第30話 ゴーラド 〈戦慄く事実〉



そうか、あの町から出て行くことにしたのか……


がっかりしたが、それは当然のことだろうとゴーラドも思う。


ティラがとんでもない回復薬を持っていることを、大勢の冒険者に知られた。魔獣討伐では、どんなに用心していても負傷することがあるし、月に何人かは命を落とす。それは冒険者の宿命なのだ。


だが今回、瀕死のミーティーがティラの回復薬によって助かった。その事実は、今後どんどん広まっていくだろう。そして、みんなティラの回復薬を当てにするようになる。

だから、ふたりはあの町を出るほかないと決断したんだ。


そして、その回復薬を当てにしたくてならないゲス野郎が、ここに一人いるってわけだ。


くっそぉ。


できればふたりと一緒に行きたい。ずっとパーティーを組んでいたい。だが……そうもいかねぇなんだよなぁ。


病に伏せっている兄を見捨てられないし、彼らの生活をこれからも支えてやらなければならない。


けど、瀕死のミーティーを救ったほどの効力を持つ回復薬を、ティラから譲ってもらえれば……救えるかもしれないのだ。


ゴーラドはティラに目を向けた。視線に気づいたティラが、うん? って感じで見つめ返してくる。


回復薬を譲ってほしい。もちろん金はきっちり払う……


その言葉を言おうと思うが、なかなか声に出せない。


「二日酔いが辛いんですか?」


一歩近づき、心配そうに顔を覗き込まれ、ゴーラドは苦い笑いを浮かべてしまう。


「ああ」


それだけ言い、周りに目を向ける。


ここでこれから昼飯にするつもりのようで、色々並んでいる。

その視線に気づいたようで、ティラが昼食に誘ってきた。


「これからお昼ご飯作るんですよ。ゴーラドさんも食べますよね?」


断りの返答をするのも変なので頷く。


「それじゃ、出来上がるまでこっちの岩に腰かけて休んでてください」


ティラに促され、ありがたく座らせてもらった。するとキルナが隣に腰かけてきた。

窺うような視線を向けられ、目を合わせられない。


「よっぽど辛いようだな」


少々からかい交じりだが同情のこもった声で、内心を知られていないとほっとする。

しかし、すでに二日酔いの症状はないわけで、嘘をついていることに罪悪感を抱いてしまうが。まいったなぁ。


顔を俯けて頭をごしごしと掻く。


「ティラにもらった回復薬を飲んでみたらどうだ」


そんな提案をされ、すでに飲んだともいえず顔が歪む。


そこでハッと気づいた。

そうか、俺の貰った回復薬は、やはりミーティーを助けた物とは違うんだな。そう考えてほっとする。


そりゃあ、そうだよな。


「なあ、ティラちゃん。昨日俺が貰ったやつは、疲労回復の薬だったんだよな?」


鍋をかき混ぜていたティラが首を回し、顔を向けてきた。


「そうなんですよね。回復薬に色んな種類があるとは知らなくて、両親に呆れられちゃったんですよぉ」


唇を尖らせてティラはしゅんとする。


うん? 回復薬に種類があることを知らなかったってのは……


「つまり、どういうことだ?」


「つまりだな、お前が貰った薬は、ミーティーにぶっかけた物と同じなんだそうだぞ。こいつはそれしか持っていないそうだ」


え? そ、それって……


「お、俺……まさか、俺……」


事実を知って身体が戦慄く。


「ああ、そういうことだ。お前は千切れかけた手すら完全回復させてしまう薬を、疲れを取るために浴びるように飲んだってことだな」


キルナのからかうような冗談に付き合う余裕はなかった。


頭が真っ白だ……


一番知りたくなかった事実を聞いてしまった。


の、残りは……三分の一ほどだよな。それで兄貴を回復させられたりは?


試してみる価値はあるよな。それでダメなら、ティラちゃんに正規の値段で買い取らせてもらうんだ。そうすれば、必ず兄貴を救える。


「ち、ちなみにだが……その回復薬の値段ってどのくらいなんだ?」


「さすがにそれは気になるよな?」


キルナは気楽そうに笑って言う。


こちらはもう笑うどころではないのだが……


「ティラ、わかっているのか?」


「はっきりとはわかりません。母から持たせられたもので……ああ、でも……」


ティラは顎に指を当ててしばし考え込む。


「納品に付いてった時に……三本で、白金貨三枚受け取ってたかなぁ」


「一本白金貨三枚か……うむ。妥当なところだろうな」


キルナは平然と言うが、こっちは卒倒しそうだ。


確かに死にかけてる人間を復活させるほどの薬だ。そのくらいしてもおかしくない。

だが……そんな大金、今の俺じゃ、とてもじゃないが払う当てがない。

それでも何とかしなきゃ、兄貴を見殺しにすることになる。


よし。まずは手持ちの薬を兄貴に飲ませよう。

それで少しでも効くようなら……その時は頭を下げて譲ってもらおう。ティラちゃんが何と言おうと、必ず全額払わせてもらう。


「あの、ふたりはマカトの町を出て、どこに行くんだ? もう目的地を決めてるのか?」


ふたりに問うと、キルナが地図を見せてきた。


「ここだ。パッサカ。ゴーラド、お前は行ったことはあるのか?」


「いや、ない」

出身地の村からさほど遠くはないようだが、そんなに大きな町でもなく、わざわざ行くようなところではない。地図によればギルドはあるようだ。


「湖に精霊がいるらしいんだ。それを見物に……と言っては、精霊の不興を買うか……まあ、面白そうではあるだろ?」


精霊? また、馴染みのない単語を……


「そんなものがいたのか。で、しばらくはそこを拠点にして依頼を受けるのか?」


ならば、いったん実家に戻り、あとで合流させてもらえそうだ。


「拠点にするかはわからないな。つまらなそうだったら、すぐに移動するさ」


つまり、ここでふたりと別れたら、もう二度と会えないかもしれないという事か。


「けど、数日はいるんだろう?」


「まあ、数日くらいは……しかし、なんでだ?」


「あっ、もしやゴーラドさん、わたし達と一緒に行こうって、考えてくれてるんじゃないですか?」


それまで黙って聞いていたティラが、嬉しそうに話に混じってきた。


「ああ、そういうことか。いったんマカトに戻って、それから合流したいってことだな?」


何やら勝手に解釈してくれたようだ。

そういうつもりじゃなかったのだが……そういうことにしておこうか。実際はマカトに戻るわけではなく、実家に戻ってから合流するのだが……


正直に言う必要もないよな。兄貴のことは、まだ伝えられないし……

残っている薬が効いてさえくれれば、ふたりに兄の病について話す必要もない。


ティラちゃんなら、無償で助けてくれるとわかるからこそ、言えねぇよな。

あの時みたいに、仲間なんだから当たり前とか笑顔で言いそうだ。

だからこそ、気安く甘えたくない。


「ああ、そうしたい」


ゴーラドが頷くと、驚くことにティラが飛びついてきた。

手を取り、ぴょんぴょん跳ねる。


「よかったぁ。もうお別れだと思ってて……ゴーラドさん、ありがとう」


なぜお礼を言われるのかわからなかったが、喜んでくれていることに口元が緩んでしまうゴーラドだった。





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