第24話 ティラ 〈殺伐からとんずらかる〉




翌朝ティラは、マカトの町に向かう前に家の近くのトードルの巣を見に行ってみた。

いまはもう空っぽかと思ったが、トードルの親はちゃんといた。昨日のトードルより、ずいぶんと大きい。


この最近は、卵を頂戴しに来ることもなかったからなぁ。

よし、せっかく来たんだし、ちょっと挨拶しておこう。


ティラは空に浮かび、一直線に岸壁にある巣を目指す。


「はーい。ひっさしぶりぃ」


元気に声をかけたら、トードルはビクリとしてこちらに振り返ってきた。まじまじと見つめてくる。


「いやだなぁ、そんなに見つめて。元気だった?」


あれ? なんの反応もないんですけど……まあいいか。


「実はね、昨日あなたのおチビちゃんとたまたま再会したのよ。そしたら、卵を三つも分けてもらっちゃった。で、なんか懐かしくなっちゃったんで、こっちにも様子を見に来たの」


うん? どうしたんだろう? なんか顔色が悪くなったような……気のせいかな?


「もしや体調悪いの? 薬あげましょうか?」


良かれと思い申し出たのだが、トードルはぶんぶん首を横に振り、巣の後ろへと下がる。


すると、温めていたらしい卵が三個現われた。

やはりというか、親トードルの卵の方がでっかい。


これって、好きなだけ持っていってくださいってことかな?

別に、そんなつもりはなかったんだけどなぁ。

でも、せっかくの申し出だもんね。ひとついただいていくかな。


キルナさんとゴーラドさんは、トードルの卵を食べたことはなかったみたいだから、あの冒険者用の休憩所にある調理場を使わせてもらって、ふたりにふるまってあげよう。喜ぶといいなぁ。


ひとつ手に取り、それだけで引き上げるつもりだったが、ティラの脳裏に金貨のキラキラがちらつく。


も、もうひとついただいちゃうかな。ギルドで買い取ってもらえるかも。


「ありがとねぇ。また来るねぇ」


トードルにお礼を言い、ティラは颯爽と飛び去ったのだった。


そしてそのあとには、涙目のトードルが……





◇◇◇


あれ、なんの騒ぎだろう?


町の入り口辺りに、大勢の人が集まっている。

その時、血の匂いがかすめた。


これって、人間の血の匂いだ。つまり、あの人だかりの中で誰かが怪我をしているってことだ。


走り寄って行くと、「嬢ちゃん、ダメだ!」と怒鳴られた。太い腕がティラの行く手を遮る。


「誰か怪我をしてるんじゃないんですか?」


「ああ。その通りだ。……ひどい有様だ、あんたは見ない方がいい」


「もう治療を終えたんですか?」


「手の施しようがねぇんだよっ!」


怪我人を心配しての苛立ちから、怒鳴りつけられた。


ティラは眉を寄せ、それから男の人の腕から身をひねるようにして覗き込んでみた。

人垣の間からほんの少しだけ、横になっている人が見えた。


背中が血だらけになっている男の人が、怪我人の名を呼びながら、むせび泣いている。


たぶんあの人、ここまで怪我人を担いできたんだろう。


「助けてあげないと」


知らぬ間に口にしていた。


昨夜の両親からの忠告が一瞬頭をかすめる。

ここで回復薬を使い、怪我人を助ければ、普通の冒険者という、ティラの望んでいる立ち位置から外れかねない。


ティラの持つ回復薬を欲しいと思う者も当然出てくるだろう。冒険者は常に危険と隣り合わせなのだから……


だからって……ここで助けない選択はないよね!


「はあ? それができるなら、やってるってんだ!」


大声で怒鳴りつけてくる男の腕を押しやり、ティラは壁になっている男たちの隙間に無理やり割り込んでいった。


「なんだこいつ!」


文句を言う男らに構わず進み、ティラは怪我人の側に辿り着いた。


「あらまぁ、ずいぶんとやられちゃいましたね」


思わず顔をしかめて口にしてしまう。

片手が千切れかけており、腹部も無残に噛み切られている。


「お、お前……こ、この野郎! なんて言い草だ! 誰かこいつをここから摘まみ出してくれっ!」


背中を血だらけにした人が凄い剣幕で叫ぶと、何人かがティラを捕縛しようとする。

ティラは伸びてくる手を交わし、ウエストポーチから回復薬を取り出すと、瓶丸ごと怪我人の身体にぶっかけた。それだけでは間に合いそうにないので、治癒魔法も合わせて施す。全身が光に包まれたのを見届けてひとり頷く。


よし、完了。


「うっ、わーーーーっ! わーーーっ! ぐあーーーっ!」


虫の息だった男の人が、苦悶の表情で叫び始めた。


「な、な、な、なにしやがったあ!」


いえ、治療をしたんですけど……


しかし怪我人は、もんどりうって苦しがってるわけで……


「こ、この野郎、瀕死の人間にこともあろうに毒をぶっかけやがったな!」


それは大きな誤解です。ぶっかけたのは回復薬なのですが。

これは怪我治癒の回復時に起きる当然の症状でありまして……なんて説明など、聞いてくれそうな雰囲気ではない。


場が殺伐とした空気に染まったのを感じとったティラは、その場からとんずらかった。


「待ちやがれぇ」


うわーっ、怒涛のように追いかけてくるし。黒い粉塵まで巻き起こってるよ。


これはさっさと町に入り、人ごみに紛れるのが得策。







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