第29話 ティラ 〈嬉しい再会〉
「あっ、あそこがよさそうですよ、キルナさん」
川沿いに座れそうな岩場があるのを見つけ、ティラは先に駆けて行った。
ニメートルほど下に川が流れている。座り心地のよさそうな岩に腰かけ、ティラは川に向かって足をぶらぶらさせた。
キルナもやってきて、隣に腰かける。キルナは、ティラのようにぶらぶらさせることはせず、格好よく足を組んだ。すらりと足が長いから、そんなポーズもめちゃくちゃ決まる。
キルナさんって、普段から姿勢いいもんねぇ。剣筋も見事だし、魔力もそうとうある。当然魔法も使えるはずだけど、使っているのはまだ見たことが無い。わざと使わないようにしてるようでもあるよね。
キルナさんは、なんで冒険者をやってるのかなぁ?
やっぱり、単に楽しいからかな? なら、わたしとおんなじだね。
もうお別れだと思ったのに、これからも一緒に冒険できるんだよね。
あのあと、『まずは向かう町をどこにするか決めようじゃないか』とキルナが提案してきて、立ったままなのもなんだからと、休憩を取れるような場所を探してここへとやってきた。
まあ、その途中、中型の魔獣数頭と出くわし、襲ってきたので狩っておいた。お昼にちょうどいい。
あっそうだ。この間に血抜きしとこう。
思いついたティラは、岩からポンと飛び降りて、川にザブンと浸かる。腰ぐらいまであった。
「お、おい、ティラ。何やってる?」
「これですよ」
岩場の上にいるキルナに、魔獣の亡骸を見せてから川に沈めた。
「わざわざ川に入ることもないだろう?」
「川の位置が低いから、こうしないとできないですもん」
川の両側は崖だからね。
「それにしたって……着替えはあるのか?」
着替え? 確かに持ってはいるけど……
「着替えの必要はないので……」
そう答えつつ、魔獣をゆらゆら揺らすようにして血抜きを促す。するとキルナがくっくっと笑う。
「力持ちだな。それも魔道具の力なのか?」
魔道具?
首を傾げたが、キルナは返事を望んでいるわけではないようで、空を見上げて立ち上がった。
「旨そうな鳥がいるじゃないか。私はあれを狩るとしよう」
確かに、そこそこ大きな魔鳥が上空で旋回している。
ああ、わたしが血抜きしてるこいつを狙ってるんだな、あれ。
鷲掴みで持ち去れると踏んでるかな。
「キルナさん、もうすぐきますよ」
そう声をかけたら、キルナはわかっているというように頷く。
こういうやりとり、新鮮で楽しいなぁ。
にやけていたら魔鳥が急降下してきた。鋭い爪を突き出してこっちに向かってくる。だが、その途中でキルナの剣が首を斬る。
ボチャンと頭だけが先に川に落ちてきた。
ティラは流れていきそうになるそれを掴み取った。そこで胴体の方も落ちてきたが、まず頭をキルナに向かって投げ、胴体を受け止めた。
あとは一緒に血抜きだ。
「お昼ごはん、豪勢になりましたね」
上を見上げて、大喜びでキルナに告げる。するとまたキルナは笑い出した。
「お前といると、退屈しない」
「わたしもでーす」
そう返事をしたけれど、ちょっぴり気持ちが沈んだ。
ここにゴーラドさんもいたなら、もっと楽しかったかなぁ。
血抜きを終えたらキルナのいるところに獲物を放り投げ、自分も崖の岩を蹴り上げて戻る。宙に浮いて戻る方が簡単だけど、飛べることは内緒にしとくように両親に言われたからね。
「お昼の下ごしらえ、先にしちゃいますね」
「その前に着替えたらどうだ。濡れたままでは気持ちが悪いだろう」
「濡れてないので、着替えの必要はないんです」
「濡れてない?」
怪訝な顔でキルナは近づいて来て、ティラの服に触れる。
「確かに濡れていないな」
確認して納得してもらえたようなので、ティラは作業に戻った。
ポーチから炊事道具を取り出し、調理がしやすいように設置していく。
「慣れたものだな」
キルナが感心したように言い、「薪がいるだろ。探してこよう」と歩いて行こうとする。
「コンロがあるので大丈夫ですよ」
「コンロ?」
「これです」
固形燃料入りのコンロだ。これも母の作ったもの。
「便利なものを持っているな」
「これを捻ると温度調節もできるんですよ」
説明しつつ、鍋を置きまずスープを作る。その間に魔鳥をさばく。
「魔鼠もいかがですか?」
「いや、私は魔鳥だけで十分だ」
「そうですかぁ。それじゃ、わたしのぶんだけ」
いそいそと魔鼠を取り出し、下ごしらえする。
母に半分渡したけど、まだまだいっぱいある。しばらくは魔鼠を食べられるなぁと、自然と顔が弛む。虫氏と笑っていたら、キルナの視線を感じた。
「なんですか?」
そう聞いたら、「いや、なんでもない」と顔を逸らされた。無茶苦茶何か言いたそうだったけどなぁ?
