね。みんなに報告と相談があるんです」
そして語られた話に、ゴーラドは目を丸くした。
妖魔が三人、街道を走っていたとか、にわかには信じがたい話だ。
「普通なら本気にはできないが……ティラだからな。ティラ、闇竜の魔核石とやらを拝ませてくれ」
キルナが頼むと、ティラはポーチから黒っぽい魔核石を取り出した。トッピが、どこからか持ってきたらしい。
真っ黒というわけではなく、銀色の粒子が混じっているように見える。
禍々しいな。
しかし、闇竜なんて竜が、この世にはいたんだな。竜の種類なんて、緑と黒と銀だけだと思っていた。それすら、ゴーラドにとっては御伽噺レベルだったのだ。まあ、緑竜はこの目で拝みもしたし、倒しもしたが……
「見るだけにしておいてくださいね。闇竜の気は身体を蝕むので」
身体を蝕むだと?
「ティラちゃん、見るのは大丈夫なのか?」
「元々シールドで覆ってあったので、闇竜の気は漏れてません。でも触るのはお勧めしないです」
「ティラ、お前はそんな風に持っていて大丈夫なのか?」
キルナが眉をひそめて聞く。
「はい。こういうの慣れてるので」
こういうのに慣れがあるのか? やっぱり、ティラちゃんはよくわかんねぇな。
「それじゃ、闇竜の魔核石があった場所をこれから探しましょうか?」
「捕獲した三人の妖魔が関係している可能性は高いぞ。先にそいつらに事情を聞いてみたらどうだ?」
キルナの提案に、ティラは首を横に振る。
「もう仮死状態にしちゃったので、吐かせられる状態にまで戻すのに、時間がかかるんですよ。トッピの案内で探した方が早いと思います。それじゃ、トッピ」
「ティラちゃん、ちょっと待ってくれ」
すぐに行動を起こそうとするティラに、ゴーラドは慌てて呼びかけた。
「はい?」
「その前に、一つ頼まれ事を引き受けちまってるんだ」
「頼まれごと?」
「タソ村の薬師が言うには、ダクスって村に薬師では治せない重篤な患者がいるんだそうだ。ティラちゃんに診てくれないかって、この紹介状を預かった」
「わかりました。それでは、まずそこから向かいましょう」
ティラはゴーラドが差し出した紹介状を受け取り、真面目な顔で即答する。こういう話になると、瞬時に治癒者の顔になる。
ソーンを見ると、思った通り双眸を尊敬の色に染めていた。
しかし、次から次にとんでもないことが起きるものだな。
ティラちゃんやキルナさんと出会う前は、俺は普通に生きてたのに……
そう考えたところで、そうじゃないとゴーラドは思い直した。
兄貴が妖魔に殺されるところだったじゃないか。ただの病だと思っていたものが、実は妖魔の仕業だった。
何が普通に生きていただ。ふたりと出会う前から、しっかり妖魔と関係してるじゃないか。
結局のところ、普通なら気付かずにいるものを、ティラちゃんのアンテナは見過ごさないってことなんだろう。
御伽噺レベルだった妖魔は、知らぬ間に人の世界に入り込み悪さをしているのだ。妖魔は常に身近にいる。腹をくくって事に当たらなきゃな。
なんにしても、人の世を平穏に保つため、この手を貸せるとしたら、冒険者冥利に尽きるというものだ。
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