第121話 ティラ 〈ぺちゃんこです〉
さてと、みんなが出てくるまでかなり時間があるだろうし、ちょっとした時間潰しはないかな?
昼ご飯の食材を探すのでもいいけど……
空に飛び上がり、獲物がいないかと見回してみるが、これといって何も見つけられない。
街道沿いだものね。魔獣や魔物は街道の近くにはいない。
少し遠くまで行ってみるのもいいが、三人は早めに出てくるかもしれない。
なら、本でも読みながら待つかな。この最近忙しくて、まったく本を読んでいないし。
そう決めたティラは、タソ村から出てくる三人を確認できそうな丘を見つけ、すぐに移動した。
「うん、ここならいいかも」
ポーチから座り心地のいいお気に入りの椅子を出して腰かけ、さっそく本を取り出す。父から借りたもので、古い専門書だ。
『魔道具のあれこれ』という表紙をめくったティラは、唐突にトッピのことを思い出した。
「しまった! 父さんに早く出してやれって言われたのに、すっかり忘れてた」
相当お腹を空かせているはずだ。卵を産んだ後は空腹になるようなのですぐに魔核石を与えるのだが、今回は難産の末、そのまま救急袋に入れてしまってる。
救急袋から出ても、時間の経過は感じないだろうけど、トッピのお腹は時間の経過を強烈に感じてそうだ。
なので、すぐに餌を上げられるようにキャンディ玉くらいの魔核石を三つ取り出して用意しておく。忘れていたお詫びを兼ねて、大盤振る舞いだ。
トッピを取り出そうとしたら、なぜかトッピの産んだ巨大卵が出てきて、椅子に座っていたティラは、大慌てて立ち上がって逃げた。
ドドーンとばかりに現れた巨大卵を見上げる。
「あー、びっくりした!」
お気に入りの椅子は卵の下敷きになってぺしゃんこだ。しかも専門書まで。
ど、どういうこと? どうしてこうなった?
唖然と惨状を見ていたら、ようやく気付いた。
そうか、トッピを取り出そうとしてしまったからだ。救急袋をイメージしなきゃいけなかったのに……
一番イメージに近かったものが出てきちゃったってことか。やれやれ。
魔核石をしまおうとして、その前に救急袋を取り出す。
そしてトッピを出してやった。
「ぷっぴぃーーーーーっ」
おお、元気だね! あっ、そうそう、餌を……
そう思って地面を見たが、それもまた卵の下敷きだ。がっくりと肩を落とす。
「ちょっと待ってね、トッピ、いま魔核石を……」
巨大卵をまずしまおうとしていたら、トッピが凄まじい勢いで飛んで行った。
「ト、トッピーーーっ」
あっちゃーっ! ど、どうしよう?
このまま、また行方不明にしちゃっていいのか?
物凄く良くない気がする。また人様の魔核石を食べてしまったりしたら、非常に不味い。
ティラは空へ舞い上がり、全速力でトッピを追いかけた。
トッピよりティラの方がいくぶん速いのだが、すでに先行されているので、追いつくのは難しい。なので魔核石で釣ることにする。
拳くらいの魔核石を取り出し片手で振りまわす。こうしていれば、魔核石の匂いにつられて戻ってくるはずだ。
もちろんこれを餌にするのはもったいなさすぎる。トッピを無事捕獲出来たら、別の魔核石を与えるとしよう。
しかし、いつまで経ってもトッピは戻ってこない。
すでにかなりの距離を飛行してきている。魔馬車でも一時間ゆうにかかりそうな距離だ。
おかしいなぁ。これよりでかい魔核石なんてそうそうないから、絶対釣られて戻ってくるはずなんだけど。
◇妖魔 〈大望目前〉
とある森の中、にやつく妖魔がひとり……
仕掛けは万全だ。そして、あとひと月足らずで我の世が始まる。
次の満月の夜が、待ち遠しい。
自分の作り上げた装置を見て、妖魔は胸を張る。
いよいよだ。この装置の完成まで、数百年を要した。
三名の部下たちも、ついに労苦が報われると喜んでいる。
人間族の地の、この山奥に拠点を置くことにし、この家を建てた。外からはボロボロの打ち捨てられた家屋にしか見えぬようにしてある。
「さあ、ついに我ら妖魔族の時代がやってくるぞ」
大きな声で宣言すると、部下たちの興奮も頂点に達する。
むふふふふ。妖魔族の時代。そして我の時代が訪れるのだ!
