第33話 ティラ 〈残念無念〉
「着いたみたいですね」
「ああ、思ったよりもかからなかったな」
目の前にはパッサカの町。
精霊の住む湖は町からそんなに遠くないのだが、この位置からでは見えない。
一度来たことがあるものの、それはだいぶ前のことだ。
けど……あんまり変わっていないみたいだなあ。あの頃と同じに素朴な町って感じ。もちろん悪くない。
何より町全体が清潔だしね。それが一番大事だよね。
清潔ってことは、町が荒れていない証拠。町の責任者がしっかりしてるんだろうな。
まあ、近くに精霊を抱えてるってことも理由かな。町をうまく維持できなくなれば、精霊は見切りをつけていなくなってしまうだろうからね。
せっかくここまで来たなら、一度会いに行きたいなぁ。
とはいっても、精霊が拒否すれば会うことも叶わないけどね。
「田舎だな」
周りを見回し、キルナが言う。
けど、悪い感じじゃない。それを喜んでいる声音だ。
「キルナさん、ちょっと小腹が空きません?」
そう言いつつ、目についた屋台に向かおうとしたら、首根っこを掴まれ、足が浮く。
「キ、キルナさん!」
通行人が、ぶら下げられているティラを見てくすくす笑っている。
すぐに下ろしてはくれたが、頬を膨らませて抗議する。
「恥ずかしいじゃないですか、やめてくださいよぉ」
「ならば、すぐに食いものに飛んでいくのはやめろ」
「だって、お腹空いたし……」
「まずはギルドだ」
えーっ!
「食べてからでもよくないですか?」
拗ねた目で訴えるも、キルナは無表情だ。
「後回しにしていたら日が暮れる。お前、その前に帰らなきゃならないんじゃないのか?」
ううっ、確かに。
「わかりましたよぉ」
ならさっさと用事を済ませて、帰る前に絶対何か食べるぞ!
そう決意しつつも、未練たらしく、屋台の前で美味しそうに何か食べている女の子を見ていたら、またキルナに首根っこを掴まれた。
有無を言わさず、後ろ向きに引きずっていかれることになってしまった。
ギルドはとても小さかった。それに町同様に質素な建物。
中に入ると、数人の冒険者がいた。受付はひとつで、掲示板自体も一枚しかなく、依頼も少ない。
「ここは拠点にはできないな」
掲示板の依頼を見て、キルナがひとりごちる。
ティラも頷く。
「けど薬草採取の依頼はけっこうありますね。あっ、これ」
ティラは依頼の紙を1枚引っぺがす。
「この薬草の依頼があるってことは、これが生息してるってことですよね?」
ピールという薬草だ。いろんな薬の材料になるので、あればとても重宝する。
「その可能性はあるが……確かではないな」
「そうなんですか?」
「ああ、欲しいやつは依頼を出すだろうが、依頼主がこの辺りにあると知っているとは限らない」
「そうかぁ。けっこう珍しい薬草なんで、あるんならわたしも欲しかったんですけど」
「ならば受付で聞いてみるといい。生息地を知っている可能性はあるからな」
「ですね。聞いてみます」
ティラは急いで受付に向かい、ピールについて尋ねたのだが、生息地は分かっていないとのこと。残念。
肩を落とすティラの横で、キルナが受付の女の人に話しかけた。
「聞きたいことがあるんだが」
「は、はい。な、なんでしょうか?」
受付の人は、キルナを前にして、何やら焦っている。
周りの冒険者もキルナさんを気にしているようだ。
その見た目かなぁ。
どの冒険者さんも、そんなに凄い装備はしていない。そんな中、キルナさんの防具は、ちょっと普通じゃない感じだからねぇ。
漆黒の鎧。うん、やっぱり目立つよね。
そんな周りのことなど気にすることもなく、キルナは地図を取り出し、受付に見せる。
「この地図だが」
「は、はい」
なぜか受付のひとは、前よりもっと焦り始めた。その目は地図を凝視している。
地図がどうかしたのかな?
