第6話 わたし

 「わたしは結婚するの。」

 もしも、その子に台詞をつけたなら、無難にそうだろうと思った。

その子と初めてあった日なんて覚えていないけれど、あの日、あの子は現れた。

顔のない出で立ちで白い旗袍チーパオを着ていた。うっすら刺繍の施された…。

同居している男と女に不登校児のための施設の見学に連れていかれた帰り道でのことだった。

その後、大学生になって、顔をつぶすという処刑方法があることを知る。

わたしは、思った。もしあのまま例の施設に入所したら私は死んでいたんじゃないかと。大事な心を失ってそして。


 30過ぎて、新居にも何回か、顔のないその子の幻覚をみた。ランドリーをうろうろしていた。

そして、今日も。

 「近づかないで。」

 と言いた気に、同居している女の前に屈んで立ちはだかっていた。

確実な言葉も導きも、その少女から得ない、

だってわたしが作り出した心の隙間の幻想だから。


 「わたしは歴史の中の英雄に憧れても、そうなりたかったわけではない。

  同じ髪型と同じ衣装を着て“綺麗”という言葉を覚えて、

  そして笑ってただけのほんの幼い子だった。

  …たぶん、わたしは自分の心を知っている。自分の道を思い描いているし

  それを本当にわかっているのは自分だけ。」

 「ねぇ、触れてしまった先の…炎を見届けに行こうよ。」

 端を折る必要はない。

どうしてかなんて、根拠も生きるために必要かもしれないし、そうでもないかもしれない。わたしの…理想から遠いものに、そしてわたしの人生と感情に寄り添わないものを避けていく方法を思考していく。

娘を庇わない、娘の人生を守らない、娘の愛しいものを大事にしない、そして手で触れて汚い言葉で汚していく、

それが離れていく十分の理由だ。

 

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