第79話 ゴーラド 〈ド真面目です〉
ギルドに向かって歩きながら、ゴーラドの気持ちは上がったり下がったりと忙しい。
アラドルに到着するまでに依頼をこなして懐はかなり温かくなっていた。キルナが懇意にしている鍛冶屋で装備を整えるのにも十分だろうと考えていた。
なのになぁ。
ゴドルから防具の素材をあれこれ見せられて、さらにはキルナからどうせなら最高品質のものにしろとか説得されてしまって、それでも槍だって新調したいし、とりあえずの生活費も確保しておきたいと思っていたのに……ほぼすっからかんになってしまった。
どんな安宿であっても、泊る金は心もとない。
一週間後は楽しみなんだけどなぁ?
町中で、どこか野外で寝られるような場所とかないもんかな?
それにしてもと、キルナにちらりと視線を向けてしまう。
緑竜退治はパーティーでしか参加できないから、お前はついて来てくれるだけでいいとか言ってたのに……緑竜を相手取るなら防具も竜の素材でないとな、とか言い出すし……
しっかり、俺も戦闘員として扱われてたんだよなぁ。
竜相手に、俺じゃ無理だってのに。
ああ、どうなるんだろうな? 不安だぁ。
「ここだぞ」
悩み込んでいたら、先頭を歩いていたキルナが立ち止まり振り返ってきた。
顔を上げてみたら、洒落たでっかい建物がそびえ立っていた。
「な、なんだ、ここは?」
思わず惚けた声を上げたら、キルナが「ギルドにやって来たんだ。ギルドに決まっているだろ」と冷めた声で言う。
こ、こ、こ、これがギルド?
「こじゃれてますね」
ティラはそんな感想を述べつつ、キルナの後に続いて、なんの気負いもなく建物の中に入っていく。
仰天して固まっていたゴーラドは、置いていかれそうになり、慌ててふたりの後を追った。
とんでもなく垢抜けた場所なんだが。
ふたりに知られたなくないが、あまりに自分が場違いな感じで、ちょっと泣きたくなったゴーラドだった。
ゴーラドのようなみすぼらしい防具を着けた者などひとりもいない。周りにいる連中もみんな冒険者のはずなのに、誰も彼も身ぎれいにしていて、ゴーラドは自分がとんでもない田舎者の気分になった。
いや、気分とかじゃなく、俺、田舎者なんだった。
こんなにでかい町、初めてなんだし。だいたいひとつの町の中にギルドが五つもあるとかなぁ……
そんな風に、ゴーラドが茫然としている中、ティラが駆け寄ってきて、肩を軽く叩かれた。
「ゴーラドさん、これなんてどうですか?」
さっそく依頼を選んできたようで、ティラが紙を見せる。
ティラちゃん、何て逞しいんだ。俺と違って、なんの気後れも感じてないとか……
くーっ、自分が情けねぇ。
自己嫌悪に陥りつつも、依頼の紙に目を通す。
うん?
「これだと、ティラちゃんはダメだぞ」
依頼はAランクのものだ。
「わたしはいいんですって。報酬はすっごいいいんですから。ほら、ゴーラドさん、いますっからかんなんでしょう?」
そ、それはそうなのだが……あまり大声で言わないでくれぇ。と心の中で叫ぶ。
キルナもやってきて、依頼の紙を確認する。
「ティラがいいならいいんじゃないか? ゴーラドお前、何をおいても今夜の宿代を稼がないとならないぞ、この町は安宿ですらそう安くはないからな」
金がないことを重ねて言われてしまい、顔から火が出そうだ。
周りの者たちの注目を集めている気がするのは気のせいではないし。
キルナさん、かなりの有名人だからなぁ。SSランクなんだからそれも当然か。
反対する気力をなくし、ゴーラドは受付に向かった。
「これを受けたいんだが」
依頼の紙と冒険者カードを一緒にカウンターに出す。
「はい。ではこちらの紙に必要事項を書き込んでください」
自分の名と、ティラは資格がないのでメンバーはキルナだけを書き込んでいたら、急に受付が「まあ」と驚きの声を上げた。
「キルナ様とパーティーを組んでいらっしゃるのですか?」
「あ、ああ」
「まあ、まあ……まあ……」
どうしたというのか、受付はカウンターの向こう側で水晶版を見つめ、驚きの声を発し続ける。
水晶版にギルドカードをかざすと、必要な個人情報が映し出されるらしい。だが、それを見られるのはギルド職員だけだ。
覗こうとしても、情報を見ることはできなくなっている。
「お待たせしました」
受付はようやく顔を上げ、ゴーラドに向いてきた。
「ラッドルーア国のパロムのギルドより、報告をいただいております。百匹に上る魔牙狼を、キルナ様とおふたりで討伐されたのですね」
興奮した受付の言葉に、ゴーラドはびっくりした。
国が違うのに、ギルドはもうその情報を掌握できているとは。いまさら、ギルドという仕組みに驚きを隠せない。
「報酬はどうなさいますか? いま受け取られますか?」
「あ、い、いや……ちょっと待ってくれ」
そう言い置き、キルナの元に焦って戻る。
「キルナさん」
「うん、どうした? あの依頼に、何か不都合でもあったか?」
「違うんだ。例の魔牙狼の報酬、ここでも受け取れるって、話でな」
「ああ。そうだったな。お前の懐の心配をしていたが、その必要はなかったな」
キルナは苦笑する。そして、「それでいくらだって?」と聞いてくる。
「い、いや……金額はまだ聞いてない」
そう言うと、キルナが受付に向かう。
戻ってきたキルナから伝えられた金額に、ゴーラドは椅子からひっくり返りそうになった。
な、なんと、白金貨十枚だというのだ。ふたりで分けても白金貨五枚……
キルナはゴーラドに白金貨を五枚差し出してきた。受け取る手が小刻みに震えてしまう。
は、白銀貨ってのは、金貨十枚分だよな? 大銀貨ですら、たまにしかお目にかからないというのに……
「あと、魔牙狼の素材が欲しければパロㇺのギルドに取りに来てほしいとのことだったが、魔核石以外は換金してくれと頼んでおいた。数日したらその分も振り込まれるそうだ。魔核石は運搬料を払って、このギルドに届けてもらうことにしたが、ゴーラド、それでいいだろ?」
「あ、ああ」
そうか。素材も俺たちのものになるわけか……
「森中に転がっている魔牙狼を集める手間賃と解体量を差し引いてってことになるが、そこそこの金額にはなるだろうと思うぞ」
白金貨五枚に加えて、まだもらえるのか?
そんなわけで、懐が空だったゴーラドは、驚くべき大金を手にしたのだった。
だが、このまま懐に入れるのはおかしい。
「ティラちゃん。七割はあんたのもんだぞ」
「そうだな」
キルナも同意して、自分の分の白金貨をティラに差し出すが、ティラは必死に首を左右に振る。
「あれは謎の勇者のやったことで、わたしは無関係ですってば」
やれやれ。どうあっても、自分がやったとは認めないのか……
「どうするキルナさん?」
「仕方がない。謎の勇者に渡すこともできないし、ありがたくもらっておこう」
キルナはさっさと懐にしまい込む。
いいんだろうか?
悩みつつも、ゴーラドも懐に入れた。
ティラちゃんのぶんの金は、使わずに置いておくとしよう。
そう考えてようやく納得する、ド真面目なゴーラドだった。
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