第28話 ゴーラド 〈仲間なればこそ〉
宿を引き払ったゴーラドは、まっすぐギルドに向かった。
朝飯を食っていないので腹も減っていたが、まずはキルナとティラ、ふたりと合流したい。
ふたりの姿はやはりギルドにはなかった。受付でふたりについて尋ねてみたら、今日はまだ依頼を受けていないという。
つまりまだ町中にいるってことか。
そこでハタと気づく。
ああ、そうか。ふたりはきっと俺のことを探してくれてんだな。一緒に依頼を受けようと思ってくれたんだろう。
しまったなぁ。キルナさんに俺の宿を教えておけばよかった。
それじゃ、早いとこ、ふたりと合流しなきゃな。
そこで思い出した。いいものがあるじゃないか。
ゴーラドは荷物から地図を取り出す。これは、Aランクの冒険者にギルドから与えられる特別な地図だ。パーティーメンバーの居場所を、把握できるようになっているのだ。
昨日、トードルの依頼を受けた時、ギルドにパーティー登録をしたそのままなので、ふたりの居場所は地図上に表示される。
ほんと便利な代物だよな。
地図を確認してみたら、ふたりは町の外にいた。
あれっ? どういうことだ、これ?
依頼を受けていないのに、なんで町の外にいるんだろうな?
よくわからないが、ともかく追いかけるとするか。
ギルドから出て歩いていたら、背後から「ゴーラド」と呼びかけられた。振り返ってみたら、夕べ一緒に酒を呑んだニルバとミーティーだ。ふたりともずいぶんと清々しい顔をしている。
なんだよ、二日酔いで苦しんでたのは俺だけか? まあ、俺はもともと酒が強くないからな。
なんとなく、理不尽なものを感じる。
「ゴーラド、お前キルナさんを知らないか?」
「キルナさんに、何か用があるのか?」
「あるもあるある。実はな、ゴーラド。俺ら、とんでもない目に遭ったんだ」
とんでもない目に遭った?
そう言う割には、ずいぶんと楽しそうだ。
すると、なぜかニルバが背を向ける。
ゴーラドはぎょっとして、目を見開いた。
なんとニルバの背は血まみれだったのだ。
「ど、どうしたんだ、その血。……魔獣の血なのか?」
「実はミーティーの血なのよ」
愉快そうに言われたその言葉に、眉が寄る。
「なんだって?」
驚いてミーティーを見るが、怪我などしているようではない。
「ゴーラド、聞いて驚け」
ニルバはそんな前置きをして、彼らに起こった事の顛末を話し始めた。
いつものように、早朝、依頼を受けて森に出かけた。だが、魔獣を仕留めているところにもう一体現れ、気づくのが遅れてミーティーがやられた。ニルバはなんとか魔獣を撃退し、ミーティーを担いで必死に逃げ帰った。けれどミーティーは深手を負っていて、とても助からない状態だったという。
片手は千切れかけ、腹部も噛み切られたというのだ。
「元気そうに見えるが」
手はちゃんとくっついているし、普通に動けている。
「それがな、どこからともなく不思議な娘が現われてな」
不思議な娘?
その言葉に、ティラが頭に浮かんでしまう。
「瀕死のミーティーに、わけのわからねえ液体をぶっかけたんだ」
「ほお」
「そしたら、ミーティーがひどく苦しみ始めてな。最初は毒をぶっかけられたと思ったんだ。けど、そのあと、みるみるミーティーの傷は治っちまったのよ。千切れかけてた手も元通りになっちまった。信じられるか?」
ち、千切れかけてた手が元通りになっただぁ?
「マジか?」
「おうよ。嘘じゃねぇ。大勢の野郎が目撃してる。とんでもない回復薬だろう?」
確かにとんでもない。
「で、その娘に礼をしようと思ったんだが、礼はいらねえって消えちまったんだ。いまも、みんなで手分けして探してもらってるんだがな」
それがティラちゃんとは限らないよな?
