第81話 キルナ〈仲間を紹介〉



「それで、どうやってあれを倒したんだ?」


キルナは気を取り直してティラに尋ねる。


相手は獰猛な魔赤熊だというのに、期待した戦闘にはならず、あまりにあっけなく終わりすぎたことには、マジでがっかりだったがな。


「痺れ玉ですよ。痺れてるだけなのでトドメを刺してくださいね。あっ、でも、あの黄色の靄が消えたらってことで」


確かにまだ穴倉の中は黄色く靄っている。みるみる薄れては行くが。


「痺れ玉? あんなサイズの玉で、あの魔赤熊が動けなくなるのか?」


「母特製なので。でも、効き目は使ってみないと分からなかったんですけど、魔赤熊にもしっかり効き目ありましたね」


ティラの母か……なんてものを作るんだろうな? ちょっと頭痛がしてきたような……


「ティラちゃんの母親、凄いものを作っちまうんだな。そういうアイテムを売って商売してるのか?」


「このレベルは売り物じゃないと思います。使いようによってはかなり危険ですから」


それはな。いまみたいに魔獣相手に使うならだが、悪い奴の手に渡らないとも限らない。


「もっと効き目の薄いのなら、頼まれて売ってるかもしれませんけど。あっ、靄が消えたみたいですよ」


とっとこ穴倉に歩み寄っていこうとするティラを、ゴーラドが慌てて止めた。


「ふたりはここで待っててくれ。まず俺が様子を見に行く」


魔赤熊は痺れて動けないだけでまだ生きている。ゴーラドとしては近づくにも用心したいのだろう。


ティラはリーダーであるゴーラドの指示なので「了解しましたぁ」と素直に頷く。


そのあとゴーラドはひどく緊張した面持ちで槍を構え、慎重に足音を忍ばせて近づいて行った。

そして、槍で転がっている魔赤熊をちょんちょんと突き回す。


なにやってんだあいつ! 


いっそ、トドメをさせばいいものを……


ダメだ、吹く。吹き出すっ!