ついに妖魔の王となるに相応しい人物が現われたと、皆思うことであろう。
「むっふふふふ……」
むっ、しまった!
つい弛んだ顔をしてしまうとは……込み上げてくる喜びを表に出さずにいるのは難しいものだな。
顔を引き締め、表情に威厳を載せる。そして目の前の装置をあらためて見つめる。
この装置を満月の夜に作動させ、魔獣たちを狂暴化させる。そして人間どもを襲わせるのだ。
妖魔は装置の真ん中に置かれている魔核石を見つめて嘆息した。
この魔核石を手に入れるのに、どれほど苦労したことか。
これは闇竜の魔核石なのだ。まず闇竜を探すのに数十年かかった。そしてついに見つけた闇竜との戦いで、部下の大半を失う羽目になった。闇竜の放つ闇のブレスは、身体を蝕むのだ。
大きな犠牲を払ったが、ついに報われる日がやってきた。
我の作り上げたこの装置は、闇の気と月の光を共振させることで、魔獣たちを闇の獣と化すのだ。
先月の満月の夜、試験的に闇化させた魔猿を使い、人間を襲わせ軽い傷を負わせた。それで十分なのだ。たったそれだけで今やその人間は、死の床にいる。闇の獣による傷は、じわじわとその身を蝕ばみ、苦しみの中で死んでいくことになる。
次は、あの村は全滅だ。そして満月に合わせて、一つずつ村を、さらには町を消していくのだ。
ああ、これからが楽しみで仕方がない。
ただ、闇の獣と化した魔獣は、数時間後には闇の気が全身に回り死に絶えた。これからは、たくさんの魔獣が必要になる。もっと捕らえないとな。
その時、バギッ! という音とともに壁に穴が開き、したり顔をしていた妖魔の顎に丸いものがヒットした。
「ウガッ!」
顎が砕け、床で後頭部を打ち付け、訳が分からないうちに妖魔は絶命した。
その場にいた三名の部下は、突然の事態に震え上がった。
闇の竜の魔核石も、忽然と姿を消している。
「な、な、な……?」
我に返った部下たちは、次は自分達が襲われて殺されるとパニックになり、揃って家を飛び出した。
恐怖に目を血走らせ一目散に逃げている途中、森の魔物を狩るための魔道具が破壊されているのを見つけ、彼らの恐怖はさらに膨れ上がった。
この魔道具は、強固なシールドが施してあり、簡単に破壊されるようなものではないのだ。なのに、大きな穴が開いている。
先ほどの弾丸のようなもので、自分の胴体にも穴を開けられるのではないか? 三人ともそう思った。
「う、うわーーーっ!」
「ひーーーっ!」
「た、た、た、助けてくれーっ!」
恐怖に取りつかれた彼らは喚きながら街道に飛び出し、全速力で逃げた。
そんな彼らの前に、ふいに小娘が現われた。
身にそぐわぬ大剣を構え、逃げ道を塞がれる。
「妖魔族さん、こんなところを血相変えて走ってるとか……何やってんですか?」
恐怖でパニックになり逃げていたはずだが、ただの小娘を前にし、傲慢な心が冷静さを取り戻した。
「小娘め、我ら高貴な妖魔族に馴れ馴れしく口を聞きおって」
「我らの行く手をさえぎるとは命知らずめがっ」
「死ぬがいい!」
妖魔たちはそろって攻撃魔法を発動させ……るより先に、意識を失って地面に転がっていた。
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