第8話 キルナ 〈匹敵冒険者募集〉
まったく、この娘ときたら、わけがわからない。
だが、普通の娘でないことは理解した。
先ほどの相手とのやり取りには、まったく唖然とさせられたしな。
いったい何者なのだ?
ともかく、このまま別れる気にはどうしてもなれなかった。
さて、どうしたものか?
送って行くと言ってしまったが……
もちろん、娘が望むなら送ってやるつもりでいる。
「魔道具を使ってなら、どのくらいの時間で家に帰れるんだ?」
試しに聞いてみる。だが娘はきょとんとする。
「はい? なんのことですか?」
「隠さなくていい。無理やり取り上げたりしないからな」
冗談のように言ったが、娘はぽかんとしている。
「あの逃げ足……お前、魔道具を使ったんだろう?」
「使っていませんよ」
嘘を言っているようではないが……
「なら、なぜあんな人間離れした速度で走れた?」
「ああ、それはちょっとしたコツがあって……って、こっ、これは内緒でした。聞かなかったことにしてください!」
両手を合わせて懇願してくる。
「コツ?」
ちょっとしたコツであんなにも早く走れるようになるというのなら、ぜひ教えを請いたいところだ。でもそれは、口にしてはいけないことだったらしい。
キルナは頷いた。
「わかった。聞かなかったことにする」
するとほっとしたように息を吐き、娘は笑顔を見せる。かわいらしい笑顔だ。
「お前、幾つなんだ?」
「わたしですか、十五になったところですよ」
年相応の見た目だな。髪は金色で腰くらいまである。癖がなくとても艶やかで手触りがよさそうだ。ぱっちりした目に小さめの鼻、好感の持てる唇。絶世の美女というわけではないが、とても好ましい。数年したら化けそうだな。そんな予感がする。
「あの、お付き合いいただき、ありがとうございました。それじゃ、もう手を放してくださいませんか。家に帰らないとならないんで」
「ほんとに危険はないのか? 魔獣に襲われても逃げられる自信があるのか?」
念を押すと、即座に「はい」と返事をして頷く。
キルナは苦笑するしかなかった。
「なら、後日、お前の無事を確かめさせてくれ」
「えっ? どういうことですか?」
「会う約束をするという事だ。お前、また使いを頼まれて、この町に来るんだろう?」
娘は黙り込んだが、しばらくしてこくんと頷いた。
「わかりました。けど、両親の許可をもらってってことになるので、一週間後でどうですか?」
「私はそれで構わない。で、時間と場所は?」
「お昼に、わたしがお弁当を食べていた噴水のところでどうでしょう?」
「了解だ。それでは、十分気を付けてな」
「はい。心配してくださって、ありがとうございます」
にっこり笑うと、娘は普通の速度で駆けて行った。
人ごみに紛れて姿が見えなくなり、キルナは眉を寄せた。
そういえば、名を聞かなかったな。こちらも名乗っていないし……
まあ、次の約束をしたことだし、その時に聞けばいいな。
さーて、まだ日暮れまで時間がある。再度依頼を受けて、魔獣退治に行くとするか。
キルナは不思議な娘が姿を消した方向を今一度見やり、ふっと笑う。
次に会うのが楽しみだ。
あの娘、私の退屈を吹き飛ばしてくれそうだ。
そうなのだ。どこの魔獣も、まるきり手応えがない。
古代遺跡などにはとんでもない怪物がいるようなのだが、残念ながらソロの冒険者では依頼を受けられないし、立ち入りの許可も下りない。
無許可で行こうかと思わないでもないが、それがバレたら冒険者証を剥奪されてしまう。
だからといって、お荷物になるような者とパーティーは組みたくない。
キルナはギルドに向かって歩き出しながら、小さくため息を吐く。
どこかに、この私に匹敵する力ある冒険者がいないものだろうか?
ギルドの中に入ると、あちこちから視線が集まってくる。そしてザワザワとし始める。この時間にいる冒険者は少ないのだが……
キルナがSSランクだということはすぐに広まってしまい、町中はまだいいのだが、ギルド内ではかなり注目を浴びる。張り付く視線は重く、落ち着けない。
アラドルでも注目されてはいたが、あちらではキルナの存在は当たり前だったので、向けられる視線も緩かった。
緑竜討伐の依頼を受けさせてくれないことにキレたこともあって、アラドルを勢いで出てきてしまったが、行く先々でこんな風な視線を浴びるとしたら、戻った方がいいのだろうか?
マカトのギルドにやってきた初日など、受付に行ったら、ギルドマスターに報告が行き、仰々しい部屋に連れて行かれた。手厚くもてなされたが、正直嬉しくはなかった。
この町に長居するつもりはないとギルドマスターに伝えると、残念そうだったが……
結局、一週間過ぎた今もまだこの町にいる。
増えすぎた魔獣を平常値まで間引いたら出て行くつもりでいたのだ。今日か、明日かと……
だが、あと一週間は出ていけなくなったな。あの娘ともう一度会う約束をしてしまった。
受付で魔獣討伐の依頼を受けたキルナは、ふと思いついて、この町にAランク以上の者はいるのか尋ねてみた。すると、いるという答え。
正直驚いた。聞きはしたが、いるとは思っていなかった。
「その者は、当然パーティーを組んでいるのだろうな?」
「いえ、ソロですよ。以前は臨時のパーティーを組んだりもしてらっしゃいましたけど、この最近はソロばかりですね。ああ、Aランクに昇格されて、まだ一週間なんです」
だとしても、Aランクであることに間違いはない。そうか、ソロ……
「いま、ここにはいないのか?」
ギルド内にそれとなく視線を向け、それらしき人物を探してしまう。
「戻られるのは夜だと思います。ほぼ毎日、複数の依頼を受けていらっしゃるので」
「夜か……」
それにしても、ソロで毎日複数の依頼を受けているとは。見どころがありそうじゃないか。
Aランクならば、緑竜討伐でも役に立つかもしれない。だが、もう一人必要だ。
緑竜討伐を受けられるパーティーは、三人以上でなければならないからな。
「その者と、明日にでも会ってみたいのだが……」
「まあ。ゴーラドさんとパーティーを組まれるのですか?」
「まだ決めたわけではないんだが。相手の意志もあるしな」
「で、ですよね。わかりました。この旨、ゴーラドさんにお伝えさせていただきます」
「ああ、頼む」
なんにせよ、会ってみないとな。向こうが良ければ、明日、試しにパーティーを組んでみるのもいいだろう。
ゴーラドか。どんなやつなんだろうな?
名前の響きか、無骨で大柄、胴回りがキルナの五倍はありそうな人物が浮かんでしまう。
しかし、曲がりなりにもAランクだ。期待しておくとしよう。
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