第22話 ゴーラド 〈スペシャル飲み仲間ゲット〉



「飛んだな」


キルナがぽつりと言う。


「あ、ああ、飛んだな」


すさまじいスピードで飛んでいくティラ。その姿はあっという間に見えなくなってしまった。

茫然とするほかない。


し、しかし疲れた……心臓が破裂しそうなくらいバクバクしているぞ。


ティラがギルドから出ていき、なぜかすぐさまキルナが後を追った。それにつられてゴーラドもついてきたのだ。これ以上走れるかってほどの全速力で。


しかし、ティラちゃんには困惑させられてばっかりだな。


日が暮れるまでに家に帰ると言うのだから、当然ティラはこの町に住んでいるのだとゴーラドは思っていた。だが、町の外に出たティラは、今しがた目撃したように、街道から逸れてすぐ、地を軽く蹴って飛び上がり、そのまま飛んで行ってしまったのだ。


「あれも……魔道具か?」


呼吸を整えながら口にすると、キルナが「そうなんだろうな」と返してきた。


空を飛ぶ魔道具。そんなもの、ゴーラドはこの世にあることすら知らなかった。


「魔道具だらけだな。ティラちゃんの両親は、魔道具屋でも営んでんじゃないのか?」


他に考えようがなく口にしたら、キルナがこちらに振り向いた。


「そうかもしれないな」


納得という顔になる。


実家が魔道具屋だとしても……


「ほんとに、ただでもらっちまってよかったのかな?」


腰に下げているウエストポーチを見つめてゴーラドは呟いた。


自分には値段の予測もつかないが、とんでもなく高いはずだ。


「そう思うならお前は返せばいい。私は返す気はないぞ」


キルナはにやりと笑う。ゴーラドは苦笑した。キルナさんらしいが……


もちろんゴーラドだって返したいわけではない。


「なあキルナさん。これ、もし買い取るとしたら、いくらかかるかわかるか?」


こういった魔道具にはまったく縁がないので、ゴーラドにはおおよその予想すらつけられない。


「そうだなあ」


キルナは考え込む。


「魔獣が五十体入るほどの容量なわけだからな……白金貨五枚……いや、まだ安く見積もりすぎか……」


は、白金貨五枚で、まだ安いだと!


必死こいて高ランクの依頼をこなしても、それだけ稼ぐにはいったいどれだけかかるか……


「め、めまいが……してきた」


「男のくせに軟弱だな」


「あんたは豪胆だな、見習いたいぜ」


本気で言ったら、キルナは声を上げて豪快に笑う。


「さあ、祝いに飲みに行くんだろう? ゴーラド、いい店を知ってるのか? 飯もうまいともっといいな」


おっ? キルナさん、俺とふたりでも飲みに行ってくれるのか?

ティラが帰っちまったから、その話は無しになったと思っていたのに……


俺、この人の仲間として認めてもらえたんだろうか?

それともそんな考えは甘いのか?


まあ、いまはどっちでもいいか。


「いい店ならいくらでも知ってるぜ」


ゴーラドは意気揚々と、先陣を切って歩き出したのだった。




飯もうまいところというキルナのリクエストに、ゴーラドはいつもよりもツーランクは上の店に行くことにした。


実を言うと、酒を飲むのは久しぶりだし、いつも格安の店で飯を食っている。贅沢をする金はあまりない。

けど今日はキルナとティラのおかげで、しっかり稼げた。今夜は少しくらい散財しても大丈夫だ。


「良さそうな店じゃないか」


店内を見回し、キルナが言う。


まだそんなに遅い時間じゃないので、客もまばらだ。

酒と料理を注文し、椅子の背に寄りかかる。


「ティラちゃん、間に合ったのかな?」


「さあな」


淡々と言ったキルナは、眉を寄せて考え込む様子を見せる。


「ゴーラド」


「うん?」


キルナは少し顔を寄せ、声を潜めて語り始めた。


「さっきの……あれだが……見なかったことにしよう。それと、もらった魔道具についても、内密にな。その理由は……分かるだろ?」


当然だ。ゴーラドは頷いた。


「ティラは用心が足りない。明日、注意するとしよう」


確かにそうなんだよな。魔道具を大っぴらに使いすぎるのは、危険を伴う。

それを欲しがる輩は多いんだからな。まあ、冒険者についてはギルドに反する行為は絶対にしないから、安心なのだが。


ギルドから追放されるようなことをすれば、経歴に傷がつき、一般庶民としても生きづらくなる。


酒と料理がやってきて、キルナと祝杯をあげる。


今日の依頼のことを酒のネタにしてキルナと楽しんでいたら、入り口の開く音がし、ゴーラドは反射的に顔を向けた。

入ってきたのは、ふたりの冒険者だった。


「おっ、ゴーラドじゃないか。この店にいるなんて珍しいな」


ゴーラドに気づき話しかけてきたニルバの視線が、同席しているキルナに向くと、目を見開いた。


「こ、これは……あんたキルナさんだよな? SSランクの」


ニルバはゴーラドに説明を求めるように視線を回してきた。


「ちょっと一緒に依頼を受けてな」


「ほお」


ニルバが感心したように口にすると、ミーティーがポンと手を叩いた。そして興奮したように語り始める。


「さすがっすね、ゴーラドさん。まあ、この人と肩を並べられるのは、この町で唯一のAランク、ゴーラドさんしかいないっすよね」


やれやれ、ランクについては、あまり口にしてほしくないのだが……


「お前ときたら、鬼のように高ランクの依頼をソロでこなしてたからなぁ。同じBランクだった俺としちゃあ、正直、先を越されて少々悔しいが……お前なら当然かとも思うぜ。で、依頼ってどんな依頼だったんだよ?」


問いを投げかけ、ニルバときたら断りもせず隣に腰かけてきた。


「ニルバ、図々しいんじゃないのか?」


ミーティーがキルナを気にして問いかける。だがニルバは、手を振ってミーティーにもキルナの隣に腰かけるように促す。


「いいってことよ。なあ、キルナさん?」


何がいいのか……ニルバときたら、キルナに了解を求める。


こういうやつだからなぁ。けど、気のいいやつなのだ。キルナさんが受け入れてくれるといいんだが……


ゴーラドはそんな気持ちを瞳に込めて、キルナを見る。するとキルナは、苦笑して頷いてくれた。


「ああ、構わないさ。ミーティーと言ったか、座るといい」


キルナに促されてしまい、ミーティーはかなりの緊張を見せておずおずと座り込んだ。


ふたりの酒も届き、飲み始めるとミーティーの堅苦しさもあっという間に消え去った。

飲みつつ賑やかに騒いでいたら、また新たに冒険者たちがやってきた。ギルドでの賭けに負けたやつらで、賭けのことで盛り上がったあげく、キルナときたら全員に奢ると言い出した。


そんなわけで、ゴーラドは久しぶりの酒を、浴びるほど堪能することになったのだった。




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