第80話 ティラ 〈地味がいいのか悪いのか〉



白金貨七枚かぁ。


魔牙狼討伐の報酬が白金貨十枚で、七割を渡そうとされて、何とも複雑な思いだった。


それがあれば、いますぐ大剣を手にできる。

だが、魔牙狼七十匹余りを討伐したのは自分だとは名乗れない。いや、すっかりそう思われちゃってるけども。


けど、認めると色々面倒な問題が浮上するからねぇ。


いいもんねぇ。これから稼げばいいんだから。


とはいえ、今日はもう依頼は受けないってことになった。


ゴーラドさん、宿代を必死に稼がなくてもよくなったからなぁ。


確かにすでに夕方で、依頼を受けるのもギリギリな感じ。選んだAランクの依頼は、魔大猪の群れ。群れといっても情報によれば五体ほどらしいので、三人であれば余裕だろう。

ゴーラドさんがソロでも受けられる依頼なわけだからね。


『ちゃっと行って、ちゃちゃっとやっつけてきましょうよぉ』と、最後までティラは粘ったのだが、『今日のところはアラドルに到着したばかりだし、ゆっくり休む』とキルナからきっぱり言われてしまった。


キルナさんお気に入りの食事処でお酒を飲むってことでふたりは盛り上がってしまい、今しがた別れたところだ。


くっそぉーーっ!


堕落した大人たちめぇ。と、町中をひとりやさぐれて歩く。


ひとしきり鬱憤をまき散らし、ようやく気が落ち着いたところで家に帰ることにした。


道端にある屋台からいい匂いが漂ってきて、激しく誘惑にまけそうになるが、強い意志で財布の紐をぎゅっと締める。


大剣を手に入れる早道は、キルナさんが楽しみにしている緑竜退治だよね。

あの大剣を発見するまでは、キルナさんの勧め通り、ふたりが緑竜退治に行っている間、ソロの依頼を受けて冒険者ランクを急上昇させるつもりだったけど……


なんとかついていけないもんかなぁ?


正式に依頼を受けないと、緑竜のいる禁止地区に入れてもらえないから、ふたりについて行くのは、いまのところ絶望的。


しかしだよ。いくらソロで依頼を受けて実績を積んだとしても、Bランクマスターになるには数か月は掛かりそうなんだよね。


数か月もかかったんじゃ、その間にキルナさんが全部狩っちゃうよ。


いやだいやだ、わたしも緑竜退治に行きたいよーーーっ!


こうなったら、絶対なんとかしなくっちゃ!


拳に力を込めて決意し、ティラは通りがかった公園の中に入って行った。


大きな町だけあって、こんもりと生い茂った森林といえるような公園があるのだ。

人気のない森の中へと入り込んだティラは、そこから家に転移した。




「うん、アラドルに到着したよ」


ご飯を食べ終わってのち、居間でゆったりくつろぎながら両親に恒例の今日の報告。

興味を持って聞いてくれるので、話すのも楽しい。


日帰りで冒険者なんてありえないと思っていたけど、この日々にも慣れてきてしまって、いまは不服も湧かない。とはいえ、いずれは日帰り解禁を願っているけどね。


「大きな町だし、治安もいいからな。しばらくは拠点にするんだろう?」


「そうなるかな。緑竜退治はとっても美味しいから、その依頼が無くなるまでキルナさんはアラドルから動かないと思う」


「だが、お前は参加できないだろ?」


父ときたら、からかうように聞いてくる。ティラは返事をせずに唇を突き出した。


「そんなお前に朗報だ」


えっ、朗報?