「パーティーを組むと、仲間の位置が表示されるとのことだが」
「は、はい。ひ、表示、、されるようです」
「ようです? どういうことだ? 確信がない、というように聞こえるが?」
「ちょ、ちょ、ちょっと、お、お、お待ちくださいませぇ」
立ち上がったと思ったら、受付の人は慌てふためいて奥の部屋に駆け込んで行った。
「どうしたんですかね?」
「さあ?」
キルナも首を捻る。
しばらく待っていたら、年嵩の男の人が奥から現われた。
さっと部屋全体を見回したあと、その視線はキルナに向く。そして後ろについてきた受付の人に振り返ると、「この方か?」と受付の人に尋ねた。受付の人はコクコクと頷く。
「お待たせしました。ギルドの地図をお持ちと、お聞きましたが?」
受付のカウンターに置いたままの地図にちらちらと視線を向けつつ、キルナに問いかける。
「そうだが……地図がどうかしたのか? 何か問題でも」
「と、とんでもございません!」
なんか、いまにもひれ伏しそうな雰囲気で男の人は首を振る。
「あ、あの、冒険者カードを提示していただけませんでしょうか?」
キルナはすぐに取り出して見せた。
確認した男のひとが、ガチリと固まった。
うわーっ、時を止めてるぞ、この人。息してないし。
けど、苦しくなったのか、大きく息を吸ってから、「し、失礼しました!」と恐縮して頭を下げる。
なんで失礼しました? 何も謝るようなことはしてないと思うんだけどな。
「こ、このような小さな町に……あ、あの、ご滞在なさるのでしょうか?」
「いや……すぐに出て行く」
「そ、そうなのですか?」
がっかりとほっとした感情が、男の人の顔に交互に浮かぶ。
「この地図について聞きたいことがあって寄ったに過ぎない。驚かせたなら申し訳なかった」
「い、いえ。とんでもございません。このような小さな町のギルドに、足跡を残していただけただけでも感激でございます」
よくわかんないな。なんなんだろう、この会話?
「それで、要件なのだが」
「は、はい。どのような?」
「この地図は、パーティーメンバーを表示すると聞いたのだが?」
「は、はい。そのような仕組みになっております」
「もう一人のメンバーがリーダーで、彼の地図に表示されているのを見てな、リーダーでなければ、地図を持っていても表示させることはできないのかを聞きたい」
ああ、そういうこと。
確かに、キルナさんの地図にも表示させられたら便利だよね。
「もちろんできます。では、地図をお預かりいたします」
男の人は地図を受け取り、奥の部屋に消えた。
その背を見ていたら、立ちん坊の受付の女性と目が合ったのだが、なぜか慌てて、目を背らされた。
まだパニック中のようだ。
なんとなく周りを見回したら、冒険者のひとたちもこちらを気にしてチラチラ見ている。
そこでキルナが背後に振り返り、冒険者たちと目を合わせたようだった。
冒険者たちは、慌てたようにぺこぺことお辞儀する。
キルナさんを恐れてるっぽい。
威圧を発してるわけでもないのに……単に、鎧装備にビビっちゃってるのか?
「お待たせしました」
男の人が戻って来た。地図をキルナに返してくれる。
地図を手に確認しているキルナの横に行き、ティラも覗かせてもらう。
「ほんとだ。ちゃんと表示され……あれっ?」
キルナとティラはパッサカの町にいると表示されているが……ゴーラドの位置がおかしい。
「ゴーラドさん?」
「ふむ。……助かった。では、失礼する」
キルナは受付の人と男の人に軽くお辞儀し、背を向けた。ティラもその後について出る。
「なんか、ギルドにいた人、みんな変でしたね」
「ああ、地図を見せたから驚いたんだろう」
「地図で、なんでびっくりするんですか?」
「お前……頭が回るのに、変なところで鈍いな」
「えーっ。だってわからないんですもん」
「この地図は、Aランク以上の冒険者に配布されるものだ」
「えっ? Aランク以上?」
「そうだ。この地図を持つという事は、Aランク以上だと言っているようなもの。この町にはせいぜいBランク……いや、それすらいないかもしれないな。Cランクがいいところか。そんな町のギルドに……」
「おおっ、わかりましたよ」
ようやく理解でき、ティラは大きく頷いた。
これまで対応したことのない高ランクの冒険者が突然現れたせいで、ギルドの職員さんたち慌てたんだねぇ。
「それで、これからどうするんですか?」
ゴーラドさんと、この町で待ち合わせしたわけだけど……
「ゴーラドさん、マカトに戻るって言ってたのに……全然違うところにいましたよね?」
「何か訳ありなんだろうな」
「どっちにしろゴーラドさんがやってくるまで、この町で待つんですよね?」
キルナさんは今夜はここに泊るんだろう。わたしも、まだ夕暮れまで時間があるし、町中を散策して、屋台であれこれいただいてから家に帰るかな。
精霊さんの様子を見に行くのはまた明日にして。
「いや、もう出る」
「えっ、今夜ここに泊るんじゃないんですか?」
「そうしようと思っていたんだが……お前だって、あいつがどこに向かったのか気になるだろ?」
「それはまあ」
「よし、行くぞ」
キルナは、町の外に向けて駆けだす。
そ、そんなぁ?
だが異議は聞いてもらえそうにない。
屋台の旨そうな匂いに後ろ髪をひかれつつ、キルナの後についていく。
ううーっ、残念無念!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます