第78話 キルナ 〈豹変〉



ようやくアラドルに到着したな。


懐かしい景色の中にいて、キルナはひとり苦笑を漏らす。


まさかこんなに早く戻ってくることになるとは思いもしなかった。隣国のラッドルーア国でしばらく過ごし、さらにその隣国であるサムリアン国へ……数年はいろんな国を巡って旅をするつもりでいたのにな。


仲間などには恵まれず、もう一生ソロでいくと決めていたのに、いつの間にやら仲間ができた。縁というものなのだろうな。


「すっげぇ賑やかだな」


アラドルの町に圧倒されたらしく、ゴーラドは周りを見回してばかりいる。


ガラシア国の中でも、アラドルは大きな町の部類に入る。もちろん王都には劣るが、都と言ってもいい規模だ。


アラドルに到着し、なにはさておき鍛冶屋ということで、向かっているところだ。


鍛冶屋のあとは、ふたりともアラドルの町を探索したいだろうからな。冒険者ギルドは後回しにして、今日のところはそれに付き合うつもりでいる。


早く緑竜討伐の依頼を受けたいが、いまのゴーラドの防具では危険すぎる。防具を手に入れてからという事になるが、ここは仕方がない。

そしてティラには、相応の依頼をソロでやらせて、とにかくレベルを上げさせねばな。


私とゴーラドに合わせて、難易度の高い依頼を受けたければ、ティラは少なくともCランクにまで昇格する必要がある。


キルナの希望としては、Bランクマスターだ。そうなれば、緑竜討伐にも一緒に赴ける。国の依頼なので破格の報酬をもらえるし、緑竜一体狩るだけでもランクはかなり上がるはずだ。


ティラが本気になれば、すぐに上げられるはずなのに、大剣などにうつつを抜かしているのだから困ったやつだ。


「キルナさん」


少し焦ったようにゴーラドが呼びかけてきた。


「どうしたゴーラド?」


「ティラがいないんだ?」


キルナは眉を寄せ、周りを見回す。確かにいない。


「いついなくなったんだ?」


「わからない。ずっと俺らの後を着いてきてたんだが……」


「お菓子の店でも見つけたのかもしれないな。まったく、断りもなく我々から離れるとは」


「探さないと」


「いや、その必要はない」


すぐに駆けだそうとするゴーラドをキルナは止めた。


「毎朝、我々の目の前に現れるんだ。迷子になどなりようがないし、あのティラが悪い奴にみすみす連れ去られると思うか?」


「それもそうか。なら、どうする?」


「鍛冶屋に向かう。そのうちひょっこり戻ってくるさ」


キルナはそう言いつつも、眉を寄せてしまう。


身に合わない大剣を担いで、よたつきながら戻ってきそうな気がしてならない。




「おおっ、ここらあたりは工房ばっかりなんだな?」


表通りから裏路地に入り、しばらく歩いたところだ。ゴーラドが興奮気味にあちこちの工房を見ている。工房の大きさもまちまち造りもまちまちで眺めも面白い区域だ。


「ここは中央の工房地区だ。東西南北にもそれぞれこういう場所がある」


「ふー、改めて凄いな。この騒音もすげぇ」


ゴーラドの言う通り、トンテンカンカンと耳に響く音があちこちから聞こえてくる。

慣れないと、耳が痛く感じるほどだ。


「ほら、目的の場所はあそこだぞ」


大声で告げ、ゴーラドを伴って鍛冶工房に向かう。


石組みの大きな丸い屋根。入り口に扉はなく中が丸見えだ。外にいるというのに、釜戸の炎でかなりの熱が伝わってる。


だが、客が入るのはこちらではない。隣にくっついている商店らしい建物の扉を開けて中に入った。


「いらっしゃーい」


威勢よく声をかけてきた男は、この鍛冶屋の主であるゴドルの弟子だ。


「ゴドルはいるか?」


そう声を掛けたら裏口のドアが開き、ゴドルが顔を出した。


「おおっ、キルナ。ひさしぶりじゃねえか」


ゴドルはだみ声で歓迎してくれる。


「へーっ、珍しい。お前さんに連れがいるとはな」


キルナの後にいるゴーラドを見て、ゴドルは笑いながら言う。


「こいつの防具が欲しくてな。作ってほしいんだが」


「ほほお」


ゴドルはゴーラドの全身を鑑定するように眺めた。


「材料は持ち込みか?」


「魔大蜥蜴の皮と魔核石があるな。できれば竜の素材がいいが、在庫はあるか?」


「色々取り揃えてあるさ。で、魔大蜥蜴の皮と魔核石は、今日は持ってこなかったのか?」


腰に小型のバッグを下げているだけのふたりの軽装を見て、ゴドルは残念そうだ。


魔核石はまだいいが、大魔蜥蜴の皮は折りたたんでいてもかなりでかい、バッグから出すのはためらわれた。ここにはゴドルだけでなく彼の弟子やら下働きやら結構な人数がいる。規格外の魔道具を持っていると知られるのはまずい。