「ギルドカードを偽造してくれるとか?」


前のめりになって聞いたら、頭のてっぺんを叩かれた。


「いたっ」


「やれるとしてもやらないぞ」


ああ、やれるのね。と納得。


「なら、何か他に方法があるの?」


父に聞いたらなぜか母の方を見る。つられて視線を向けたら、母は意味ありげな笑みを浮かべていた。そしてその手には謎の封書。


「母さん、それは?」


「ただとは言えないわね」


封書を見せびらかしながら、そんなことを言う。まずはそれがなんなのか確認したいのだが……いまのティラにとって有益なものであるのは確実だ。


「引き換えに何を差し出せと?」


それから母との取引となった。かなり面倒な植物の採取を提示されたが、背に腹は代えられぬ。


取引に応じ、ティラは謎の封書を手に入れたのだった。




翌日は、キルナたちと合流した後、さっそく依頼を受けていた魔大猪の討伐に向かうことになった。


冒険者ギルドの前にある停留所に行き、列に並ぶ。昨日話に聞いた、冒険者専用の無料馬車だ。


ひっきりなしに同じ形の大きな馬車がやってきては、たくさんの冒険者を積んで出発していく。


「ワクワクしますねぇ」


キルナとゴーラドの間に挟まれたティラが、背の高いふたりを見上げて言うと、揃って苦笑する。


「なんだ? ずいぶんちっこいのがいるな?」


ティラの声に反応して振り返ってきたガタイのいい冒険者が、不思議そうに言う。


「この列は冒険者専用だぞ」


間違って列に並んでいると思われたらしい。


「こいつは私たちの仲間だ」


キルナが言うと、その冒険者は目を見開いた。


「漆黒の!」


周りが少しざわつく。キルナの存在に気づいていた冒険者たちは、キルナを意識してチラチラ見ていたりしたのだが……


すると周囲で、「仲間?」という言葉が飛び交い始めた。


一気にティラに視線が集まる。


だがそこで乗り込む馬車がやってきた。視線など気にせず、ティラはキルナに続いて馬車に乗り込んだ。


飾り気のない機能優先の馬車で、座り心地は良かった。全部の席が埋まったところで馬車は走り出す。


ガラガラという車輪の音と心地よい揺れに、テンションも上がるというもの。


そんな中でも、キルナとティラを気にしている面々は多かったが、誰も話しかけてはこなかったし、おしゃべりもしない。


馬車の中では会話禁止って規則でもあるのだろうか?


尋ねたかったが、それが規則だとすれば、ここで問いかけることはできないな。


だが、そんな規則はなかったようで、しばらくすると小声で会話を始める人も出てきた。

ティラも安心してキルナやゴーラドとおしゃべりを楽しんだ。


馬車は町を出て、冒険者たちは目的の場所で降りていく。ティラたちも目的の場所近くにやってきたようで、キルナの指示で馬車から降りた。帰りもこの道沿いを歩いていれば、専用馬車が拾ってくれるらしい。


「この森だな。二キロほど奥に向かうぞ」


二キロか。近いね。馬車のおかげで楽ちんだ。


キルナを先頭に三人は森の中に分け入っていった。魔大猪の住処は判明しているので、地図を確認しつつ向かえばよかった。


すると、途中で魔大猪に遭遇した。

死に物狂いといったような様子で、森の中を疾走してくる。巨体が走ってくるせいで地面が揺れてる気がする。

ゴーラドは焦っていたが、キルナがあっさりと討伐してしまった。


「様子がおかしかったな?」


地面に転がっている魔大猪を見て、キルナが眉を寄せて言う。ゴーラドも同意して頷く。


「この魔大猪って、討伐依頼のやつでしょうか?」


走ってきた方向からすると、そうみたいだけど……


「どうだろうな……」


ゴーラドが大猪を回収し、先に進む。


「あれのようだな」


地図に示された印の場所には、岩壁に大きな穴倉があった。岩がえぐれたようになっており、奥行きはそんなにないのか目視で魔獣の姿も確認できた。のだが……


「あれ、魔大猪じゃなくて、魔赤熊ですよね?」


ティラが小声で言うと、キルナも「そのようだな」と小声で返す。


「ま、魔赤熊?」


ゴーラドは魔赤熊を知らないようで、困惑している。


ともかく、それが三頭いて、楽しくお食事中のようだった。


食べられてるのは……やっぱ、魔大猪だよね?


魔赤熊に住処を襲われて、餌にされてしまったらしい。さっきの一頭は、襲われて逃げたやつだったのだろう。


「お前に先行してやらせてみるつもりだったんだが……まさか魔赤熊がいるとはな」


わたしに?


「キルナさん、なんでしたらやりますよ」


「ティラちゃん、な、何言ってんだ。相手は熊だぞ!」


「ティラ、ほんとにやれるのか?」


「ちょっと待ってくれよ」


ゴーラドが驚いて異議を唱えようとする。


「ゴーラド、お前だって、こいつの実力を計りたいだろ?」


「だから危険だって。ティラちゃんの実力を計るんなら、もっと小物でいいだろ?」


「ティラ、ゴーラドはこう言ってるが、どうする?」


キルナはティラに意見を聞いてくる。


「わたしはどっちでも構いませんよ」


「よし。なら、お前の考えで攻めてみろ」


どうやって仕留めるかも、わたしが考えるのか……


うーん、魔赤熊だもんね。色々方法はあるけど……


「一番安全な方法でやってもいいですか? すっごい地味ですけど」


「地味?」


「はい。かなり地味な討伐になるかと……でも、素材になるし、なるべく傷つけない方がいいですもんね?」


それに、魔大猪を全部食べられてしまう前に討伐できれば、報酬も増えるはず。


「それは……そうだが……そうか、地味なのか?」


キルナさん、何を期待していたのかな? なんか残念そうなんだけど。


「地味でいいさ。ティラちゃん、討伐は安全が一番だ」


キルナと反対に、ゴーラドは力いっぱい賛成してくる。


「それじゃ」


ティラはポーチの中に手を入れ、丸い球を取り出した。


「ティラ、それはなんだ?」


「投げてのお楽しみでーす」


笑いながら言いつつ、ティラはその場からダッシュした。魔赤熊に気づかれる前に接近しなきゃいけないからね。


「ティラちゃん!」


ゴーラドが慌てて叫ぶ。


一瞬で穴倉に到達したティラは、穴の石壁に球を投げつけた。


バリンと割れ、穴の中は黄色い靄で埋まる。ティラは靄を吸い込まないように、距離を取った。


「ウガア……」


呻きは途中で途切れ、大きな巨体がドスンドスンと地面に転がる。


よし、完了だね。


「一応終わりましたよぉ」


キルナ達に振り返り、大きく手を振る。


「じ、地味すぎる……」


その後、歩み寄ってきたキルナは、心底つまらなそうに呟いた。





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