ひとまず下ごしらえを終えたところで、キルナと今後を話し合うことにした。
「わたしはどこでもいいですよ。キルナさんが行きたい町とかあるのなら、そこで」
「この国は初めてなんだ。ギルドでもらった地図があるが、どこがどんな町かなんてわからない」
わたしも、そんなに知らないんだけど……
「あの、キルナさん」
「うん?」
「やっぱり、ゴーラドさんにお別れ言いたいなって」
「……そうか」
「けど、あの町に戻るのはやめた方がいいですよね?」
「そうだな。……わかった。なら、昼飯を食ったら私一人で町に戻るとしよう。それでゴーラドをここに連れてくる」
「お、お願いしていいですか?」
「ああ」
キルナさん、いい人だぁ。感激にティラの瞳が潤む。
「キルナさん、ありがとうございます!」
「気にするな。私も別れの挨拶をしておきたい」
手間をかけてしまうのは申し訳ないけど、ほっとした。やっぱり、何も言わぬままでは心残りだ。
「ゴーラドに別れの挨拶をしたら、次の町に向かうとしよう。夕方までに辿りつけるところがいいが……距離的に、このパッサカという町はどうだろうな?」
キルナが指さす地図の場所に目を向ける。
パッサカか、そこなら両親と行ったことがある。
「マカトより小さくて、そんなに特色のないところでしたけど、近くに大きな湖があって、そこには精霊さんが住み着いてますよ」
「ティラ、まさか精霊に会ったことがあるというのか?」
「はい。なんか困り事があったみたいで、両親が相談に乗ってあげるために行ったんです」
「……」
キルナが黙り込み、じーっと見つめてくる。
「キルナさん? どうかしました?」
「いや……お前の……いや……」
どうしたのかキルナがひどく口ごもる。だが、その時、ティラは人の気配に気づいた。こちらに近づいてきている。
視線を向け、ティラは勢いよく立ち上がった。
まだ遠いけど、あれは間違いなく……
「ゴーラドさん!」
追いかけてきてくれたんだ。あれっ、でも、よくここにいるのわかったな?
ゴーラドは手を振りながら駆け寄ってきた。
「ようやっと見つけたぜ」
「なぜ、私たちの場所が分かったんだ?」
キルナが眉を寄せて聞く。
「もちろんこれさ」
ゴーラドが見せてきたのは、地図だ。
「地図がどうした?」
「あれ? 俺よりランクの高いキルナさんが知らないはずないよな」
「なんのことだ?」
「いやだから、ギルドにパーティーメンバー登録すると、この地図で仲間の位置を確認できるんだ」
「そんな機能がついてるのか?」
驚きとともにキルナが言う。
「これまでパーティーを組んだ経験がなかったんだ。ずっとソロだったからな」
「ああ、そういうことか」
なんだか面白かった。ベテランでランクも高い冒険者のキルナさんでも、知らないことがあるんだね。
「ところで、依頼も受けずにいったいどうしたんだ?」
「それが色々あって」
「ああ、そうだった。ティラちゃん、死にかけてたミーティーを救ってくれたんだってな。あいつは俺のダチなんだ。本当にありがとうな」
そうか、ゴーラドさんもすでに知っていたか。説明する手間が省けていいけど……
「私たちは、あの町を出ることにしたんだ」
キルナが言うと、ゴーラドは驚いたように目を見開いた。
「……そう、なのか?」
「ああ、ティラの持っている回復薬の効き目がとんでもないことを知られた以上、あの町にはいられないからな」
ゴーラドはしばし無言になり、それから「確かにそうだな」と同意する。
あれっ? ゴーラドさんがしょんぼりしてるように見えるんだけど。
「ゴーラドさん、どうかしたの?」
「え? な、なんでもない……その、実は二日酔いでな」
ゴーラドが笑って言うと、なぜかキルナも笑いを堪える。
「キルナさん、あんたは俺以上に飲んだと思うんだが、大丈夫なのか?」
「酒など、私にとっては水同然だ」
豪語するキルナに、ティラはくすくす笑ってしまう。
うちの父さんも、よくその言葉を口にするんだよねぇ。
キルナさんって、まるで男の人みたい。そんなこと口にしたら、怒られちゃうだろうけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます