第25話 ティラ 〈色々面倒〉
「どうしたティラ? お前が息を切らせてるなんて珍しいな」
ギルドに飛び込んだところで、キルナに声をかけられた。
「ああ、キルナさん。は、はい。思わぬ誤解を受け、全速力で逃げて……」
「は?」
「ああ、いえ、なんでもないのです」
もう終わったことだ。わざわざ話題にせずともよいだろう。粉塵を巻き上げながら追ってきた男どもは途中でまけたし、これだけ大きな町なら、出くわす可能性も低いと思いたい。
しかし、キルナさんの顔を見て、なんかほっとしちゃったなぁ。
それに、昨日、弁当持ちの家から通いの冒険者だと知られてしまって、ちょっと呆れていたようだけど、普通に話しかけてもらえたなんて、嬉しいよぉ。
「ティラ、今日はどんな依頼を受ける? Fランクの依頼でもいいし、私の受けた依頼を一緒にってのでもいいぞ」
感激だ。キルナさんから誘ってもらえたよぉ。
「わたしはどっちでもいいですよ。あっ、そうそう、トードルの卵もらってきたんですよ。お昼にどうですか?」
「トードルの卵をもらってきたって、誰に?」
「うちの近くのトードルですよ。今朝こっちに来る前に、久しぶりに行ってみたら歓迎してくれたみたいで、快く卵をわけてくれたんです。昨日のおチビちゃんの親だけあって、ひとまわりでかい卵なんですよ。よかったら見てみます?」
そう尋ねたが、どうしたというのかキルナはティラをじーっと見つめてくるばかりだ。
「あの、キルナさん?」
「いや……色々と予想がついてな」
「予想、ですか?」
「ああ、いいんだ。気にするな。トードルの卵は、依頼を受けた後で見せてもらうとするよ」
キルナは苦笑して言う。
よくわからないけど……気にしなくていいらしい。
そのあとふたりで掲示板の依頼を物色していたら、どやどやと騒々しく人が入り込んできた。
「なんの騒ぎだ?」
キルナが目をやり、ティラも視線を向けてみたら、なんと先ほどの男たちだ。
ええーっ、ギルドにまで追いかけてくるんて。
そう思ったけど、彼らはみんな冒険者のようだ。つまり、ギルドに来るのは当たり前ってことだ。
うわーっ、そうだよねぇ。
この町のギルドはここだけ、顔を合わせなくて済むなんてこと、あるわけなかったんだ。
でも、あの人はすでに回復していて、誤解は解けているはず。と思ったら、男たちは、怪我人に毒をぶっかけて逃げた小娘の話を始めた。
ええーっ! 誤解、まったく解けてませんが! な、なんでぇ?
「いましも息を引き取ろうって怪我人にだぜ」
「毒をぶっかけられた途端、そりゃあもう苦しみだして、見られたもんじゃなかったぜ」
口々に言う。
いえ、だから誤解なんですってば。
おかしいなぁ? 回復してるはずなんだけど。
「ニルバのやつが気の毒でよ。あの大きな図体でワーワー泣きやがって」
「ミーティーとは、いい仲間だったからなぁ」
しんみりとした会話になり、ティラは眉をひそめた。
なんか、死んでることになってない? なんで?
あれっ? まさか、マジで毒の瓶と間違えた?
こっ、これはまずい!
ドギマギしつつ掲示板の陰に隠れようとしたら、キルナから肩を掴まれた。びくーんと肩を震わせてしまう。
「何をしたティラ? 聞かせてもらうぞ」
振り返ると、キルナの目が怖い。
「え、えーと、そのぉ。わたしとしては人助けと言いましょうか……そのはずだったんですけど。もしかすると、毒と回復薬の瓶を間違えたのかも……」
そんなはずはないんだけどなぁ……物凄く自信がなくなってきた。
「ティラ、私があの男たちの注意を引く。その間に、お前はこの場から逃げろ。できるだけ遠くに」
そう言うと、キルナは男どもの方へと歩いていく。
「いったい、どうしたんだ?」
「おおっ、あんたはSSランクのキルナさんだな。聞いてくれよ」
会話を耳にしつつ、ギルドからこそこそと出る。
キルナのおかげで逃げられたものの、ティラはこれ以上ないほど落ち込んだ。
わざとではないにしても、人を殺めてしまったとは……両親になんて言えばいいのだ。
わ、わたし、牢とかに入れられちゃうの?
お先真っ暗だ。
ギルドから遠ざかりつつ自分の未来を暗い気持ちで儚んでいたら、「ああ、あんた!」と前方から声をかけられた。
見ると、先ほどの背中血だらけさんだ。
反射的に逃げようとしたティラだが、血だらけさんの隣にいる人を見て動きを止めた。
あれれ、なーんだ、あの人ちゃんと回復してるじゃない!
盛大にほっとした。
いまはピンピンしていらっしゃる。
「ミーティー、この娘っ子だ。お前を助けてくれたのは」
「そうなのか? あんた、ありがとうな」
「いくらお礼を言っても足りねぇよ。なのに俺ときたら、毒をぶっかけたと思っちまって、ほんと悪かったな」
血だらけさんは、巨体を小さくし、顔をしかめて謝罪してくる。
「いえいえ、誤解だとわかってもらえたなら、それで十分です。ただ、いまギルドにいる人たちの誤解を解いてくださると、物凄くありがたいです。毒を盛ったと信じ込んでいらっしゃったので」
「お、おう、それで俺たちもギルドに向かってたんだ。すぐに誤解を解くよ」
よかったあ。犯罪者にならずにすんだよぉ。
「助かります。よろしくお願いします。それではこれで」
「あっ、ちょっと待ってくれよ!」
走り出そうとしたら、血だらけさんが焦って止めてきた。
「あんなすっげえ回復薬だ。とんでもない値段なんだろう?」
「わたしが勝手にやったことです。そんなこと気にしないでください」
「そんなわけには……」
「おい、あそこにいやがったぞ!」
ギルドの方から突然声が上がり、見ると男たちが殺気立った様子でこちらに走ってくる。ドドドドドッと地響きまで伝わってくる。
うひゃー、おっかない! いくら誤解でも、あの形相は怖すぎるから!
その集団の中にはキルナの姿もあった。彼女は誰より先にティラのもとに来た。
「なんで、さっさと逃げない!」
「毒じゃなかったんですよ」
「えっ?」
ティラはミーティーを指さす。
「この方なんです。ちゃんと回復されてました」
ティラは血だらけさんに向き、「あとの説明、よろしくお願いします」と早口に告げると、キルナの手をがっちり掴んだ。
「もう色々面倒なんで、キルナさん行きましょう」
ティラはキルナを引っ張り、一目散にその場から逃げ出したのだった。
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