第13話 キルナ 〈見守る〉



「ナサ村はここのようですね。村長さんの家はどこでしょう?」


ティラはギルドでもらった地図を確かめ、村の中に入って行く。


町の近くにあるナサ村はかなり小さな村だった。村全体が明らかに困窮しているようで、どの家もボロボロの状態だ。

通りがかった村人に村長の家を聞き、村の中央辺りにある家に辿り着いた。


「こんにちはぁ。冒険者ですけど、魔鼠退治に参りましたぁ」


ティラが呼びかけると、ドアがギシギシ音を立てて開き、老人が顔を出した。


「ナサ村の村長さんですか?」


「そうじゃが。いま魔鼠退治と聞こえたが、本当ですかな?」


「はい。わたしはギルドから参りました冒険者のティラと申します。それで……ま、魔鼠はどこですか?」


こら、ティラ、涎を垂らすな!


怒鳴りつけたいが、相手が不審に思うに違いないので、ぐっと我慢する。


村長は目を見開き、ティラをまじまじと見たが、そのあとキルナに視線を移し、ちょっとほっとした顔になる。


まあ、気持ちはわからんでもないぞ。


「銀貨五枚で引き受けていただけると?」


キルナに向かって尋ねてくる。もちろん、その問いに答えるのはティラだ。


「はい。引き受けさせていただきます。あの、最初に確認しときたいんですけど、魔鼠はいただいてもいいんですよね?」


「退治したうえに、処分してくださるというのですか? これはありがたい」


だよな。そういう反応になるだろう。魔鼠を食うなんて、ありえないからな。


ティラを見ると、それはもう嬉しそうに瞳をキラキラさせている。

当然、村長は、不審そうな顔になる。


キルナとしては、どんな顔をすればいいのやらわからない。


「それで、どこら辺りの魔鼠を捕獲すればいいんですか?」


「ナサ村全体に住み着いているんじゃが……主に村の食糧庫ですわ。ご案内します」


村長が歩き出し、ふたりが着いていくと、村人が何人か出てきた。みんなこちらを興味深そうに見ている。


「魔鼠退治をしてくださる冒険者の方だよ」


「ほお」


村長の報告に、彼らの視線はキルナに向けられる。そして期待する目になった。

いやいや、この依頼を受けたのはそこの娘で、私ではないぞ。


誰もティラがやるとは思っていないようだ。


村の食糧庫へとやってきた。

魔鼠がごそごそ這いまわっている気配がする。


「いますねぇ。それもたっぷりと」


嬉しそうだ。


「で、ティラ、どうやって退治するつもりだ?」


「ふっふっふっ。いい手があるんですぅ」


揉み手をして舌なめずりときた。うら若き乙女のする仕草ではないな。


「手伝いはいるか?」


「必要ないですよ。では、やっちゃいます」


どうやって退治するのか、興味を惹かれる。


ティラはウエストポーチから何やら小袋を出す。まさか、昨日の猛毒団子ではあるまいなと身構えたが、そうではなかったようだ。微かに甘い匂いがする。


ティラは袋の中のものを地面に撒き、食糧庫のドアを開けた。その途端、とんでもない量の魔鼠が飛び出てきた。


「「「ぎゃーっ!」」」


あまりのことに、悲鳴を上げて村長はじめ村人らが飛んで逃げた。


だが大量の魔鼠は一か所に山となり、ティラが蒔いたものを食うので必死だ。

そして、見る間にころりころりとひっくり返り始めた。どれもピクピクっと痙攣している。


「これは毒か?」


「毒と言えば毒ですね。けど麻痺しただけで死にはしませんよ。ひとに影響はありませんから安全ですし」


そんな説明をしつつ、ティラはポーチから取り出した大きな袋の中に、ひょいひょいと魔鼠を放り込んでいく。


「まさか、これ全部持って帰るつもりじゃあるまいな?」


そう言ったら、ティラは気まずそうな顔を向けてくる。どうやらそのつもりだったようだ。


「あの村長さん、少し置いていきましょうか?」


村長に聞いたら、村長は首を大きく横に振る。


「いりませんよ」


「だそうですよっ、キルナさんっ!」


目の色を変えて喜ぶな!


それにしても……


ティラはこの魔鼠が食えると言う。もし、こいつがこんなにも簡単に捕獲できて、そのうえ食料になるとすれば、この村は助かるんじゃないのか?


いや、本当に旨ければの話だが……


「ティラ」


「はい?」


「いま使った薬、それは高いのか?」


「これですか?」


「ああ」


「キルナさんも魔鼠退治するんですか?」


「そうではなく、この村の人に分けてやれないだろうかと思ってな。この食糧庫のやつらは全部捕らえたようだが、まだ他の場所にもいるようだし、全滅させない限り、魔鼠というのはあっという間に増えるものだからな」


「ああ、確かに。そうですね。なら、分けてあげますよ」


「あの、ご厚意はありがたいのですが……我々は銀貨五枚を報酬としてお出しするのが精いっぱいで……そのような薬を買うほどの蓄えは……」


その言葉に、ティラは目を見開き、それからなぜか目を泳がせる。


「ティラ、どうした?」


「あ、えーと……あの、魔鼠をこんなにたくさんもらえたんですから、この薬と交換で……あの……ごめんなさーい」


どうしたというのか、ティラは急に頭を下げて謝り始めた。


「どうしたんだティラ?」


「わたし……お金に困ってらっしゃるというのに……この魔鼠をただでもらっていこうとしちゃって……あの、ちゃんと適正価格で買い取らせていただきますので」


適正価格で魔鼠を買い取る?


なんだそれは? 魔鼠に適正価格なんてものがあるのか?


キルナ同様、村長も戸惑っている。


するとティラはキルナの側にやってきて、お金を貸して欲しいとお願いしてきた。明日必ず返すからと。


金の貸し借りは基本やらないのだが、相手はティラだし、いまは賭けの大銀貨が大量にある。


「いくら必要だ?」


「ありがとうございます。一匹銅貨五枚が適正だと思うので、大銀貨十枚か、金貨一枚をお借りできれば」


「わかった」


了承すると、ティラは感謝を込めて頭を下げ、改めて村長に向き直った。


「えーと、二百三十八匹捕獲しましたので、一匹銅貨五枚として、そちらがよければですが、二百匹をわたしの方で引き取らせていただきます」


「ほ、本当に?」


村長は信じがたいという顔だ。


害獣と思っていた魔鼠二百匹を銅貨五枚で買い上げてくれるなんて思ってもみなかっただろう。銅貨五枚が二百倍……つまり金貨一枚分にもなるのだからな。


「それで残りの三十八匹はこれから調理させていただこうと思います。みなさん魔鼠を食べたことはございますか?」


「食べる? この魔鼠を?」


村長がドン引きしている。そうだろう、そうだろう。


「とっても美味しいんですよ。作り方に少々コツが必要なんですけどね」


「美味しいのですか? これが?」


村人の中から中年の女性がずいっと前に出てきた。すると二人、三人と女性が出てくる。彼女らの瞳には、強い期待が込められている。食糧事情はかなり悪かったようだな。


「炊事場所をお借りしてもいいですか?」


それからあと、ティラは炊事場を借り、魔鼠を調理し始めた。村の女性たちは、果敢にその調理に立ち会う。


そんな女どもと違い、男性陣はそろって不安そうだ。

こういうところ、女はやはり強いな。

キルナは苦笑を漏らした。




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