「明日持ってこよう」


そう約束したところで、ゴドルが目を見開いた。


「あんた、それ、その槍、ちょっと見せてくれよ」


ゴーラドが携えている槍を見て、ゴドルは大興奮する。


「これは借りものなんだが……」


そう言いつつ、断ることもできないと思ったらしく、ゴーラドは槍をゴドルに渡した。


ゴドルは息を詰めるようにして槍を見定め始める。


「すげぇなぁ。こんな品、わしでも見たことねぇぞ」


「スキルがついているらしいんだが、ゴドル、わかるか?」


「ああ、確かにな。なあ、ちょっと試していいか?」


言うが早いか、ゴドルは槍をぐっと握り、目を瞑る。


「発動させられるか?」


ついに、スキルが発現するかと期待して見ていたのだが……


「いや……無理なようだな。まったく手応えがない」


「そうか」


「誰でも彼でも扱えるってことじゃないんだろう。この槍には意志がある。己を使う者を選ぶのだろうな」


「そうなのか? てことは、俺は選ばれていないってことなのかなぁ」


ゴーラドはがっかりして肩を落とすが、何を言わんやだ。


「すでに発動させたじゃないか。不発に終わったが」


「そうだが……」


「次はきっと成功する。さあ、いまは防具だぞ」


それからゴーラドの希望を聞きつつ、どんな防具を作るか決めていく。

高価な素材を見せられると、やはり欲が出てくるものだ。どんどん値の張るものに目がいってしまう。


「おう、らっしゃい」


ゴーラドと顔を突き合わせて素材を選んでいたら、ゴドルが店先の方へ視線をやり、声をかけた。


「ずいぶんと珍しいお客さんだな。嬢ちゃん、ここは鍛冶屋だが、武器と防具専門で、鍋の修理なんぞはしとらんぞ」


ゴドルが笑いながら言う。


嬢ちゃんなる人物がここに現われるとすれば、それはティラでしかない。

入り口に目を向けると、もちろんティラがいた。


さっと彼女の背中を確認するが、大剣を担いでおらず、逆に驚かされた。


「ティラ、いい大剣は見つからなかったのか?」


からかうように言ったら、ティラは何も言わず肩を竦める。


「なんだ、この嬢ちゃん、お前さんの知り合いか?」


「ああ。驚くだろうが、私のパーティー仲間だ」


「はあっ? ちょっと見ない間に、お前さんがそんな冗談を言うようになったとはなぁ」


ゴドルは腹を抱えてゲラゲラ笑う。


ティラが不機嫌になるかと思ったが、そんなこともなく、ゴーラドとキルナのところに歩み寄ってきた。


「それで、ゴーラドさんの防具はもう注文したんですか?」


「ああ。この店で最高級の竜の素材を使って作ってもらうことになりそうだ」


ゴーラドは苦笑しつつ言い、前髪をかき上げ、思案顔になる。


「だが、俺の懐は防具だけですっからかんになちまう」


そしてすまなそうにティラを見る。


「槍も手に入れなきゃならないのに……親父さんの槍、借りっぱなしになるが、悪いなティラちゃん」


「それは気にしなくていいですよ。もし気に入ったなら、もらっておけばいいです」


「そ、そうはいかないさ」


まったくゴーラドは真面目過ぎるな。せっかくティラがそう言ってくれているのだから、もらっておけばいいのに。


「ティラ、お前はどうする? 防具を竜の素材で作ってもらうか?」


キルナが問うと、ティラは首を横に振る。


「わたし、いりません」


「なんだ、お前、防具も欲しがっていただろ?」


「いまはいいのです。貯金は美徳です」


ぐっと両手を握りしめて誓うように言う。


「は?」


相変わらずよくわからない娘だ。


あれほど大剣を欲しがっていたのに、この店頭に下げられている見事な大剣を見ても、まるで興味を向けない。まあ、大剣についてはそれでもいいのだが、防具は必要だ。

しかし、どんなに勧めてもティラは首を縦に振らない。


「キルナ、その嬢ちゃんになんで防具が必要なんだ? 危険な冒険に連れてくつもりでもあるまいに」


「ゴドル、こいつはFランクだが、ちゃんとした冒険者だぞ」


「ただのFランクじゃないです。+5ですよぉ」


ティラが、そこは譲れないとばかりに訂正する。


「ほお」


ゴドルの目が僅かに変わったが、それでもFランクならばありかという表情だ。


「なら、このふたりの足を引っ張らんように、ちゃんとふたりの意見を聞いて、防具を身に着けた方がいいぞ、嬢ちゃん」


「けど、いまは貯金が肝心なのです。そのうちにお願いします」


ゴドルに失礼がないように、丁寧に頭を下げて断る。


ティラは言い出すと強情だ。いまはいくら言っても意見を変えないだろう。今日のところは諦めるしかないようだ。


「ゴドル、ゴーラドの防具は完成までどのくらいかかる?」


「そうだな。一週間もありゃ、できるだろ」


一週間か。緑竜退治もその後ということだな。一週間の間、色々と依頼を受けつつ、ふたりにはこの町に馴染んでもらうとしよう。


「手持ちの魔核石を材料に使うつもりなら、明日忘れずに持ってきてくれよ。それと魔大蜥蜴の皮も査定させてくれよな」


店を後にしようとしたところで念を押され、「わかった」と答えて店を出た。


「さて、一週間後という事になったが……まずは町を見て回るか?」


菓子屋や屋台に目がないティラは、その提案に大賛成すると思ったのだが、意外や首を横に振る。


「ギルドに行きますよ! 依頼を受けて稼ぎまくるんですっ! さあキルナさん、ギルドはどっちの方向ですか?」


ティラは今にも駆け出さんばかりに言う。

そんなティラを見て、キルナは眉をひそめた。


大剣も防具もいらないと言い出すし、この豹変ぶりはなんなんだ?

いったいこいつはどうしてしまったのだろうな?


「ティラちゃん、あの鍛冶屋で大剣を作ってもらうと言い出すと思ったのに、どうしたんだ? もう大剣に興味をなくしたのか?」


ゴーラドが直球で聞く。


それに対してティラは、「秘密でーす」とクルクル回りながら楽しそうに答えた。






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