第12話 キルナ〈ドンびく〉
悪いことをしてしまったな。
懐にしまい込んだ大銀貨の重みに、キルナは罪の意識を膨らませる。
結果をわかっていての賭けなどしたくはなかったんだが、全員自分たちが勝つと思い込んでしまっていたため、どうしようもなかった。
私が、うっかり賭けるかなんて口にしてしまったのが悪かったのだが……
冗談は場所をわきまえろってことだな。今後は気を付けるとしよう。
あのあと、この大銀貨で全員に酒をふるまってもよかったのだが、酒場などには不釣り合いなティラがいるので、それもできなかった。
「さて、新米冒険者殿。手始めにどんな依頼を受けるつもりだ?」
依頼が貼られている掲示板を前にして、ティラは一つ一つ目を通している。
この掲示板には、Fランクが受けられる依頼しかない。
町中と町の外の依頼があり、それぞれ難易度も違う。
「これいいなぁと思ったんですけど、これって+5以上でないとダメなんですね」
ティラは渋い顔になる。
そうなのだ。ランクの中にも十段階のグレードが設けられている。+1から始まり最高は+10まで。+10の段階になるとFランクマスターと呼ばれ、Dランクにチャレンジする資格を与えられる。
ギルドから直接出される依頼などは、難度が高いわりに報酬は少ないが、ランクを上げるには近道となる。
なんにしても、依頼内容によってはかなり危険なものもあるから、十分吟味して自分に見合った依頼を受けることが大事になる。
もちろん町中の依頼の方が難易度の低いものが多く、道の清掃に草取り、害虫駆除に、害獣駆除などさまざまだ。似たような依頼でも、報酬にはかなりの違いがあったりする。
やはり薬草などの採取が人気なので、それらの依頼はひとつも残っていなかった。
お得な依頼から持っていかれてしまうからな。
もう昼に近いこの時間では、ろくな依頼は残っていない。
次の掲示板へと移動していくティラを見守りつつ、キルナは先ほどギルドの受付から聞いた話について思案した。
森の奥に、眉間を打ち抜かれた魔獣が何体も転がっていたというのだ。
冒険者が討伐した場合、ギルドで貸し出してくれる魔道具の袋に回収する。放置したままにすることはない。
ギルドは不審な出来事として冒険者たちから情報を得ようとしているようだが、まだなんの成果もないらしい。
人なのか? まさか人ではないもの……
古の時代、人間を奴隷として使役しようと目論んで、国を幾つも滅ぼしたと言い伝えられている妖魔族。
しかし時の勇者に返り討ちに遭い、全滅したと伝承には記されている。だが、生き残りはいまだどこかで……
「これにしまーす」
弾んだ声にキルナは思考を中断し、ティラに目を向けた。
依頼の紙を手にし、宝物を手にしたかのように瞳を輝かせている。
破格の報酬を得られるような依頼なのか?
依頼の紙を見つめていたキルナは、眉を寄せた。
「ずいぶん古いようだな、その紙」
「そういえば確かに……えーと、依頼された日付は……ああ、三ヵ月前ですね」
つまり、依頼が出されてから三ヵ月の間、誰も受けなかったということ。
それにはそれなりの理由があるはずだ。命の危険があるとか……
けれど、Fランクの依頼にそんな危ない依頼などあるわけがないのだが。
「見せてみろ」
キルナはティラから紙を取り上げ、確認してみた。
魔鼠退治。ああ、そういうことか。
魔鼠は、どこにでもいるものではないのだが、時に一か所に大量発生することがあるのだ。
いったん発生すると、繁殖力も強く、どうにもできなくなる厄介な小魔獣だ。
逃げ足は速いし、人の気配を感じた途端パッと消えてしまう。なので、退治するのは困難。
毒の餌などを仕込んで退治しようとしても、簡単に嗅ぎ分けてしまうので効き目がない。
もうそれが三ヵ月も続いているとすれば……もう手の施しようのないほど増えてしまっているに違いない。
なのに銀貨五枚か……
「報酬が少なすぎるのに、かなり大変な仕事になる」
こんな割の悪い依頼に、なぜティラはあんなにも瞳を輝かせていたんだ?
「そうですか?」
ティラは戸惑ったように首を傾げる。
「お前、魔鼠を知らないのだな?」
「知ってますよぉ。すっごく美味しいですよね」
「は?」
「あぶって食べると、もう最高だし、干物にしても味わいがあって……」
話しながら、涎を流さんばかりだ。
正直、引いた。ドンびいた。
「お前、魔鼠を食うのか⁉」
「えっ、キルナさんは食べないんですか?」
「あれは食べ物じゃないぞ」
「食べ物ですよぉ。ああ、正しい解体方法を知らないんですね。あれは内臓をうまいこと取り去らないと、肉に強烈な臭い匂いが染みついて……ああなっちゃうと、わたしも食べられないですよ」
どうやら本気で言っているらしい。
「とにかく、行ってきます。よーしっ、今日のお土産は魔鼠だぁ」
お土産?
駆けだそうとしたティラが、足を止めて振り返ってきた。
手伝ってほしいと頼んでくるつもりかと思ったのだが、そうではなかった。
「あの、キルナさん。捕獲した魔鼠って、全部依頼者さんに渡さないといけなかったりします?」
「依頼者はいらないと思うぞ」
「ほんとですか? やったーっ!」
飛び上がって喜び、ティラは依頼を正式に受けるために受付に向かっていく。
ああ、なんだか頭が痛くなってきた。
頭を抱えたキルナだったが、数分後、彼女はティラとともに依頼主いるナサ村へ向かっていた。
間違いなく面白いことになりそうだった。
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