第77話 ティラ 〈巡り合えども〉
「ガダスが出たのか?」
両親と夕食を食べながら今日の出来事を報告をしているところ。父はガダス情報に眉を寄せた。
やつは瘴気を放つやっかいものだからねぇ。ガダスが群れで飛び回っていたというのはいい報せではない。
なぜ、あんなところを飛んでいたのか? あのあと飛び去った先も気になるところだ。
「闇魔の森で何かあったのかしら?」
母が父に言葉を向ける。
「確かに瘴気を産む場所としては、あそこが一番近いか……」
「原因を探る必要があると思う?」
「一応……そうだな」
ほほお、両親は闇魔の森に行くのか?
わたしもまだ行ったことがないから、興味はあるけど……いまは冒険者で、パーティーのメンバーだからなぁ。
「ねぇ、闇魔の森ってどんなところなの?」
「もちろん瘴気だらけの森よ。人の踏み込める場所ではないわね」
「ガダス以外の魔獣も生息してるんだよね?」
そう聞き返したら、父が答えてくれる。
「瘴気にさらされても生きられるものだけはな」
「つまり、ガダスみたいなのばっかりってこと?」
「そこらの魔獣と見た目は変わらないぞ。ただ、瘴気のせいで中身は変化する。肉も食えなけりゃ魔核石も価値がなくなる」
「いいとこないね」
闇魔の森への興味が急激に消え失せた。
「そんな森なのに、調査しなきゃいけないの?」
「そうだな。後々何か事が起こっては困るからな」
両親も大変だなぁ。いつも気楽に飛び回ってる感じだけど、そういう旨味のない仕事もやらなきゃならないとは……
「そうそう、そのガダスとの戦闘の時、ゴーラドさんが槍のスキルを発動させそうになったんだよ」
「ほお」
父の目がきらりと光る。
「けどね、わたしが余計な言葉をかけちゃったもんだから、迷わせちゃって、不発に終わっちゃった」
「そうか。だが、そうもあっさりとスキルを発動させるとは、楽しみだな」
父は満足そうに頷いている。
この父に認めさせるとは、ゴーラドさんはなかなかの才能の持ち主のようだ。
自分のことを褒められたような気分になり、ティラは胸を膨らませたのだった。
◇
それから三日間、宿の前でふたりと合流し、アラドルを目指して街道をひたすら歩く日々が続いた。
そしてついに……
「あそこがアラドルか」
ゴーラドが町を見下ろして感慨深げに呟いている。
丘のてっぺんに辿り着いたところで、眼下に大きな町が広がっている。
町や村というのは、魔獣の侵入を防ぐために柵や塀で囲まれているのが大半なのだが、ここはそのようなものはない。
「塀も門もないんだな?」
「いや、あるぞ」
「そうなのか? 見たとこ、どこにも……」
「中央にあるんだ。主要施設はほぼその中にある。だがこの辺りは魔獣も狩りつくされていて、安全なのさ。で、塀の周りにどんどん町が広がっていったんだ」
キルナの説明にゴーラドは驚いているようだ。
こういう町は、けっこう多いんだけどね。ここは王都に匹敵するくらい大きな町だし、人口も多い。当然、冒険者や兵士も多くいる。
「討伐依頼も多いんでしょうね?」
「ああ。門外の地域を安全に保つためには、常に魔獣を狩らねばならないからな」
「町から討伐する地域までが遠そうだが」
ゴーラドの懸念に、キルナは笑いながら「冒険者を運ぶ定期馬車があるんだ」と説明する。
「定期馬車?」と驚くゴーラド。
「運賃はタダだぞ、無料で運んでくれる」
「へーっ、至れり尽くせりなんだな。あっ、けど、タダだと乗り心地が悪いとかか?」
「いや、整備の行き届いた馬車だし、道も悪くないから、乗り心地はまずまずだ」
「キルナさんが褒めるってことは、かなりいいと思ってよさそうだな」
ほほお。定期馬車なるものに、わたしも冒険者として乗れるのか? これは楽しみだね。
「ギルドも東西南北に支部があって、中央に本部がある」
「こ、この町、五か所もギルドがあるのか?」
ゴーラドは目を丸くしている。
「わたしたちは、どこのギルドに行くんですか?」
「中央に行くつもりだ。私はそこで依頼を受けていたんでな。中央は全部のギルドの依頼が集まるから、選択肢が広がるんだ」
「となると、中央にある宿に泊まるのか? それって宿賃が高いんじゃ」
「多少は高いかもしれんな。中央の宿でなくてもいいが、広い町だから通うのは大変だぞ、ゴーラド」
キルナは当然中央のお高い宿に泊まるらしい。ゴーラドさんだけ安宿に泊まるとなると、かなり不便だろうねぇ。
「装備に金がかかるし……俺は安いところを見つけるとするさ」
ずいぶんと元気のなくなったゴーラドを見て、ティラは元気づけようと背中をさすった。「ありがとな」と苦笑をもらう。
話している間に丘を下りきり、かなり町に近づいてた。街道の行き来はさらに活発になり、ひっきりなしに荷馬車や幌馬車が三人の側を通り過ぎていく。
そんな中、一台の豪奢な馬車が止まった。
馬車の窓が開けられ、脂ぎった顔の中年男が顔を覗かせた。
「おお、やはり! これはこれは漆黒の君ではありませんか?」
声までも脂ギッシュだね。このおっさん、濃いわぁ。色んな意味で……
しかし、漆黒の君?
