第77話 ティラ 〈巡り合えども〉


「ガダスが出たのか?」


両親と夕食を食べながら今日の出来事を報告をしているところ。父はガダス情報に眉を寄せた。


やつは瘴気を放つやっかいものだからねぇ。ガダスが群れで飛び回っていたというのはいい報せではない。


なぜ、あんなところを飛んでいたのか? あのあと飛び去った先も気になるところだ。


「闇魔の森で何かあったのかしら?」


母が父に言葉を向ける。


「確かに瘴気を産む場所としては、あそこが一番近いか……」


「原因を探る必要があると思う?」


「一応……そうだな」


ほほお、両親は闇魔の森に行くのか?

わたしもまだ行ったことがないから、興味はあるけど……いまは冒険者で、パーティーのメンバーだからなぁ。


「ねぇ、闇魔の森ってどんなところなの?」


「もちろん瘴気だらけの森よ。人の踏み込める場所ではないわね」


「ガダス以外の魔獣も生息してるんだよね?」


そう聞き返したら、父が答えてくれる。


「瘴気にさらされても生きられるものだけはな」


「つまり、ガダスみたいなのばっかりってこと?」


「そこらの魔獣と見た目は変わらないぞ。ただ、瘴気のせいで中身は変化する。肉も食えなけりゃ魔核石も価値がなくなる」


「いいとこないね」


闇魔の森への興味が急激に消え失せた。


「そんな森なのに、調査しなきゃいけないの?」


「そうだな。後々何か事が起こっては困るからな」


両親も大変だなぁ。いつも気楽に飛び回ってる感じだけど、そういう旨味のない仕事もやらなきゃならないとは……


「そうそう、そのガダスとの戦闘の時、ゴーラドさんが槍のスキルを発動させそうになったんだよ」


「ほお」


父の目がきらりと光る。


「けどね、わたしが余計な言葉をかけちゃったもんだから、迷わせちゃって、不発に終わっちゃった」


「そうか。だが、そうもあっさりとスキルを発動させるとは、楽しみだな」


父は満足そうに頷いている。

この父に認めさせるとは、ゴーラドさんはなかなかの才能の持ち主のようだ。


自分のことを褒められたような気分になり、ティラは胸を膨らませたのだった。




それから三日間、宿の前でふたりと合流し、アラドルを目指して街道をひたすら歩く日々が続いた。

そしてついに……


「あそこがアラドルか」


ゴーラドが町を見下ろして感慨深げに呟いている。


丘のてっぺんに辿り着いたところで、眼下に大きな町が広がっている。

町や村というのは、魔獣の侵入を防ぐために柵や塀で囲まれているのが大半なのだが、ここはそのようなものはない。


「塀も門もないんだな?」


「いや、あるぞ」


「そうなのか? 見たとこ、どこにも……」


「中央にあるんだ。主要施設はほぼその中にある。だがこの辺りは魔獣も狩りつくされていて、安全なのさ。で、塀の周りにどんどん町が広がっていったんだ」


キルナの説明にゴーラドは驚いているようだ。

こういう町は、けっこう多いんだけどね。ここは王都に匹敵するくらい大きな町だし、人口も多い。当然、冒険者や兵士も多くいる。


「討伐依頼も多いんでしょうね?」


「ああ。門外の地域を安全に保つためには、常に魔獣を狩らねばならないからな」


「町から討伐する地域までが遠そうだが」


ゴーラドの懸念に、キルナは笑いながら「冒険者を運ぶ定期馬車があるんだ」と説明する。


「定期馬車?」と驚くゴーラド。


「運賃はタダだぞ、無料で運んでくれる」


「へーっ、至れり尽くせりなんだな。あっ、けど、タダだと乗り心地が悪いとかか?」


「いや、整備の行き届いた馬車だし、道も悪くないから、乗り心地はまずまずだ」


「キルナさんが褒めるってことは、かなりいいと思ってよさそうだな」


ほほお。定期馬車なるものに、わたしも冒険者として乗れるのか? これは楽しみだね。


「ギルドも東西南北に支部があって、中央に本部がある」


「こ、この町、五か所もギルドがあるのか?」


ゴーラドは目を丸くしている。


「わたしたちは、どこのギルドに行くんですか?」


「中央に行くつもりだ。私はそこで依頼を受けていたんでな。中央は全部のギルドの依頼が集まるから、選択肢が広がるんだ」


「となると、中央にある宿に泊まるのか? それって宿賃が高いんじゃ」


「多少は高いかもしれんな。中央の宿でなくてもいいが、広い町だから通うのは大変だぞ、ゴーラド」


キルナは当然中央のお高い宿に泊まるらしい。ゴーラドさんだけ安宿に泊まるとなると、かなり不便だろうねぇ。


「装備に金がかかるし……俺は安いところを見つけるとするさ」


ずいぶんと元気のなくなったゴーラドを見て、ティラは元気づけようと背中をさすった。「ありがとな」と苦笑をもらう。



話している間に丘を下りきり、かなり町に近づいてた。街道の行き来はさらに活発になり、ひっきりなしに荷馬車や幌馬車が三人の側を通り過ぎていく。


そんな中、一台の豪奢な馬車が止まった。


馬車の窓が開けられ、脂ぎった顔の中年男が顔を覗かせた。


「おお、やはり! これはこれは漆黒の君ではありませんか?」


声までも脂ギッシュだね。このおっさん、濃いわぁ。色んな意味で……


しかし、漆黒の君?