「だ、大丈夫みたいだ」


魔赤熊を物凄く気にしつつ、ゴーラドはこちらに向けて手を振ってくる。


「お、おう」


笑わないように必死に堪えつつ、キルナは手を振り返して歩み寄っていった。


そのあと、ゴーラドとキルナのふたりでトドメを刺した。魔核石だけは先に取り出し、ギルドで貸し出された魔道具の袋にしまい込む。


魔赤熊三体、魔大猪五体。魔大猪の三体はかなり食い荒らされていたので、素材価値はほぼないだろう。


だが、魔赤熊は無傷なので、こちらはかなり高く買い取ってくれそうだ。


「それじゃ、さっさとギルドに戻って次の依頼を受けましょう!」


ティラはやる気満々だが……


「ゆっくり昼飯を食ってからだ」


「えーっ、まだお昼までかなりありますよ」


「ここから北方向に湖があるんだが、そこに魔水鳥が群れている。それを狩って昼にしよう」


「魔水鳥! いいですねっ! たくさん狩って、ストックしてもいいですかね、キルナさん?」


目を輝かせたティラは、涎を垂れ流さんばかりだ。


「全滅はさせるなよ」


「そ、それはもちろんですよぉ」


こいつ、全部捕獲しようと思っていたな。




昼飯を食い、いいタイミングで冒険者専用馬車に拾ってもらえ、アラドルに戻って来た。


魔水鳥は最高だったな。

いや、ティラの料理のスキルが高いというのもあるだろうが。


依頼も達成し、キルナとしては一日の稼ぎはもう充分なのだが……

まだまだやる気のティラを納得させられそうもない。


仕方がない。もう一つ、簡単そうな依頼でも受けるとするか。


ゴーラドはティラに付き合い、依頼を確認して回っている。


「キルナさん」


突然話しかけられ、振り返ると見知った顔が笑っている。


「ユシュか」


こいつはアラドル警備団中央本部の副団長だ。


「ずっと探していたんですよ」


「何か用か?」


「それが、キルナさんがこのアラドルからいなくなったって噂が立ちまして」


「ああ」


「団長が、噂が本当か確かめて来いっていうんでね」


噂は本当だぞ。戻って来たが……と、心の中で答えを返す。


「私がアラドルにいるかの確認だけか? 警備団も暇だな?」


そう言ったら、ユシュはキルナの隣に腰かけてきて、声を潜めて話し出す。


「そうでもないですよ。緑竜が異常なほど増えてきてて、町が襲われるんじゃないかって、兵団の中では戦々恐々としてるんですよ」


「だが、その事実はまだないのだろう?」


「まだないですよ。けど、これからもないとは言えない状況ですからね。あんなのが一匹でも襲ってきたら、町はパニックに陥ります。少なくない犠牲もでるでしょうし」


「それで? 私にどうしろというんだ? いつ襲ってくるかもしれない緑竜に備えて町にいろとでもいうのか?」


「キルナさん、怒ってますね?」


その言葉にㇺッとする。


ソロでは討伐に行かせてくれないくせに勝手を言うな、と苛立つのは当然だろう。

討伐に行きたいなら、パーティーを組めと無理強いしてくるし。


知りもしない奴らと組むなんて冗談じゃない。助けになるならだが、足を引っ張られるのがおちだ。


「何も怒ってなどいない」


「いや、どう見ても怒ってるじゃないですか」


「お前らは身勝手すぎる。だいたい町を守るのは警備団の役目だろうが」


「もちろんそうですよ。けど、竜に対抗できるほどの実力者は残念ながら、あまりいないんでねぇ」


「もっと鍛錬しろ」


「耳が痛い……」


そう言ってユシュは両手で耳を押さえた。その手を見て、キルナは眉をひそめた。


「ユシュ、お前、その手はどうした?」


ユシュの手にはひどい傷跡があり、なんと薬指と小指がない。


「あ、あはは……」


ユシュは誤魔化すように慌てて手を振り、その手の持って行き場に困ったようで、ズボンのポケットに突っ込んだ。


「情けないです」


苦い顔で言う。


「何があった?」


「三日前、警備兵を募って緑竜退治に……で、まあ、このザマです」


なんてことだ。


「犠牲も出たのか?」


「……ひとり……ね」


「そうか」


ひとり犠牲が出ただけでなく、怪我人も多かったのだろう。


「重傷者は?」


「それなりに……」


かなり多そうだな。


ティラの回復薬が頭に浮かんでしまい、キルナはそれを振り払った。


「それで、緑竜は?」


「ようやく二体……それがおかしなことに群れで襲ってきたんですよ。それで必死に逃げ戻ったわけです」


「なんだと?」


緑竜は普通群れたりしない。一体ずつだから、なんとか討伐できるのだ。


ああ、つまり、群れで襲ってくるんじゃないかと、警備団はひどく警戒しているわけか。


しかし、いったい何が起こっているんだ?


眉をひそめて考えていたら、ユシュはさらに情報をくれる。


「王都から騎士団が応援にやってきてるんですが……こいつがあまり頼りにならなそうでねぇ。かえって面倒なことになりそうで……困ってます」


「一週間後になるだろうが、私も緑竜討伐依頼を受けるつもりでいる」


「えっ? ソロではダメですよ」


「言われなくてもわかっている。仲間ができたんだ。いまAランクのやつとパーティーを組んでいる」


Fランク+5のやつもいるが、こちらは言わなくてもいいだろう。


「キルナさーん」


そう思っていたところに、ティラが駆けてきた。


「これとかどうですか? Aランクの依頼で、なんか粘液の毒を吐く魔大蛙が村近くの沼地にかなりの数住みついてしまって、すっごい困ってるみたいですよ」


「そうか」


「あれっ、この人は?」


キルナの隣に座っているユシュに気づき、ティラは首を傾げる。


「君は?」


ユシュは困惑して、ティラを見つめる。そのティラの後ろにはゴーラドも立っていて、ユシュに視線を向けている。


「こいつは警備団の副団長、ユシュだ。ユシュ、こいつらが私のパーティーメンバーだ。ゴーラド、それとティラだ」


「警備団の副団長さんですか。ティラです。よろしくお願いします」


「あ、ああ。……あの、仲間? 君がキルナさんの?」


戸惑ったユシュは、ポケットに入れていた手を出してティラに話しかける。

ティラは、すぐにユシュの傷痕に気づいた。


「その手、ひどい傷ですね」


「あ、ああ。ドジっちまってね」


ユシュは、照れ臭そうに頭を掻く。


ティラはちらりとポーチに目を向け、それからキルナと目を合わせてきた。

微かに首を横に振ってみせると、ティラは目を伏せ、小さく頷いた。


それからユシュは、ゴーラドとも挨拶をかわした。


「それにしても、朗報ですよ。キルナさんが竜退治に行ってくれたら、助けになります。団長にも報告しときますよ」


「ああ、カオク団長によろしくな」


ぺこっと頭を下げ、ユシュはギルドから出て行った。


そんな彼の後姿を見て、ティラはなにやら考え込んでいる。


だいたい想像はつく。どうやったらユシュの手を治してやれるだろうかと思案しているのに違いない。


「緑竜退治でやられたそうだ。犠牲もひとりでたらしい」


小声でふたりに伝えたら、ゴーラドはビクリと身を震わせた。

ティラの方はふんふんと頷いている。


こいつ、子どもと言ってもいいくらいの年齢のくせに……落ち着いて受け止めているな。


「怪我人は?」


「かなりいるようだな。それでも、緑竜退治に行きたいか? ティラ」


「もちろんですよ。これ以上、犠牲を増やすわけにはいかないです」


神妙に淡々と語るその様子は、とても十五とは思えなかった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る