第3話 キルナ 〈ぽかん〉



キルナは娘を見つめ、苛立ちを募らせた。


なんなのだこの娘は?

凶悪な魔獣の生息するこの森の中で、呑気に弁当を食べていただと?


あり得ないだろうがっ!


防具はなし、武器も所持しているようではない。ぴらっぴらの軽装だ!

馬鹿なのか!


こいつが女でなかったら、拳の一つも食わらしてやるところだ。強烈な怒号とともに。


私がいなかったら、今頃はこの醜悪な魔獣の餌になっていただろう。


キルナがラッドルーア国のマカトの町にやってきたのは、一週間ほど前だ。それまではガラシア国のアラドルという町を拠点に冒険者をやっていた。そして一年ほど前には、冒険者の最高峰となるSSランクになった。

パーティーなど組む気はなく、ずっとソロだったのだが……いまになってソロの不便さを痛感しているところだった。


ランクがいくら上がったところで、ソロで受けられる依頼には制限がかかるのだ。ひとりでやれると言っても、ギルドは許可しない。


キルナが受けたい依頼は、高難度のダンジョン、古の遺跡探索、魔の森の踏破、Sランクのドラゴン討伐などなのだ。そういったものは、ソロでは門前払いされる。


ほかのパーティーに加えてもらうか、メンバーを募って新たにパーティーを結成すればいいというが……キルナと同程度の実力者は、すでにパーティーを組んでいる。


そのようないざこざもあって、気分を変えようとこのラッドルーア国にやって来たのだ。

ここ一週間はマカトに住み着いているわけだが、気の向くまま他の町、次の国へと移動していくつもりでいた。


そして今現在、マカトのギルドで受けた依頼により、増えすぎた魔獣討伐をしていたところである。かなりの数を仕留め、そろそろ引き上げようと帰り道の途中、この場に遭遇したというわけだった。


私が偶然行き合わせなければ、自分が噛み殺されていたという事実を、この娘はしっかり認識できているようには見えず、それが腹が立つ。


もしや、少し知能が足りないのだろうか?


娘が腰につけているとんでもなくラブリーなウエストポーチに、どうにも顔が引きつりそうになる。


「お前、いったいどこからやってきた?」


「あっちの方から来ましたけど」


その答えに呆れる。


「住んでいる村とか町の名を聞いたのだが」


娘は答えず、眉を寄せる。


やはり、知能が……


「よく無事だったな」


あっ、連れがいたんじゃないのか?

護衛が同行していて、だが魔獣に襲われて娘を置きざりにして逃げたか、殺されてしまった。それでこの娘はひとりきりに……


そうか、そういうことだったか……


「連れの者は、魔獣が現われて逃げてしまったのか? それとも……」


もし殺されたのなら、遺体を探してやらねばならない。


この娘も、あまりに恐ろしい目に遭いすぎて、正気でいられなくなっているのだろう。


「わたしは最初からひとりですよ。連れの者なんていないですから。マカトの町までお使いに来ただけです」


最初からひとり?

いやいや、あり得ないだろう。


「なぜ防具もなしに? なにがしかの武器は持っているのか?」


矢継ぎ早に聞いたら、娘は顔をしかめた。そう、物凄く迷惑そうに……だ。

それだけでも、カチンときたというのに……


「あのぉ~、わたしもう、行ってもいいですか?」


と抜かした。


ば、馬鹿か、こいつ!


「お前、自分の置かれている状況がわかっていないのか!」


「どういうことでしょう?」


戸惑いつつ尋ねられ、こちらまで戸惑う。まったく調子が狂う。


「いいか、お前はいま魔獣に襲われたのだぞ! 町に辿り着くまでに、また襲われる可能性もあるのだからな」


仁王立ちになり、小娘の鼻先に鋭く指をさして言い聞かせる。

もっと幼い子どもでも、分かることだぞ!


すると娘は、何を考えたのか急に笑顔になった。


「わたしこう見えて、けっこうやれるんです。だから大丈夫ですので」


明るく宣言する。


なーにが大丈夫だ!


「たったいま襲われておいて、何を言うっ!!」


怒鳴りつけたら、娘は顔をしかめた。


そしてそそくさと弁当箱を回収し、ウエストポーチにしまい込んだ。


うん? どういうことだ?

弁当箱と鞄の大きさが……理屈に合っていなかったぞ?

まさか、マジックボックスなのか?


「あの、わたしお使いをさっさと済ませて、今日中に家に帰らないとならないので……」


マジックボックスに気を取られていたキルナは、その言葉を呑み込むのが遅れた。


「失礼しまーすっ!」


言ったが早いか、娘はその場から逃走した。

その尋常ではない速さに、キルナはぽかんと口を開けたのだった。






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