第23話 ティラ 〈学びの決意〉




日が暮れた中、家に帰り着いたティラは、今の事態に顔をしかめつつも、ようやく余裕を持て、ウエストポーチに手を突っ込んだ。

そのタイミングでドアが開く。


「ティラ!」


叱責口調の母の呼びかけ……

ティラは「はいっ」と大きな声を出し、手にした物をずいっと差し出す。


娘から大きな袋を差し出された母は、ティラが狙った通り意表を突かれた様子だ。


よっしゃ! 出鼻をくじけたぞ。


母の背後には父もいて、すべて理解しているのか、その口元はにやにやしている。


父よ、頼む。援護をっ!


心の声を聞き届けてくれたのか、父は母の頭の上でピースをしてみせる。


ちょ、ちょっと父さんやめて! この大事な場面で、吹き出すからっ!


この父の悪いところだ。調子に乗ると、母より厄介。


そんな父と娘のやり取りに気づいているのかいないのか、母はともかく袋を受け取った。そして中身を確認する。


「あ、あららー」


よ、よーしっ。その口調、機嫌ちょいと好転!


「魔鼠です。母上様、どうぞ、どうぞ、お納めください」


ちょっと演技が過ぎたかもしれないが……母の口元が笑いそうになった。


「まったく……初日から約束をやぶるとか……」


うっ! やはり誤魔化されてはくれなかったか!


母の好物である魔鼠……久しぶりだったと思うんだけど……

こんな捧げものごときでは、やはりダメだったか。


肩を落としたが……その肩にポンと手が置かれた。


顔を上げると、母が仕方なさそうな目を向けてくる。


「今回だけよ」


そう言って、家の奥に戻っていく。しかもご機嫌な様子で手にした魔鼠入りの袋をぐるぐると回しながら。


ゆ、許してもらえたつ!


安堵から「はあっ」と大きく息をつく。


「いい手土産を持ち帰ったじゃないか。どこで捕まえたんだ?」


「ギルドで魔鼠退治の依頼があって」


「ほおっ。場所はどこだ!」


父が詰め寄ってくる。

これは場所を聞いて捕獲に行くつもりだな。で、妻にいいとこ見せようって魂胆だろう。


「教えられません」


「えーっ、なんでだよぉ」


「貧しい村なの。村人さんたち、これから魔鼠を食料にするつもりだもん。父さんに横取りされたら、困るよ」


「ふーむ。お前、魔鼠の捕獲方法と調理法を彼らに伝授したな?」


あれっ? 父さんの表情がちょっと険しくなったような……


「したけど」


しちゃいけなかったのか?


「口止めはしたか?」


ずいっと顔を近づけたうえの迫力のある声に、ティラは思わず一歩退いた。


「く、口止め?」


「魔鼠は食料ではないという世の中の常識が覆るじゃないか」


「それっていけないことなの?」


「いけないうんぬんではないんだ。つまりな……」


「あなたー、ティラぁ。そんなところでいつまでも何やってるの? ご飯にするわよぉ」


母が呼びかけてきた。父は即座に話をやめ、ティラを促し台所に向かってしまう。


えーっ、話が中途半端なままなのにぃ。


村人さんたち、どうなっちゃうの?


あー、やきもきするぅ。




夕食の食卓には、持ち帰った魔鼠のスパイス焼きが追加されていた。


さすが母さん、手早いな。

まあ、自分が食べたかったからだろうけど。


その証拠に、母の前には、ティラや父の皿より倍ほどのスパイス焼きがある。

そして母はさっそく手に取りかぶりつく。


「うーん、ジューシーねぇ。あー、この口中に広がる旨味、最高だわ!」


そんな母を見ていると、こちらも生唾が湧き空腹感が増す。

村人さんのことは気になりつつも、ティラもさっそく魔鼠のスパイス焼きにかじりついた。


「う、うまいっ!」


自分もそこそこうまく仕上げたと思ったけど、やはり母の腕にはかなわない。足元にも及べていない。


満足するまで食べ、最後にミントティーを啜ったところで、両親から出かけていた間の報告をするよう求められた。


「うんっとねぇ。まずギルドに行って冒険者登録させてもらおうと受付に行ったの。そしたら、受付の人が相手してくれなくて」


もう過去の話なので、受付の人に対しての腹立ちはない。淡々と伝えたら、父がにやつく。


「だろうな」


うん?


