第4話 ティラ 〈初めての町〉



ああ、参ったね。


町に入り、ティラは一息つく。


後ろを確認してみたが、漆黒の美女さんの姿はなくほっとする。追いかけてはこなかったようだ。


別に助けてもらわなくても、大丈夫だったんだけど……助けてもらったのだから、あんな風に逃げ出すべきじゃなかったかなあと、少し反省する。


けど、頭ごなしに説教とか……あのままでいたら、何時間続いたことやら。

簡単には許してくれなさそうだったもんね。


それにしても、綺麗な人だったよね。美女なのに、漆黒の装備がそれはもうしっくり身体に馴染んでた。

剣を振る速度、身のこなし、今思い返してもため息が出そうだ。あんな風に戦えたらなあと憧れる。


ティラは武器を色々使える。けど、どれも大雑把らしく、父に注意されてばかりだ。能力にかまけてしまい、基本が足りないって。


一つ一つの武器を極めればいいんだろうけど、複合技の方が楽しいんだもんなぁ。


歩きながら、漆黒の美女さんの剣技を頭の中でおさらいしていたら、無意識に剣を振る真似をしていた。

華麗に流れるように……


「何やってんだ。あぶねぇぞっ!」


怒鳴られて我に返る。

すぐそばを、ガラガラと騒がしい音を立てて荷馬車が通り過ぎた。


「ごめんなさーい」


手を振り、謝罪する。


失敗失敗。

ぺろりと舌を出し、いまさら周りを見回す。


マカトの町だ。

初めての町は、とても新鮮に映る。

人もいっぱいで、馬車が石畳の道を行き交っている。

馬車を引いているのは馬だけでなく、大きな魔鳥のパムや魔牛などさまざまだ。昼も過ぎたこの時間、店の並ぶ通りは人で溢れていた。


さて、どうしようかな?

お弁当はまだ食べ終えてないし、先に食べたいよね。

お使いを早くすませたら、少しくらい町を散策したい。


ティラは周りを見回し、お菓子が並べられた店を見つけた。瞳がキラキラと輝く。


うわーっ、宝物の山だぁ。

それに、あっちの露店からは、お肉を焼いてる匂いが……


たっ、堪んないよぉ。


よし。お弁当をいただいてお使い済ませて、あとはたっぷりと楽しもう!


その時、足元に何やら落ちているのに気づいた。

おやっ? これってお財布だよね?

拾ってみたら、さほど重量はなかった。


さて、落し物は警備兵か警備団の詰め所に届けるんだけど、いいものがあるのだ。

母の作った使い捨ての魔道具の札。

普通は自分の荷物に張り付けておくもので、どこに落としても自分の元に戻ってくるというありがたい代物。


それを取り出し、ペタリと張る。

財布はふっと消えた。今頃は持ち主のところだろう。


「おわっ、さ、財布がっ!」


建物に隠れた方向から、そんな声が聞こえてきた。


「なんだよニルバ、落としたんじゃなかったのかよ」


「落としたんだが……目の前に落ちてきた」


「なわけあるかぁ、てめぇボケてんじゃねぇ」


「いでっ!」


なにやら誤解されて殴られたようでニルバさんにはお気の毒だが、財布が戻ったのだからよしとしてほしい。


くすくす笑いながらその場を後にし、お弁当を食べるのによさそうな場所を探す。するとどこぞから水音が聞こえてくるのに気づいた。

音に誘われて行ってみたら、噴水だ。


わあっ、とっても綺麗。

噴水の周りは広場になっていて、緑も多い。人もいっぱいだ。町の住人だと思われる人々、旅人と思われる人々、そして冒険者たち……


大きな町だし、きっとここにはギルトとやらもあるだろう。魔獣を討伐する冒険者たちが集う場所。

ギルドでさまざまな依頼を受けて、それを糧に生活する人たち。

実はすっごい憧れてるんだよね。


わたしももう十五なんだし、父さんと母さんの許しがもらえたら、冒険者ってのを経験したいなぁ。

自立って大事だしね。


そうそう、さっき遭遇した漆黒の美女さん。あのひとも、きっと冒険者のひとりだろう。わたしもあの人みたいに、かっこいい冒険者になりたいなぁ。

ただ、心配性の母さんがとことん嫌がりそうだけど……


まあ、帰ったらダメもとでお願いしてみようかな。許しがもらえるんなら、毒入り料理もいくらでも食べてやるしっ!


未来に心躍らせて芝生の上に直接座ったティラは、昼食の続きに取り掛かる。


風向きから噴水の飛沫が頬に当たる場所で、最高の気分だった。





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