第7話 ティラ 〈水車小屋〉
目的地へとやってきた。
そこは町の外れで、民家ではなく古びた水車小屋だった。壊れかけた水車が水の流れに力をもらい、やかましい音を響かせながら、ようやくといった様子で回っている。
「ここは、人が住んでいるのか?」
水車の音に負けじと漆黒の美女さんが声を張り上げて尋ねてくる。だが、ティラだって知らない。
「さあ?」
「なんだそのあやふやな返事は?」
「だって、わたしだって初めて来たんですもん。人が住んでいるかなんて知りませんよ」
「けど、ここに用があってきたんだろう?」
「それはそうですけど」
もらってきた地図には、確かにこの場所が依頼主の指定した場所として印されている。
「それで、ここにどんな用事でやってきたんだ?」
「届け物を持ってきたんです」
母が依頼を受けて作った品だ。
原材料となる植物は、加工次第で出来上がる品のランクに違いが出る。母はとても腕がいいので、注文が絶えないのだ。
ここのお客様は、別のお客様から口利きをもらい、母に注文してきたらしい。
商品の配達は本来父の役割なのだが、今回はティラに任されたのだ。
まだ三時を過ぎた辺りだし、届けてちょっと町を散策して、暗くなる前には家に帰る。
そしてわたしの初めてのお使いは、無事完了ってわけだ。
ティラは「こんにちはぁ」と声をかけたが、なんの返事もない。
「もっと大きな声で呼びかけたらどうだ。水車の音にかき消されてるぞ」
「は、はい」
すうーっと息を吸い込み、思いっきり声を張り上げる。
「あ、あのぉ~、すみませ~ん。依頼されたお品をお届けに参りましたぁ~」
「もおっ、うるさいねぇ!」
文句たらたらの声が聞こえ、水車小屋のドアが開けられたが、なかなかすんなり開かず、かなり苦労している。
ようやく顔を出したのはお年寄りのようだった。薄汚れた頭巾みたいなのをかぶっているせいで、よくわからない。男なのか女なのかの判別もつきかねた。
それはともかく、ドアを開けるのにてこずったせいもあってか、物凄く不機嫌そうだ。
「あんたらいったい、なんだい?」
うん? 声からするとお婆さんかなぁ? けど、伝わってくる感じは男の人っぽいんだけど……
「あなたがサンサさんですか?」
確認のために聞いたら、頭巾の奥からティラをじろじろと見ている気配。かなり胡散臭い。
「ああそうだよ。で、あんたは?」
「依頼されていた品をお届けに参りました」
そう言ったら、驚いたようで「マジかい?」と言う。
「マジです。お代金と引き換えとなります。お願いしていた通り、全額ご用意されてますか?」
「あ、ああ、もちろんさ。いや、ちょっと待っとくれ。その前に品物を確認させてほしいね」
「わかりました」
ティラはポーチから、依頼の品を取り出し、「これです」と差し出した。
すばしっこく手が伸びてきて、品物をかすめ取ろうとする。ティラはそれをあっさりと交わした。
「お代金をお願いします」
「な、なんだい。手に取って確認させてほしいんだけどね!」
かすめ取ろうとしたのは明らかなのに、腹を立てて誤魔化そうとする。
やれやれ、うまいこと取りあげられたら、なんらかの手段でとんずらするつもりだったのは明白だな。
「目で見れば確認できるはずです。それができないとおっしゃるのであれば、この商談は無しとさせていただきますが」
ひとりでのお使いは今回が初めてだけど、お客とのこうしたやりとりは、両親とともに経験をじゅうぶん積んでいる。
かすめ取って、代金を支払わずに消えようとする依頼者はけっこう多いのだ。もちろんそんなことはさせないけどね。ふっふっふ。
このわたしを出し抜こうなんざ、百年早いわっっっ!
と心の中で啖呵を切る。
届け場所がこんな人気のないところだったから、そのつもりじゃないかって、ちゃんと予想してたもんねぇ。
相手はティラを見つめ、それから背後にいる漆黒の美女さんを見て、チッと舌打ちした。
ふむ、いまの舌打ち、年寄りじゃないと知れたね。
やれやれ、この取引はもうないな。母さんに報告しなきゃ。
怪しさ全開の相手は、懐から布の包みを取り出し、ティラに差し出してきた。
汚い布袋である。
「それは?」
「もちろん代金だよ。ほら、そいつをさっさとよこしなよ」
何言っちゃってるかなぁ?
「それは代金ではありません。中には猛毒の団子が入っているようですが」
にっこり笑って指摘したら、相手はびくりと身を震わせ、それを取り落とした。
袋から真っ黒な団子が転がり出る。
微かな匂いに、それがなんであるかティラは理解した。
その団子に少しでも触れてしまったら、毒耐性のない者は、さんざん苦しんだ挙句天国への道まっしぐらだろう。
「とんでもないな」
漆黒の美女さんが、背後で呆れたような声を出した。
その瞬間、相手は「わーっ!」と叫び、呆れる俊敏さで逃げていく。
逃がさないけどね。
ティラはあらかじめ指先で練っていた魔力をはじき、そいつの頭にくっつけた。これで居場所は丸わかりだ。こいつの処分は、父がどうにかするだろう。
「あっ、追わなくていいですよ」
即座に追いかけようとする漆黒の美女さんを、ティラは止めた。
「いいのか?」
「正義の前に悪は滅ぶという魔法を施しておきました」
冗談めかして言うと、漆黒の美女さんはどう反応していいか迷ったようだ。何度か先ほどの男が逃げた方に振り返ったりしている。
「これを迷惑料としていただいておきますよ」
毒団子は両親に提出せねばならぬ。
ティラはポーチから手袋を取り出してすばやく嵌めると、しゃがみ込んで猛毒の団子を拾う。
粉っぽくないから、助かったな。毒の粉塵が舞うと、不味いからね。
「お、おいっ! 何をやっている? それは猛毒なんだろう?」
「ちゃんと手袋で防御してますから平気です」
「そんな手袋ごときで毒が防げるのか?」
「はい。毒耐性のある手袋なので」
説明しつつ団子の袋の口をふさぎ、ポーチにしまい込む。
「毒をそんなところに入れて、大丈夫なのか?」
「問題ありません。さて、わたしの用事はこれで終わりましたので、帰るとします。お世話になりました」
ぺこりとお辞儀してその場からそそくさと去ろうとしたが、また捕まった。
「な、なんでですかぁ? 帰らせてくださいよー」
「送っていく」
きっぱりと宣言した漆黒の美女さんに、ティラはまたずるずると引きずって行かれるのだった。
な、なんで開放してくれないのぉ?
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