「こんなところでお会いできるとは、なんという幸運。それにしても、歩いて町まで戻られるのですかな?」


「不都合はない」


キルナはそっけなく返す。

どうやらキルナは、このおっさんにいい感情を抱いていないようだ。


「よかったら、私の馬車で送らせていただくが?」


「いや、けっこうだ」


申し出をバッサリ切るその潔さ、かっこいいです。脂ギッシュなおっさんは、一瞬表情に悪意を覗かせた。お知り合いになりたくない質のお方だね。


「そ、そうですかな。……残念ですな。あの、そちらの方々は、漆黒の君の?」


「詮索か? 不快なのだが……」


「これは失礼を」


慌てたように言うが、横柄で感じが悪かった。キルナの冷淡な態度に、気分を害しているようだが、表情だけはにこやかにと、必死に努めている模様。


「では、失礼しますよ。……もういいぞ、出せっ!」


丁寧に挨拶した後、腹立ちを御者にぶつける。


あーあ、いい雇い主じゃないねぇ。御者さんお気の毒。


「ありゃ一体誰だったんだ?」


ゴーラドに尋ねられ、キルナは遠ざかって行く馬車に一瞥をくれ、顔を歪めた。


「あいつはギヨールだ。商品の売買をしているそうだが、いい噂を聞かない。かなりの悪党だぞ」


「悪いことをしてるってわかってても、捕まえられないってことですか?」


「ああ。尻尾を掴ませないらしい。あいつというより、あいつが雇っている部下がそうとうな切れ者だって話だ」


「悪がのうのうと蔓延るとか、町的にかなり残念さんですね」


「その通りだな」と、キルナは苦笑いだ。


そんな話をしていたら、ついにアラドルの町に到着した。けど門とか塀はないので、いつの間にか町に入ったって感じだった。


畑やら果樹栽培の区画があったりと、のどかな風景が続いていたが、町らしく家が並ぶ地域に到着した。


「中央地区まで乗合馬車に乗ってもいいが、一時間もあれば着けるし、どうする?」


「わたしは町をゆっくり見たいから歩きがいいですけど、ゴーラドさんは?」


「俺も歩きでいい。よさそうな宿を探しながら行くとするよ」


「地図を持ってるんだから、ゴーラドそれを使え」


「地図?」


「知らないのか? 大きな町のいくつかは、拡大すれば詳細が分かるようになっているんだぞ」


「なんだそりゃ?」


ゴーラドは首を捻りつつ地図を出す。


「ほら、こうやるんだ」


キルナが指で地図を撫でると、地図の様子が劇的に変わった。


「うわっ、おもしろーい」


ティラは笑って叫んだが、ゴーラドは言葉もなく地図を見つめている。


「この印が宿だ。ここらだと三件あるな」


ゴーラドは地図を見て、現在地から一番近くにある宿を探す。


「あ、あれか?」


「地図に載っていない宿はやめた方がいいぞ」


「ほほお、この地図……というか、冒険者に親切ですねぇ。あっ、でも高ランクしかもらえないんですよね?」


「欲しかったら、上を目指せってことだな」


「ははあ、納得です」


「よし、とにかく私の贔屓にしている鍛冶屋に行くぞ」


キルナとゴーラドが並んで歩き出し、ティラはふたりの後について行く。


初めての町は、見るものすべてに興味を惹かれる。

通りに並んでいるのは商店が多く、入りたくてうずうずするけど、いまは我慢だ。


なんたって、鍛冶屋だもんねぇ。わたしの大剣も見つかるかもしれないし、なんだったら注文して作ってもらうってのもありだよね。


ルンルン気分でスキップを踏みつつ進んでいたティラは、ある古道具屋を目に入れ、自然と足を止めていた。


店の作りは古めかしいけど掃除が行き届いていい感じだ。そしてティラを招くように特殊な魔力を発しているものが……


誘われるように店に入ったティラは、まっすぐに奥まで進み、そこに立てかけてある大剣を見つめた。


「けど、サビサビのボロボロだね」と正直に感想を述べる。


「いらっしゃい」


かなり年老いた店主が声をかけてきた。


「お嬢さん、その大剣が気になるのかね?」


不思議そうに言う。


「触ってみてもいいですか?」


「そりゃ、構わんが……」


ティラは大剣の柄を掴み、少し持ち上げてみた。


おっ、軽いな。


「お、お嬢さん、なんで持ち上げられるんじゃ?」


驚かれて、慌てて大剣を床につける。


「お、重かったですっ! はーっ、はーっ、はーっ」


かなり演技はヘタクソだったが、店主は「そうだろう、そうだろう」と、納得して頷く。


「鍛冶屋で打ち直してもらわんと使い物にはならんだろうし、実は鞘から抜けんのじゃよ。……だが素材は逸品でな、安くはないんじゃ。おかげで買い手がなくての。もう三十年近くここにある」


「へーっ。おいくらなんですか?」


「白金貨七枚じゃ」


き、きたねぇ、白金貨!! 金貨七十枚分!


わたしの懐に白金貨は一枚もありませんわ。と、心の中でお手上げ状態。


ようやくわたしの大剣さんに巡り合えたと思ったのに……


けど、必ず手に入れる!


「また来ます」


店主に挨拶し、ティラは意気揚々と古道具屋をあとにした。





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