「こんなところでお会いできるとは、なんという幸運。それにしても、歩いて町まで戻られるのですかな?」
「不都合はない」
キルナはそっけなく返す。
どうやらキルナは、このおっさんにいい感情を抱いていないようだ。
「よかったら、私の馬車で送らせていただくが?」
「いや、けっこうだ」
申し出をバッサリ切るその潔さ、かっこいいです。脂ギッシュなおっさんは、一瞬表情に悪意を覗かせた。お知り合いになりたくない質のお方だね。
「そ、そうですかな。……残念ですな。あの、そちらの方々は、漆黒の君の?」
「詮索か? 不快なのだが……」
「これは失礼を」
慌てたように言うが、横柄で感じが悪かった。キルナの冷淡な態度に、気分を害しているようだが、表情だけはにこやかにと、必死に努めている模様。
「では、失礼しますよ。……もういいぞ、出せっ!」
丁寧に挨拶した後、腹立ちを御者にぶつける。
あーあ、いい雇い主じゃないねぇ。御者さんお気の毒。
「ありゃ一体誰だったんだ?」
ゴーラドに尋ねられ、キルナは遠ざかって行く馬車に一瞥をくれ、顔を歪めた。
「あいつはギヨールだ。商品の売買をしているそうだが、いい噂を聞かない。かなりの悪党だぞ」
「悪いことをしてるってわかってても、捕まえられないってことですか?」
「ああ。尻尾を掴ませないらしい。あいつというより、あいつが雇っている部下がそうとうな切れ者だって話だ」
「悪がのうのうと蔓延るとか、町的にかなり残念さんですね」
「その通りだな」と、キルナは苦笑いだ。
そんな話をしていたら、ついにアラドルの町に到着した。けど門とか塀はないので、いつの間にか町に入ったって感じだった。
畑やら果樹栽培の区画があったりと、のどかな風景が続いていたが、町らしく家が並ぶ地域に到着した。
「中央地区まで乗合馬車に乗ってもいいが、一時間もあれば着けるし、どうする?」
「わたしは町をゆっくり見たいから歩きがいいですけど、ゴーラドさんは?」
「俺も歩きでいい。よさそうな宿を探しながら行くとするよ」
「地図を持ってるんだから、ゴーラドそれを使え」
「地図?」
「知らないのか? 大きな町のいくつかは、拡大すれば詳細が分かるようになっているんだぞ」
「なんだそりゃ?」
ゴーラドは首を捻りつつ地図を出す。
「ほら、こうやるんだ」
キルナが指で地図を撫でると、地図の様子が劇的に変わった。
「うわっ、おもしろーい」
ティラは笑って叫んだが、ゴーラドは言葉もなく地図を見つめている。
「この印が宿だ。ここらだと三件あるな」
ゴーラドは地図を見て、現在地から一番近くにある宿を探す。
「あ、あれか?」
「地図に載っていない宿はやめた方がいいぞ」
「ほほお、この地図……というか、冒険者に親切ですねぇ。あっ、でも高ランクしかもらえないんですよね?」
「欲しかったら、上を目指せってことだな」
「ははあ、納得です」
「よし、とにかく私の贔屓にしている鍛冶屋に行くぞ」
キルナとゴーラドが並んで歩き出し、ティラはふたりの後について行く。
初めての町は、見るものすべてに興味を惹かれる。
通りに並んでいるのは商店が多く、入りたくてうずうずするけど、いまは我慢だ。
なんたって、鍛冶屋だもんねぇ。わたしの大剣も見つかるかもしれないし、なんだったら注文して作ってもらうってのもありだよね。
ルンルン気分でスキップを踏みつつ進んでいたティラは、ある古道具屋を目に入れ、自然と足を止めていた。
店の作りは古めかしいけど掃除が行き届いていい感じだ。そしてティラを招くように特殊な魔力を発しているものが……
誘われるように店に入ったティラは、まっすぐに奥まで進み、そこに立てかけてある大剣を見つめた。
「けど、サビサビのボロボロだね」と正直に感想を述べる。
「いらっしゃい」
かなり年老いた店主が声をかけてきた。
「お嬢さん、その大剣が気になるのかね?」
不思議そうに言う。
「触ってみてもいいですか?」
「そりゃ、構わんが……」
ティラは大剣の柄を掴み、少し持ち上げてみた。
おっ、軽いな。
「お、お嬢さん、なんで持ち上げられるんじゃ?」
驚かれて、慌てて大剣を床につける。
「お、重かったですっ! はーっ、はーっ、はーっ」
かなり演技はヘタクソだったが、店主は「そうだろう、そうだろう」と、納得して頷く。
「鍛冶屋で打ち直してもらわんと使い物にはならんだろうし、実は鞘から抜けんのじゃよ。……だが素材は逸品でな、安くはないんじゃ。おかげで買い手がなくての。もう三十年近くここにある」
「へーっ。おいくらなんですか?」
「白金貨七枚じゃ」
き、きたねぇ、白金貨!! 金貨七十枚分!
わたしの懐に白金貨は一枚もありませんわ。と、心の中でお手上げ状態。
ようやくわたしの大剣さんに巡り合えたと思ったのに……
けど、必ず手に入れる!
「また来ます」
店主に挨拶し、ティラは意気揚々と古道具屋をあとにした。
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