第2話 ティラ 〈漆黒現る〉




ふうっ、到着。


目的地のマカトの町を視界に入れたティラは、ほっと息を吐いた。

予想していたより時間がかかってしまった。お昼をかなり過ぎてしまっている。


昼前には着いてる予定だったんだけどなぁ。

まあ、色々あったから仕方ないか。


珍しい植物とかも色々見つけてしまったもんだから、ついつい採取に夢中になってしまったし……

けど、おかげでウエストポーチには収穫物がたっぷりだ。


にんまり笑ったティラは、満足げにポーチをポンポンと叩いた。見た目は普通のバッグだけど、こいつはマジックボックスという魔道具なのだ。


ティラの母は器用で、それはもう色んな物を作ってしまう。今回お使いに行くというので、服と靴、それにこのポーチも新調してくれたのだ。

服も靴ももちろん気に入ったけど、このポーチがめちゃくちゃ可愛い。さらに嬉しいのは、この大容量。もうどんなものだって入れ放題だ。

私物を全部放り込むことさえできる。なので昨日、これをもらった後、喜び勇んであれこれ放り込んでしまった。

だって、外に出ている間、何が必要になるかわからないもんね。どのみち、重さは感じないんだし。


採取した植物のあらかたは、色々準備してくれた母へのお礼にするつもりだ。あんまり在庫がなかったのもあったから、きっと喜んでくれる。


さて、もう森は抜け、町が見えるところまでやってこれたわけだし、ここでひとまずお昼ご飯ってことにしよう。もうお腹ペコペコだもんなぁ。


ティラは辺りを見回し、座り心地のよさそうな岩を見つけた。

ちょうど木陰になってるし、ここがいいな。


腰を下ろしたティラは、いそいそとポーチから母の手作り弁当を取り出し、蓋を開ける。


うわーっ、美味しそうだぁ。食欲そそる匂いが、もう堪らない。


なにより、毒の気配がまったくない。まあ、さすがにあの母も弁当に毒は入れないか。はははっ。


「いっただっきまーっす」


両手を合わせて、さっそく一口。うーん、うまっ!


大口を開けてがっついていたら、前方でガサガサッと音がした。何物かが藪を突き抜けてやってくるようだ。


やれやれ、せっかくの昼食タイムだっていうのに、邪魔者がやってきちゃったか。母さんのお弁当があんまりにもいい匂いで、惹きつけられちゃったかな。


さーて、どんなのが現われるかな?


もぐもぐしつつ待ち構えていたら、魔獣が三匹飛び出してきた。


醜悪な顔をした中型の魔獣、魔猪だ。中型とは言っても、ティラの倍ほども大きい。口から鋭い牙が飛び出ていて、手足は短くてぶっとい。


こうなっちゃ、さすがにご飯なんて食べてられないかぁ。食べ終わるまで待ってくれそうもないし……


ティラを獲物として見ているその口からは、大量の涎がだらだら……


うへぇ~、見るに堪えがたいですっ! 食欲減退ですっ!


仕方なく弁当に蓋をし、立ち上がろうとしたら、目の前に漆黒の物が翻った。


ありょっ、な、なに?


どうやら人のようだ。全身真っ黒の装備を身に着けていらっしゃる。


突然の登場だったので、思わずきょとんとしていたら、グサッという肉を切る音がした。短い唸りとともにドオッと魔猪の倒れた音が続く。


わっ、電光石火の攻撃です。


感心していると、もう一匹が怒りの咆哮を上げる。が、襲い掛かることもできずに切り捨てられたようだった。


マントのせいで、それらの状況はまったく見えなかったが。


「逃がすか」


淡々とした低い声が聞こえた刹那、最後の一匹も成敗されたようだ。


そこでその人が振り返ってきた。


あれっ? びっくり、女の人だぁ。

しかも、かなりの美女さんです!


「お前……」


「お見事です!」


鮮やかな手際に、ティラは称賛を込めて力いっぱい拍手した。


そうだ、助けてもらったのだから、お礼を言わないと。


「助けていただき、ありがとうございました」


お辞儀して顔を上げたら、険しい表情を向けられる。そんな表情は、ますますこの人の凛々しき美しさを際立たせる。


「お前、こんなところで何をしている? まさか、こんな町の外れで、ひとり呑気に弁当を食べていた。などとは言わないだろうな?」


漆黒の美女さん、女の人なのに男の人みたいな口の利き方をするんだなぁ。けど、それもしっくり馴染んでいらっしゃる。


それにしても、岩の上に置いてある弁当箱に視線を据えてそんなことを言うとか、どうにも笑いが込み上げてしまうんですけど。


だって、わざわざ否定の言葉を口にせずとも……現状を見れば否定のしようもないことだ。


「何がおかしい? そうか、恐怖のあまり、精神に支障をきたしたか」


恐怖で精神に支障を?


「いえ、そのようなことはありません。大丈夫ですよ」


そう言ったんだけど、漆黒の美女さんの目は懐疑的だ。

そのあと、なにやら考え込むそぶりを見せたが、改めて口を開いてきた。


「なぜ、こんなところで無防備に弁当など食べていたのか、その理由を聞かせろ」


無防備と言われても…


でも、この人かなり怒ってるっぽいし、ここは神経を逆なでしないようにした方がよさそう。


「マカトの町が視界に入ったので、ここで腹ごなしをして町に向かおうと考えたんです」


ありのまま伝えると、漆黒の美女さんの顔に少しだけ納得という色が浮かんだ。が、まだまだ全面納得の域には入っていないようだ。


「魔獣が襲ってくるとは考えなかったのか? だいたいなぜ、うら若い娘が一人で森をうろついている?」


この人だって、わたしと同じうら若い娘さんだと思うんだけど。


「町に用事があってやってきたんです。うろついてなんて……」


ティラはそこで言葉を止めてしまう。確かに珍しい植物採取に夢中になって、数時間うろついちゃったな。


まあ、それを正直にこの人に言う必要もないだろう。言ったりしたら、強烈なお目玉をもらっちゃいそうだし。


それにしても、なんか面倒くさいことになったなぁ。

こんなところでお弁当食べなきゃよかった。


大後悔である。





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