第9話 それでも社会は回る

 「55歳で役職を定年してください。」

 役員は奢り過ぎず分相応に整えられた身なりを当然と着こなし、人気のない会議室で男に言った。

男はぽかんとした。反論するためについていた口はぶるぶると震えた。


 「娘さん、就職はどうされてるんですか?

  ○○さん(男)もいい役職についているのですから、うちの会社で…

  そう、アルバイトとして就職させてあげてはいかがですか?」

 「あ?」

 男は反射的に怒り肩になったが、ぁっと気づいて慎重に目を細めた。

 「中学では平均より優秀だったと聞いています。

  それなのに大学も卒業できなくて、親としてはそろそろ就職の面倒を見るのが

  務めではないでしょうか?」

 「あんな奴、娘じゃない。」

 「では、本人にもそう通告して役所を通して家族関係を解消してください。」

 「それは!どうしてお前にそんなことを言われなくちゃいけないのか!」

 ガタンッ!男は激しく机を叩きそして一番近くにあった椅子蹴り倒した。

 「何をなさるのですか!私が上手に避けることができたから怪我無く大事なかった   

  ですが、娘さんはいつもこんな目に遭ってたら、

  それは怪我をしたり精神を病んでもおかしくない!あなたの責任です!」

 静寂過ぎた社内に響き渡った激しい音を聞きつけて、他の社員さんが集まってきていた。それでも遠慮して中に入ってきたのは数人で、会議室の外で、残りはじっと事態を見つめていた。集まった社員たちが小声で囁やき合う声は張りつめた空気という恐怖をいくらか落ち着かせていた。


 「役職を55歳で定年してください。」

 ピシャリと役員はいうと会議室から出て行った。

男はその場に立ちすくんだ。


 男といえば無頼者、つまり暴力団だった。

戦後を過ぎ、日本そして国際社会が法整備されより取り締まりが厳しくなる中で、男らは冷たい目線で人々に見られるようになり、準犯罪者として扱われるようになり立場も財産もひもじくなってきていた。そうして社会に生きることを見失い始め、その時勢で許される最大暴力として一人の赤子を人質にとった。

ただの赤子であり、いなかったらいないにできるのかもしれない。犠牲を犠牲としてそのまま片づけることは社会が機能する妨げになることを普通の人たちは危惧していたのかもしれない。そして男は国や企業をゆすり、一企業の役職を得た。名前だけの、仕事もやらない、わからない、お金だけむさぼるような。


 「どうして暴力団は今も社会に存在を許されているんですか?」

 の投げかけに答えるのなら、それは多大な犠牲者を出すような暴力に未だ敵いきれない現実があるということだろう。


 ただ世界は、男ら暴力団の脅しに、男の娘に対してのものや社会に対する犯罪をひとつひとつ罰していった。そうした中で、ある企業の一大決心の裁断だった。


 もしも従わないのなら、財産を凍結します、そしてそのまま刑務所に服役してください、断固として。と。紛争が起きるかもしれないことを覚悟して言った。


 男は落ち着きを取り戻して静かに柔い幼子の表情をして、相手の情愛に縋るしかなかった。

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夏の陽炎 @midukikaede

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