第9話 ティラ 〈条件付きの冒険者〉
「あー、お風呂は最高だねぇ」
たっぷりの湯船に浸かり、ティラは満足の声を上げる。
初めてのお使いは、残念ながら取り引きなしってことになったけど、両親はよくやったと褒めてくれた。
猛毒団子と採取した植物を母さんへのお土産に手渡したら喜んでもらえたしね。
さらには、美味しいお菓子もいっぱいゲットできた。
あの漆黒の美女冒険者さんと別れたあと、小一時間ほど買い物を楽しんだのだ。
親の目のない場所で、好きなだけ買い食いできて……楽しかったなぁ♪
まあ、おかげでお小遣いは底をついちゃったけどね。
けど、これからたっぷり稼ぐ予定だから大丈夫なのだっ!
そのためには、冒険者になりたいと両親に言わなきゃ。
風呂から上がったティラは、さっそく両親の前に行き、両の拳を固めて仁王立ちになった。
「わたし、冒険者になることにしたから! 母さんがどんなに反対しても、絶対になるからねっ!」
ティラの力強い宣言に、両親の反応は薄かった。
な、何?
即座に反対してくるかと思ったのに。
「なるからね!」
どうしていいわからず、もう一度繰り返す。すると母が「そう」と言う。
な、何、なんなの?
「は、反対しても……」
「なら、ひとつ条件があるわ」
「えっ、条件?」
うわーっ、母さんのことだ、とんでもない条件を出してくる気じゃ?
戦々恐々として母の言葉を待つ。
「家から通うこと。門限は夕暮れまで。外泊は絶対に許しませんからね」
は、はいーっ?
家から通いながら冒険者をしろと?
「な、な、ないからっ! そんな冒険者絶対いないから! ねえ、父さん、そうよね?」
「いや、行けるんじゃないか」
行ける?
「行けないわよっ!」
「いや、行ける行ける」
「毎日美味しいお弁当を作ってあげるわね、ティラ」
ありえない。ありえないってば!
家から通いの冒険者? しかも、母の手作りの弁当持ち?
「ぜーったい、ないからぁ!!」
だが翌日、ティラは弁当を持ち、森の中を歩いていた。
時折魔獣が現われたが、どいつもティラの怒りのこもった電撃に脳天を直撃されてあっけなくひっくり返る。
「冒険者ってのは、毎日家に帰ったりはしないものなのよ。なんでうちの親はそれがわからないの?」
まあ、だけど……あのあと父さんに諭されたのよね。
毎日一人で出かけるだけでも、母さんにすれば大きな譲歩。だから、わたしの方も譲歩しろって。
いずれ母さんの気持ちも変化してゆくだろうからって言われて、一応納得したんだけど……
それがいつまで続くのかわからないって、もやもやするというか……
しゅるるるっと、鞭のようなものが飛んできて、ティラはパチンとはじき返した。ついでに鞭を飛ばしてきたツッタと呼ばれる魔物を蹴り飛ばしておく。
粉塵を上げて地面に叩きつけられた魔物はすでに息絶えている。
これは魔獣でなく魔物の類だ。樹木系の魔物で移動できるタイプ。素材としてはあまり価値がないし、魔核石も小さな粒だ。
同じ樹木系でもクッタならば、魔核石ももっと大きいのだが……
◇ ◇ ◇
今日は寄り道をしなかったので、だいぶ早くマカトに到着した。
冒険者登録はどこでもいいと父から情報をもらったので、昨日とは違う町に行ってみようかとも考えたが、この町には漆黒の美女さんがいる。
一週間後って約束したから、今日会えるとは限らないけど、あの人の他に冒険者の知り合いはいない。会えたら、冒険者としての心構えとか、もろもろ必要なことの教えを乞うのもいいかなと思ったのだ。
ギルドである程度説明してもらえるだろうけど、実戦経験のある人の話の方が、役に立つと思う。
人に尋ねながら冒険者ギルドに向かう。
昨日とは違うお菓子屋さんや、旨そうな匂いに気もそぞろになるが、残念ながらいまは一文無しだ。
それらを物欲しそうに見つめながら歩き、ようやくギルドに辿り着いた。
建物の中に入ると、冒険者があちこちでたむろしている。
うわーっ、ギルドってこんななんだ。すっごい広いなぁ。
物珍しさでキョロキョロしてしまう。
「うおっ、なんだぁ?」
誰かにぶつかってしまい、ティラは「あっ、すません」と謝りながら頭を下げた。
「なんだぁ? 嬢ちゃん、こんなところになんの用だ? 誰か探してんのか?」
すっごく背の高い男の人だ。栗色の長めの前髪を大きな右手でうざったそうにかき上げ、ティラと目を合わせてきた。
端正な顔立ちが現われる。けど、人の良さが滲んでいて、ちょっと安心する。
誰か探して……か?
漆黒の美女さんに会えたらと思ってたけど……いまここにはいないようだ。
なんにしても、なんでもかんでも人に頼るつもりはないからね。
冒険者登録の手続きは自分ひとりでやりきらねば。
「わたし、冒険者登録に来たんです。受付ってどっちですか?」
「は?」
男の人は、ぽかんとしてティラを見ていたが、声を上げて笑い出した。
「面白い冗談だ」
いえ、冗談ではないんですが。
その人は腰を曲げて、くっくっくっくっと笑い続けている。どうやら、ツボをついてしまったらしい。
「もういいです。失礼します」
そう言って背を向けたら、「ちょ、ちょっと待て」と焦って肩を掴まれた。
「受付の場所、教えてくださるんですか?」
「まさか、本気か?」
「もちろんですよ」
「本気で冒険者になるつもりなのか?」
繰り返されてちょっと面倒になってきた。ティラは無言で頷く。
「馬鹿言うなよ。お嬢ちゃん、あんたじゃ無理だ」
「どうしてですか?」
「どうしてって……誰だってあんたを見りゃわかるさ」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、おとなしくおうちに帰るんだ。わかったな、お嬢ちゃん?」
わからないわぁ。
まあ、確かに夕方になったらおうちに帰りますけども……
「ご丁寧な対応、ありがとうございました。それでは、これで失礼します」
ちょっと憤慨したけど、この人は悪気で言ったわけじゃない。なので大人の対応をする。
ティラはぺこりと頭を下げ、その場から立ち去ったのだった。
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