第5話

今日の学校では、道徳の授業があった。

「みんなにとって、家族って何だと思う〜?」

担任の辻岡先生が大きな声でみんなに呼びかける。

「…じゃあ、原田さん!」

「えっと…。パパとママと、猫のチェルシーのことです」

「おぉー!猫ちゃんも家族なんだね?いいね〜」

そう言いながら、先生が黒板に『パパ』『ママ』『チェルシー(猫)』と書く。

「他に…じゃあ、藤崎さん!」

「えー、僕にとっては、一番大切なものです」

「おっ、かっこいいね〜。そうね、家族って大切よね〜」

また黒板がカツカツと響く。『一番大切なもの』

「次は藤崎さんの後ろの、水野さん!」

「えっ」

急にあてられたことにびっくりして、わたしは変な声が出てしまった。

うーん。家族。って何だろう?

すると、先生が思い出したかのように「あー…」と声を洩らす。

「…水野さんなりの答えでいいのよ?」

「わたしにとって家族は…」


「夏帆ちゃん、大丈夫だった〜?」

「先生もひどいよね。夏帆ちゃんのパパとママ、どっか行っちゃったんでしょ?」

「うん。そうだよ。でも、わたしにも家族いるよ?」

「えー。でも、今一緒に住んでるのはパパでもママでもないんでしょ?じゃあ、家族じゃないよ」

…そうなのかな?

「夏帆ちゃん、困ったことがあったら言ってね!りなのママも言ってた!夏帆ちゃんちは大変ね、って」

「あっ、あたしもあたしも!」

「うん。…ありがとう?」


「…っていうことがあったの」

「そっか」

「夏帆ちゃんは何て答えたの?」

今晩のメニューは、もやしとにんじんとキャベツを炒めたやつと、ピーマンの肉詰め。小夜が作ったご飯はおいしい。

「…うーん。よく分かんなくて。だって小夜やるりちゃんはわたしの家族ではないでしょ?」

小夜が少し困った顔をする。

「まぁ、そうなる…かな?」

「でも、一緒にご飯を食べたり、おはようやおやすみを言うのは小夜とるりちゃんでしょ?」

るりちゃんが少し嬉しそうな顔をする。

「なんだろうねぇ。家族って」

「難しい問題だね」

いつもはぐらかさずに答えを教えてくれる二人が悩んでいて、わたしはちょっとだけ驚いた。

「小夜やるりちゃんもわからない?」

「…なんだろう。もちろん、言葉としての意味は分かるんだけど、そういう答えを求めているわけじゃないでしょ?」

小夜が難しい顔をする。本当にわからないみたいだ。

「たぶん」

「結局、夏帆ちゃんのクラスではどういうものにまとまったの?」

「えっとね…」

わたしは今日の授業のことを思い出す。

「原田さんは、パパとママと猫のチェルシーのことって言ってた。藤崎さんは、一番大切なものって。あと…ちえりちゃんは一緒に住む人だって。先生は、わたしたちも家族みたいなものって言ってた」

「最近は男子もさん付けで呼ぶんだな」

「小夜くん、そこじゃないでしょ」

「とにかく、そんな感じ」

「そっかぁ」

いつのまにか二人はご飯を食べ終わっている。わたしも、急いで食べなきゃ。

「確かに、どれも正解だと思うよ」

「…でも、一つの問題に答えは一つじゃないの?」

小夜とるりちゃんが苦い顔をする。

「それがね、そんなこともないんだ。算数とか、国語とかではそうだけど。社会に出るとね、本当に正しい答えなんてなくなるもんなんだよ。この前も、仕事でそう思った」

「そうね。私も小夜くんと同じだと思う。…例えばね、夏帆ちゃん」

るりちゃんがわたしをまっすぐ見つめる。

「夏帆ちゃんが一番好きな食べ物は何?」

「えーっとね。…うーん、ゼリーかな。ぶどうの」

「そっかぁ。…で、私は一番焼き鳥が好きなんだけど」

「うん」

小夜がふふっと笑った。

「何よ」

「いや、別に。…続けて」

「だから、ちょっと違う気もするんだけど、つまりそういうことなのよ」

わたしの頭のなかが?でいっぱいになる。

「夏帆ちゃんにとって一番好きな食べ物はぶどうゼリーで、私にとっては焼き鳥」

「うん」

「二人とも答えは違うけど、どっちとも正解でしょう?」

「…なんか、難しいね」

るりちゃんが顔を綻ばせる。

「ふふふ。本当にそうね」

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