第28話 神出鬼没の魔弾
「前線の様子は?」
「
「……仕方ない、汚染担当を減らして支援を増やせ!」
最終目的地点である遺跡を目前にして再度押し返され始めた前線。
エルヴィスの参戦で高揚した士気も当然要因の一つではあるが、魔王軍を防戦一方にしているのは後方で支援を行う魔導士たちであった。
人族対魔族の大きな分岐点となる【空間転移】の秘術の解析に集められた魔導士たちは言うまでもなくエリート集団であり、放つ魔法をまともに喰らえば強靭な肉体を持つ魔物と言えどもただでは済まない。
後方から飛来する魔法に気を配りながら昂った兵士達との白兵戦を行うというのは想像以上に神経をすり減らす。
前線を押し上げようと無暗に前に出れば魔法の集中砲火を喰らい、安全策を取り下がれば浄化隊によって魔王軍の行動可能範囲がじわじわと狭められてゆく。状況は一気に逆転したと言えるだろう。
ともかくこのままジリ貧となり戦力が削られ続ける状況になるのは不味いと、魔王軍側の指揮官が蠱惑隊へ伝令を飛ばす。
「指揮官からの伝令! 魔力汚染担当の半分を支援に回すようにとの事!」
「分かった。第一、第二はそのまま汚染続行!第三は衛生班へ、第四と第五は後方支援に回れ!」
分割された小隊が前線へと向かう。その中にはメルトも含まれていた。
「何してんのメルト! 」
「……
突然足を止めたメルトに仲間の怒号が飛ばされるが、メルトの目は遠くの光景を見つめている。
彼女の言葉に仲間達も確かにと思案を巡らせる。
最前線の破軍隊をあっという間に壊滅させる程の力を持つ
確かにジリジリと押し返されてはいるがあくまで持ちこたえられる程度、では
その答えはメルトの見据える先にあった。
「あ……あれ!
「誰かって誰!? あの場所の魔力は完全に浄化されてる!
「私、行ってくる」
メルトの発言に仲間たちの「正気か?」とでも言いたげな視線が突き刺さる。
「何言ってんの! この兵士達の前線をどう抜けるつもりなの!?」
「私一人なら偽装魔法で隠れながら迂回すれば何とかなる。それに……あの
「誰が戦ってるかも分からないのよ!」
「ううん、きっと彼が戦ってる。多分……彼が今この戦場で唯一
仲間の返答を待つことなくメルトが駆けだす。
「――【
…………
………
……
…
監視塔へと降り立ったエルヴィスが懐から取り出したのは手のひらサイズのキューブだった。
一目で分かるほど古びた石造りのキューブをエルヴィスが起動させれば淡い光と共にキューブが変形し、輪のような形へと変形する。
ひとりでに手から離れ、凪いだ湖面のように静かで真っ黒な空間を携えた輪の正体を知るのにそう時間はかからなかった。
構えたエルヴィスが輪の中心へ向けて白矢を放つ。
とぷんと沈み込むように空間へと溶けた矢はその姿を完全に消滅させたかのように見えた。
「――ッ!」
クロードが瞬時に横方向へ飛びのいたのと、彼が居た場所を背後から【
(あの【
まるで生きているように百八十度方向を変えて再びこちらへと向かう白矢を叩き落し、エルヴィスとの距離を詰めにかかる。
死角から迫る矢は確かに脅威ではあるが一度視界にさえ捉えてしまえば叩き落すのはそれほど難しい事ではない。
勿論常人には不可能に近い芸当ではあるが、生死を掛けた死闘の渦中で極限まで研ぎ澄まされた集中力、そして意志による強化があるクロードだからこそ出来る芸当だろう。
「やはり最初の君とは違うようだ。【
雨のように降り注ぐ白矢を潜り抜けながら距離を縮める。
鋼鉄であろうと容赦なく噛み砕く【
逆に言えば、再び接近戦に持ち込めれば戦況は一気にクロードへと傾く。
「――だけど、これならどうかな」
しかし弓使いであるエルヴィスがそれを簡単に許すはずがない。
絶え間なく発射され続けていた矢の雨が一瞬止んだのは、彼の次の攻撃への布石であった。
状況を確認しようと顔を上げたクロードの目に映ったのは、その手に無数の白矢を携えたエルヴィス。
――そして自分を取り囲むように開かれた無数のポータルであった。
「射殺せ!【
(この量は……不味い……ッ!)
エルヴィスの手から離れた無数の矢がそれぞれ別のポータルから出現し、クロードへと迫る。
叩き落すことが容易いというのは“クロードの処理能力内の本数”である場合である。
着弾すれば致命傷となる矢だけに狙いを定め、唯一動く右腕で白矢を地面に叩き落すが当然全ての矢を処理する事は不可能である。
弾き損ねた数本の矢は全身に開かれた小さな【
「ぐっ……!」
「やっぱり一斉発射じゃ貫けないか。だけど……機動力を奪うには十分すぎるッ!」
威力と引き換えに数を増やした一斉発射と言えど、その威力は通常の矢弾とは比べ物にならない。
足を負傷した相手に対して制圧射撃は不要、エルヴィスが狙うのは迎撃不可能な絶対の一矢のみである。
(あの馬鹿げた追尾性能の矢をこの怪我で避けるのは無理か……だったらイチかバチか真っ向から迎え撃つしかない……ッ)
クロードは回避を捨て、頭部から可能な限り大きな【
対するエルヴィスの構えは先ほどまでの物とは形を変えていた。
速射を目的とした直立の構えから深く腰を落とし、後方に体重を掛けながら力の限り弦を引き絞る。
番えられた矢は今までの物よりも遥かに太く、大きく、そして眩く輝いていた。
「【
「【
漆黒の牙と純白の矢が衝突し、周囲は轟音と閃光に包まれる。
ギャリギャリとお互いを削り合う耳障りな騒音が続き、破砕音と共に勝負に勝ったのは――エルヴィスの方であった。
「ッ……!」
「僕の勝ちだ」
例えるならば真夜中に輝く太陽、神に逆らう叛逆者を焼き尽くさんと白矢が迫った瞬間。
エルヴィスの視界が捉えた小さな違和感、夜の闇が蠢くような小さな影を閃光が打ち払った時にその正体が露わとなった。
「――【
黒い影が剥がれるように姿を見せた少女のような魔物。
彼女の手元から小さな赤い光が見えると同時に、クロードと少女を包むように小さな爆発が起こった。
爆発自体は大きなものではなく攻撃として用いるには余りに心許ないものではあったが、巻き上げた土煙はエルヴィスの視界からクロードの姿を消滅させた。
爆発の直後、クロードの身体に与えられた小さな衝撃。
コンマ数秒のラグの後に自分が突き飛ばされたのだと理解するのと、眩く輝く矢が大地を貫いたのは同時であった。
土煙で見えないながらも、ガリガリと地盤を削りながら地下深くへと潜っていく矢の存在を感じつつ、クロードはこの異変を引き起こした張本人の名を呼んだ。
「……メルトか」
「良かった、ギリギリ生きてるみたいじゃん」
未だにハッキリと姿を確認はできないが、恐らくいつものように意味深で悪戯な笑みを浮かべているのだろう。
「
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