千切れかけた腕が元通りになってしまうほどすさまじい効力のある回復薬を所持している娘がこの町にいて、たまたま瀕死のミーティーと出くわし、あっさりと助けて消えた。
うーん……
やはりそれは、ティラではないかという考えが消せない。
もちろん俺が貰った回復薬は、ただの疲労回復の薬のはずだ。そんなとんでもない回復薬なんかじゃなかったはず。
そうであってほしい。
俺が飲んだあの回復薬が、そんなとんでもない回復薬だったとしたら……俺はただの疲労のために、そして二日酔いのためなんかに、使ってしまったことになる。
ちょいと眩暈がしてきた。
もしそうだとしたら……あまりにもったいない。愚かな自分をぶん殴りたくなってしまう。
いま病に伏している兄貴に使えば、回復させられたかも……
「おい、どうしたんだ、ゴーラド。なんか顔色悪いぞ?」
「ああ。ちょっと二日酔いでな」
頭を押さえて苦い顔で言ったら、ニルバとミーティーが笑う。
「そうだった。この最近一緒に呑んでなかったから忘れてたが、お前あんまり強くなかったよな」
無理に笑い返し、先ほどの考えをきっぱり否定する。
さすがにそんなとんでもない回復薬を、あの時の俺にくれたりはしないだろう。あれはただの疲労回復薬だったはずだ。間違いない。
「ニルバ、そんな話はあとでいいだろ。それより大事な話があるんだからさぁ」
「ああ、そうだった。それでなゴーラド、どうもキルナさんはその娘と知り合いみたいなんだ」
「え?」
「その娘に引っ張られて、キルナさんは一緒に行っちまったんだ。しかも、弾丸並みの速さでな」
「あれには驚かされたよなぁ」
「ともかく、そんなことだから、キルナさんはあの子のことを知ってそうなんだ。ゴーラドは、キルナさんとパーティー組んだくらいだし、それなりに親しいんだろ?」
「ああ、まあ……」
口ごもりつつも肯定したら、ミーティーが「よかった」と嬉しそうにする。
なんてこった。やっぱりティラちゃんだったのかよ。
「ゴーラド、キルナさんに、あの娘と会わせてくれるように頼んでもらえないか」
ニルバが頼み込んでくる。
会わせるくらいなら、いいのか?
だがゴーラドは頷けなかった。今になって気付いたのだが、彼らを遠巻きにして会話に耳を傾けている連中がいるようだ。
そうか、あいつらティラちゃんの普通ではない効き目の回復薬に、興味を持っているんだ。
ティラちゃんから無理やり奪おうなんて気はないにしても、面倒に巻き込まれるのは必須か。ここはうまく断った方がよさそうだな。
「いや、パーティーを組んだのは昨日だけでな。今日はどこにいるかもわからないんだ」
「なんだ、そうか。残念」
ニルバとミーティーは揃って肩を落とす。聞き耳を立てていた連中も、その場から去っていくようだ。
「もしキルナさんに会えたら、頼むな。で、また飲もうぜ」
「ああ。とにかくミーティーが無事でよかった」
ふたりは、またティラを探しに行くつもりなのか、手を振って駆けて行った。
ティラとキルナの後を追うため、ゴーラドも町の外に向かった。
ティラちゃんは、とんでもない回復薬をまだ持っているんだろうか?そんなすごい効き目の薬ならば、兄貴の病を治せるかもしれない。
兄のことはもう諦めるしかないと思っていた。だが、微かな希望が見えた。
ならば助けてやりたい、なんとしても!
ティラに頼んで薬を分けてもらおう。
もちろん金を払って買わせてもらうつもりだ。どれだけ高くても……
ああ、けど……あのティラちゃんなら、無償で提供するとか言いそうだよな。それだと困るんだが……
仲間なればこそ、甘えるわけにはいかない。
ゴーラドは顔をしかめ、走る速度を上げた。
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