眉を寄せたら、なんと父は「そりゃあ、お前の服装は冒険者のそれじゃないからなぁ」と愉快そうに笑う。


「えーっ、そう思ってたなら、言ってくれればいいのにぃ」


とは言っても、親に養ってもらっている身でもあり、着るものなどすべて母が用意してくれたものしかない。冒険者たちのような防具の胸当てとか鎧とか持ってはいない。


まあでも、冒険者になったんだもん、これからは自分で稼ぐ。防具なんかもそのうち揃えられるよね。


「魔鼠の依頼を受けたってことは……」


いっぱしの冒険者のように武装して格好をつけている自分を夢想していたら、父の言葉が意識に入り込んできて目を向けた。


「無事登録できたんだろう?」


ティラはこくりと頷いた。


「実はね、昨日話したキルナさんが、受付の人に試練をやらせてやってくれって頼んでくれたの」


「ああ、漆黒の」


「そう」


おかげで試練もクリアできて……あっ、そうだ。


「ちょっと待ってて」


ティラは立ち上がり、自分の部屋に置いているウエストポーチから冒険者証のカードを取ってきて両親に見せた。


受け取った父は、カードを裏表見て、「+5?」と聞いてくる。


ティラは大きく胸を張った。


「初日から+5だよ。凄いでしょ?」


「確かにな。冒険者のランクというのは、そうそう上がらないもんだからな……そうか、魔鼠か」


さすが父。すぐに悟ったようだ。


そのあと、ゴーラドさんと仲良くなったことも話し、三人でトードルの卵を手に入れた経緯も面白おかしく報告する。


「お古のポーチ、おふたりに上げたの?」


母に聞かれ「うん」と返事をする。


「新しいのもらったから、お古のはもう必要ないし、ふたりともとっても喜んでたよ」


「そう……」


父と母は顔を見合わせる。


その様子に、ティラは眉を寄せた。あげてはいけなかったのかな?


「まあ、いいだろう。もう持ってないんだからこれ以上はあげようもないしな」


「でもねぇ……ティラ、魔道具はほいほい上げていいものじゃないのよ。それに回復薬も」


「回復薬もダメだったの? でも、パーティーのメンバーなら、助け合うべきだって思って……ゴーラドさん、かなりへばってたし……」


「あの回復薬は、普通の回復薬とは違うのよ。疲労程度で使うレベルの物じゃないの」


「そうなの?」


「疲労回復なら、低ランクのものでいいのよ」


初耳だ。


「回復薬に、低ランクなんてあったの?」


母からもらっているのは、とっておきのやつだって聞いてはいたけど、それ一種類だけだったから……


もちろんティラは、いろんな薬の調合もできる。薬の知識だってちゃんとある。ただ、回復薬にランクがあるってことを知らなかっただけだ。


解毒薬なんかについては、毒によって違うのは当然だけど……


そうか、回復薬にも色々あったんだなぁ。わたしも、まだまだだな。


「あなたに何かあっては不安だから、最高ランクのものだけを持たせてたのよ」


そうなんだよね、山ほどもらってる。だから、ゴーラドさんにも気軽に渡しちゃったんだよね。


「こいつ、知識豊富かと思えば、変なところで抜けてるな」


うぐっ! うううっ、けど、反論できぬ!


「そうよ。だから、お使い程度から徐々にって思ってたのに……いきなり冒険者になるとか」


「まあまあ、それについてはもう蒸し返しても意味はない。これから常識を身に着けていけばいいことだ。なあ、ティラ」


「う、うん」


確かにわたしは世間知らずなのかも。

これまでずっと親の庇護下にいて、世間の常識とか身についていないのかもしれないなぁ。


けど父さんの言うように、これからだよね。うん、学んでいくとしよう。


「回復薬については、これからはしっかり気を付ける」


「飛行できることも人に知られないようにな。特殊な能力のある者は、厄介な連中に目を付けられやすい。そうなったら、普通に冒険者を楽しむことはできなくなるぞ」


それは嫌だ。普通に冒険者を楽しみたい。


「わかった」


ティラは大きく頷いた。



風呂から上がり、そろそろ寝ようかと支度をしていたら、父がやってきた。


「さっきの話だが……」


さっきの話?


「魔鼠のことだ」


ああ、そうだった。話が中途半端になってたんだ。


魔鼠は食料ではないという常識が覆るという話……そうなってはいけないうんぬんではないって、父さん言ってたけど……


「常識が覆るとな、魔鼠は絶滅する」


そう言われてドキリとする。


た、確かにそうかも……


「父さん、どうしたらいい?」


「俺が手を打つ」


「手を打つって、どうするつもりなの?」


せっかく食糧事情が改善すると、村長さんたちあんなに喜んでいたのに……


「心配するな。悪いようにはしない」


その言葉に、ティラは安堵した。父に任せておけば大丈夫だ。


「また魔鼠退治の依頼があったら、お前が引き受けて今回同様に始末してやれ、増えるとやっかいだからな」


「うーん、引き受けるのはいいけど……そこが貧しい村だったら、また同じ事したくなると思うけど、その時は口止めすればいい?」


「俺に報告しろ」


つまり、父が手を打ってくれるわけか。


「面倒じゃない?」


「魔鼠退治なんて、そうそう依頼にでやしないさ」


まあ、そうか。今回もあれひとつだったし、気にすることはなさそうだ。




布団に潜り込んだティラは、冒険者一日目をもう一度振り返った。


色々あったけど、まずまずのスタートを切れたよね。

これからもパーティーを組めるかはわからないけど、素敵な知り合いもできた。

ただ、日帰りだとわかって呆れてないかが心配だけど……


もうパーティーを組んでもらえなかったとして、ちょっと残念ではあるけど、その時はひとりで頑張ればいいや。


明日はどんな依頼があるかな?


ティラは口元を緩め、心地よい温もりの中で目を瞑った。




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