第31話 ティラ 〈みんなで昼食〉




ああ、よかった。これからもゴーラドさんと一緒にいられるんだぁ。


喜びを噛み締め、ティラは調理に戻った。

香草たっぷりのスープはいい感じで煮込めてる。いったんそれを火からおろし、網を置いて十分熱くなったところで肉を焼く。ジュージューと音が立ち、肉汁がじゅわっと……


いい匂いがし始めて鼻歌を歌っていたら、背後で「ぐうーっ」というかなり大きな音が響いた。振り返ると、ゴーラドが大きな手で自分の顔を覆っている。

ちらりと覗く頬が赤らんでいるようだ。


「もうちょっと待っててくださいね」


そう声を掛けたら気まずそうに頷く。

お腹が鳴ったくらいで、恥ずかしがることないのになぁ。


キルナが高笑いしはじめ、ゴーラドの背中をバンバンと叩いている。

楽しそうだ。


「朝飯食ってなかったから……」


ゴーラドがぼそぼそ答えている。


そっかぁ、朝ご飯抜きじゃ、そうとうお腹が空いてるだろう。わたしなんて、朝ご飯抜きなんて考えられないよ。よし、急いで作らないとね。


あっ、そうだ。いいものがある。

ティラは肉の焼き加減を気にしつつ、ポーチから弁当を取り出し、ゴーラドに差し出した。


「これは?」


「お弁当ですよ。とりあえず、それ食べててください」


「いや、でも、これはティラちゃんのお袋さんが作ってくれた弁当だろう?」


なぜかゴーラドは受け取るのをためらっている。

なんでだろ?


「そうですけど……」


「ゴーラド、遠慮せずに受け取れ」


「けど……いいのかなぁ。娘のために作ったってのに、他人が弁当食べちまっちゃ、お袋さんがっかりするんじゃないか?」


「そんなことないですよ。かえって喜ぶと思いますよ」


「え? そ、そうか?」


「はい。だから、どうぞ」


もう一度差し出したら、ゴーラドはそっと手を差し出してきて、恭しい感じで受け取った。


しかし、弁当を膝に乗せ、そっと手をかけたまま、どうしてか微動だにしない。


「さすがに毒は言っていないと思うぞ」


キルナが笑いながら言った言葉に、一瞬ドキリとしてしまう。

ま、まさかだよね。入れてないよね、母さん。


そういうことが間々あるので、ちょっと……いや、かなり不安になってきた。


「そ、そんなこと思ってるわけないだろう!」


ゴーラドは必死に否定し、慌てて弁当の蓋を取った。

不安を胸に、ティラは中身を凝視した。

あ、大丈夫だ。それらしきものはないぞ。


ほっとして肉に目を戻す。


「うまそうだな」


そう言ったのはゴーラドではなくキルナだった。


「どうしたんだ? お前、なんで固まってる?」


「い、いや……こ、神々しいと言うか……」


うん? 神々しい?


意味が分からず、振り返ってしまう。


「ふむ。まあ、その感想もあながち間違いじゃないな」


「あっ、なっ、なんでっ⁉」


キルナがおかずをかすめ取り、それをゴーラドが箸で追う。おかずはキルナの口に……


「いつまでも食べないからだ」


「そ、そんなぁ」


情けない声を上げたゴーラドだが、また次の手が延ばされてきて、慌てて立ち、飛び退った。


「素早いな」


「まったく、油断も隙もねぇな」


「ゴーラド、独り占めせずに一緒に食べようという気はないのか? 私だって母親の手弁当なんてものには縁はなかったんだぞ」


キルナが文句を言い始めた。


「キルナさんもか?」


「ああ。生まれ育ったところには、そういう風習はなかったからな」


よくわかんないな。弁当って、風習なのか?


「俺のところは、なかったわけじゃないが……」


そんなことをもごもご言いながら、ゴーラドは元に位置に戻って座る。


そのあとふたりは、仲良く……ではなく、いささか争うように弁当をつつき始めた。


そうか。前にゴーラドさん、手作り弁当なんて食べたことないって言ってた。それにキルナさんもなんだ。

それにしても……


ティラは、じわじわ嬉しくなってきた。そして反省もした。


冒険者なのに、弁当持ちなんて恥ずかしいと思ってたけど……そんな考えはよくなかったな。

弁当を持たせてくれる母には、感謝するべきなんだなぁ。


ふんふんと頷いていたら、ジジジーと不穏な音がし、慌てて視線を肉に戻す。

いっけない。焦げちゃう寸前だ。


急いで肉をひっくり返し、ふうと息を吐く。


よし、魔鼠のあぶり焼きもいい感じだね。

受け皿にそれぞれ盛り付け、一緒に焼いておいたお芋と葉物も添える。味が偏らないように種類の違うスパイスを振りかけた。


「できましたよぉ。はい、どうぞ」


ふたりに同時に皿を差し出す。


「旨そうだな」


キルナは嬉しそうに受け取ったが、ゴーラドさんは一拍遅れる。どうも空になった弁当箱を、ずっと見つめていたようだ。


「あ、……美味しかったよ、ティラちゃん。すっげぇ、うまかった。お袋さんにお礼を言っといてくれな」


あれっ? なんでゴーラドさん、涙目なんだろう?


「感激しすぎたらしいぞ。それと、私と奪い合うように食べたせいで十分に味わえなかったのが残念だったんだろうさ」


キルナは意地悪そうにくっくっと笑う。


「キルナさん!」


ゴーラドが叫ぶが、キルナはにやついているだけだ。


まったくキルナさんってば困ったもんだ。

そんなキルナをゴーラドは恨めしそうに見つめている。


しかし、感激かぁ?

ゴーラドは弁当を包みなおしティラに返してきた。それを受け取り、改めてゴーラドにてんこ盛りの皿を渡す。


キルナさんの皿は魔鳥だけだけど、ゴーラドさんには特別に魔鼠のあぶり焼きも分けてあげた。


「ほんと旨そうだな。ありがとうなティラちゃん。こいつもご馳走になる」


「どうぞどうぞ。スープもあるし、お替わりいっぱいありますからね」


ふたりにスープも手渡し、自分も食べ始める。

口中に広がるジューシーな魔鼠の肉。


「やっぱり美味しいなぁ。魔鼠、最高!」


咀嚼しながら腕を上げ、声を飛ばす。


「は? マネズミ……と聞こえたんだが……まさかな、聞き間違いだよな?」


戸惑うゴーラドが呟く。


「間違いなく、魔鼠だ。昨日の依頼でティラが退治したやつだ。ゴーラド、うまいか?」


「な、なんで俺に聞く……ま、まさか……」


ゴーラドは自分が手にしている魔鼠のあぶり焼きの食べかけを凝視し、固まってしまった。

そして空いている手のひらで口を覆う。


するとキルナが、何やらゴーラドに耳打ちした。ゴーラドは目を瞠ったままコクコクと頷いている。


キルナさん、何を言ったんだろう?


「ゴーラドさん、美味しいでしょ?」


そう尋ねたら、ゴーラドは口を動かさず、ティラを見つめてくる。

首を傾げたティラは、ゴーラドと目を合わせたまま、無意識に手にしている魔鼠にかぶりついた。


ゴーラドは魔鼠のあぶり肉を見つめ、少し考え込んでから口を開いた。


「あ、ああ……旨い。驚いた。魔鼠がこんなにうまいとは知らなかった」


気持ちを溜めるようにゴーラドが呟く。



「でっすよねぇ」


賛同を得られ、にまにましてしまう。


「キルナさんも食べます?」


「いや、私はいいっっ!!」


全力で拒否されてしまった。なぜだろう?




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