第26話 キルナ 〈心残り〉



は、速い!


町中の道を、ティラに手を掴まれ、疾走している。


体力にも脚力にも自信はあるキルナだが、ティラは空気抵抗を感じさせないように駆けていく。やはりこいつは常人ではない。


だが、さすがに限度というものがある。

さりとて、それを口に出すのはな。強固なプライドが拒絶するわけで……


結果、幌馬車や荷馬車は言うに及ばず、魔鳥のパムすらあっという間に引き離してしまう。パムに騎乗していた男が、追い越す直前ぎょっとした目を剥いていたのを思い出して、キルナは掠れた笑い声を洩らした。


「なんで笑ってるんですか?」


息も切らさず問いがきた。


キルナはティラに目を向け、首を横に振った。

息が上がってるこの状態で、声など出せるかっ!


「えーっ、気になりますよぉ」


こちらの状況などピンとこないようで、ティラは不服そうに言う。


そうこうしているうちに町を抜けた。そして街道をまっすぐに進む。ティラは最初から町を出るつもりだったようだ。


しかしまさか、ティラが助けたのが、昨夜一緒に酒場で酒を飲んだミーティーだったとは。ニルバもミーティーもキルナと顔を合わせ驚いていた。そして何か言葉を交わす間もなくティラに引っ張られ、あの場を後にすることになった。


だがそれでよかったんだろう。

いいやつらだったが、もうあの町から去った方がいいだろうな。私もティラも……


さて、いい加減この馬鹿げた速度を落とさせてもらうか……


「ティラ……もうかなり……離れたし……もっと、ゆっくりで、よくないか?」


情けないことに、切れ切れにしか言葉が出せない。


ありがたいこことに、ティラは慌てて速度を緩めてくれた。


「ご、ごめんなさい。キルナさんのこと、勝手に引っ張ってきちゃって……わたし、町から遠ざかることしか考えてなくて……」


ちょっと半泣きで謝ってくる。


「いや……、別に……怒って……いるわけでは……」


そう言ったら、ティラは疑いを込めた目を向けてくる。


「でも、声が、ちょっと怖いんですけど……」


これは息切れのせいだ。息切れを悟られたくなくて、無理をしているせいだ。

けれど、速度が緩んだおかげで、息が楽になってきた。


「ところで、どういう状況だったのか、詳しく教えてくれないか?」


「状況? ああ……」


ティラはコクコク頷くと、考えながら話し出した。


「つまりですね、町にやってきたら、血の匂いがして……それで男の人たちがいっぱい集まってて……」


「ミーティーが怪我をしていたわけだな?」


話をサクサク進めようと口を出す。


「はい。片手が千切れかけてて、お腹のところも噛み切られてました。あのままだと数時間で亡くなってたと思います。それで……」


「回復薬を使ったんだな?」


「はい」


驚きで目を見開いてしまう。

なんと凄まじい回復薬だ。そんな威力のある回復薬だとは。

この世にある最上位の万能薬に匹敵……いや、そのものずばりか、あれは最上位の万能薬なんじゃないのか?


そんな瀕死の大怪我を負ったというのに、先ほどのミーティーはピンピンしていた。あり得ない……


思わず絶句してしまう。


普通は、どんなに効能の高い回復薬を使っても、すぐさま起き上がれはしないものだ。傷が塞がっても、数日は養生しなければならない。


「どうして、あそこまで回復させられる?」


思わず聞いたら、ティラは困ったように顔を伏せる。


「やっぱり、不味かったですよね」


どうやら落ち込ませたようだ。キルナはポンポンと優しくティラの頭を叩いた。ティラが顔を上げ、見上げてくる。


「だが、ミーティーを救った。実はな、昨夜、ゴーラドと一緒に彼らと飲んだんだ」


「そうなんですか?」


「ああ、気のいい奴らだった。彼が死なずに済んでよかった。私からも礼を言う。ティラありがとう」


真剣に礼を言うと、ティラは少し考え、それから微笑んだ。


「よかったです」


ちょっと満足そうだ。


それにしても、退屈とは無縁な娘だな。


「なあ、ティラ。その回復薬というのは、昨日お前がゴーラドにあげたものと同じなのか?」


「そうです。回復薬はあれしか持ってないので。オールマイティに効き目があるから、あれ一つで十分なんです」


オールマイティねぇ。


そんなすさまじい回復薬……最上位の万能薬を、ゴーラドは単に疲れを取るために呑んだわけか。


思わず苦笑を漏らしてしまう。


さて、こうなってしまったら……ティラに言っておかねばならないことがある。そう思って口を開いたのだが……


「あの、キルナさん」


いつになく、ティラが真剣な顔になって話しかけてきた。


「なんだ?」


「わたし、他の町に行こうと思います」


ふむ。賢明な判断だな。まさに、私が言おうと思ったことだ。


「それがいいだろうな。回復薬の効き目を大勢が目にした。このことはあっという間に町中の噂になるだろう。そしてお前は、間違いなく面倒事に巻き込まれることになる。誰かが重傷を負うたび、みんなお前の薬を当てにするようになるだろうからな」


「ですよね。実は昨日、ゴーラドさんに薬を分けてあげた話をしたら、いまキルナさんが言ったと同じような忠告を両親からもらってしまったんです」


「そうか。ならば、瀕死の男にあの薬を使えば、こうなることはあらかじめ予想していたわけだ?」


「はい。でも……あの町は大きいから、大丈夫なんじゃないかって軽く考えちゃって……けど、ギルドはひとつで、すぐに見つかっちゃって……それでも、死にかけてたあの人のこと……」


「まあ、見捨てられないよな」


ティラはコクンと頷く。


なるべくしてなったという事だ。

これからだって、ティラは同じ状況に遭遇したら同じことをするだろう。救える回復薬を持っているのであれば、とても見捨てられはしないからな。


ありがたい薬だが、厄介な代物ともいえるな。


「なので、キルナさんともここでお別れですね。あの、ありが……」


「私も一緒に行くさ」


「えっ、キルナさん?」


「私はあの町に来たばかりだ。別にあの町になんの未練も縛りもないからな」


「う、嬉しいです! せっかくお仲間になれたのに、お別れするのは寂しいなって思ってたんです」


ティラは涙で瞳を潤ませながら、キルナを見上げてくる。


くっそぉ、可愛いなぁ。


にやつきそうになるのをなんとか我慢する。


そしてキルナは、別の意味でもにやつきそうになる。これでゴーラドの奴を出し抜けると。


あいつは悪い奴ではないし、腕も立つようだが、ティラに馴れ馴れしくしすぎるのがむかつく。


「けど、ゴーラドさんにお別れが言えなかったのが、心残りです」


「まあ、こうなったんでは仕方がないな」


ゴーラドの奴、まったく姿を現さなかったが、たぶん、二日酔いでひっくり返っているのに違いない。


昨夜、私がしこたま飲ませたからな。


「ゴーラドさんとも、もっと一緒に冒険したかったです」


寂しそうなティラの様子に、キルナは黙り込んだ。

確かに、私も楽しかったか……


ここでゴーラドとの縁を絶ち切るのは、寂しい気がしてくるキルナだった。






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