第32話 ゴーラド 〈ありえねぇ食材〉
ああ、マジで魔鼠の肉なんだよなぁ、これ。
魔鼠だって先に聞いたなら、俺、絶対食べなかったぞ。
それにしても……ティラちゃん、退治した魔鼠を引き取ったわけか?
「魔鼠退治、大変だっただろう?」
短時間で退治したはずだから、数匹か……ティラちゃんと俺がいま一匹ずつ食ってるんだから、最低二匹はいたんだろうな。
しかし、どうやって退治したのか、その方法を聞きたいもんだ。
実はゴーラドも、だいぶ前に魔鼠退治の依頼を受けたことがあった。商人の家の倉に魔鼠が住み着いたようだと、使用人が慌ててギルドに依頼を頼みにきたのだ。ゴーラドはたまたまそこに居合わせた。
魔鼠退治は時間の勝負だ。数が増えてしまったら、そう簡単に根絶やしにはできなくなる。だが、どんなことをしてでも絶対に根絶やしにしなければならない害獣だ。
気の毒に思い、受けたはいいが……ほんとあんときゃ苦労させられた。
三日かけてなんとか七匹退治して、依頼を完了できたが……
商人は裕福だったから、報酬もそれなりに良かったが……疲労の度合いは半端なく……そのあとゴーラドは、二度と魔鼠退治は受けていない。
「いや、ティラはあっさりやってのけたぞ」
ティラとゴーラドの会話などそっちのけで、美味しそうに食べ続けていたキルナが言う。どうやら皿に載っていた料理は食い終わったようで、ティラにお代わりを要求する。ティラは喜んで給仕をしてやっている。
「そ、そうなのか? ティラちゃん、どうやって退治したのか教えてくれないか」
そう頼んだら、何やら魔鼠退治専用の薬があるとのこと。それをバラまいて魔鼠に食わせ、一気に捕獲したらしい。
「そんな薬があるのか?」
「はい。母さんが魔鼠大好物なんで、簡単に捕まえるために薬を作ったんですよ」
魔鼠が大好物なのか……
確かに実際味わった今は、その話も納得してしまうが。
しかし、そのための薬を作るとか……いや、それくらい当然か。すげぇ回復薬を作ってしまうひとなんだもんな。
「けど、魔鼠の肉は、食べられた物じゃないって……世間じゃ言われてるが……」
「うまく処理しないとダメなんですよ。喉から背中に向けて裂いて、最初に皮を全部剥ぐんです。ほかのところを割くと、皮と肉の間にある分泌物が肉に混ざり込んでしまって不味くなるんです。ゴーラドさん、気に入ったならまた作ってあげますね」
なるほどと聞いていたゴーラドだが、最後に付け加えられた言葉に眉が寄る。
「またって、まだ持ってるのか?」
「はい。百匹ほど」
にっこり言われて目を見開く。
ひゃ、百匹だ?
「半分は母さんに渡しちゃったんですよね」
つまり、二百匹……退治したってのか?
そうか。ティラちゃん+5に昇格したんだったなぁ。
いまになって情報を得られ、あれこれと納得だ。
「そうだティラ。お前、トードルの卵を食べさせてくれるって言ってたじゃないか」
そんなことを口にしたキルナに驚いて顔を向けると、二皿めもすでに完食したらしく、空になった皿をティラに返している。
「そうでしたね。ふたりとも、まだ食べられそうなら、卵焼きにしちゃいましょうか」
しちゃいましょうかって……嘘だろ!
だが、ティラのポーチからでっかい卵が現われる。
マジで、トードルの卵じゃないか!
唖然としている間に、ティラは両手で持ち上げ、岩に叩きつけた。
「ああーーーっ」
手を伸ばすゴーラドの前で、大きなボールの中に卵の中身が……
「どうしたんですか、ゴーラドさん?」
どうしたって……それ、金貨1枚の価値が……それを卵焼きって……
「ああ、卵の殻が欲しいんですか? でもごめんなさい。これいい素材になるから母に渡そうと思ってて……」
「いや、そんなつもりは……いや、いいんだ。すまん」
謝ったら、ティラは首を傾げたものの、卵焼きを作る作業に戻った。
視線を感じてゴーラドはキルナに目を向けた。案の定、楽しそうににやついているキルナがいた。
「人が悪いぞ」
睨んだら、キルナは声を上げて笑い出した。
「キルナさん、なんで笑ってるんですか?」
いつの間に出したのか、大きなフライパンを片手にティラが尋ねてくる。
うはーっ、なんでそんなでっかいフライパン持ってるんだ?
トードルの卵焼きを作る用か?
フライパンの中で、黄金色の卵焼きが形になっていく。
「そんな重そうなフライパン、よくもそんなに軽々と扱うもんだな」
キルナが呆れたように言う。
確かに俺も、そのことに突っ込みたかった。
出来上がった卵焼きはべらぼうに旨かった。味が濃厚でもっちりしている。さすがに全部は食べきれず、残ったものはゴーラドとキルナで分けた。
どうもティラはもう1個持っているらしい。
「いまさらだが、いったいどこで手に入れたんだ?」
その問いの答えは、わかるようでわからない返答だった。
ティラの家の近くに巣を作っているトードル……昨日遭遇したトードルの親らしいが……ひさしぶりに挨拶に行ったら、快く卵を分けてくれたと言うのだ。
挨拶するだけで、卵を分けてくれるトードル?
ありえねぇ。と頭を抱えることになったゴーラドだった。
◇ ◇ ◇
「それじゃ、ゴーラドさん、パッサカで待ってますねぇ」
「ああ、そっちも気を付けてな」
手を振り、ふたりと別れた。
パッサカ方面へと歩いて行くふたりを見送り、姿が見えなくなったところでゴーラドは実家に向かうことにする。
しばらくはふたりと同じ道を進むことになるが、見つかることはないだろう。ふたりの進む速度は並みの速さではないし、途中で道が分かれるしな。
実家まではかなり距離がある。あまり遅くならないよう、分かれ道までやってきたところで、ゴーラドは足を速めた。
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