第27話 白き矢と黒き牙

「エルヴィス様が来てくれたぞ! 行け! 行けぇー!!」

「『加護持ちギフテッド』が居れば勝てる!」

「怯むな! 我々には神が味方している!」


 エルヴィス、そして魔導士たちの前線参加によって人族軍の士気は最高潮に達していた。

 反対に最前線で突撃を行っていた兵士の壊滅を目撃した魔王軍には警戒と動揺が伝播し、徐々に前線が押し上げられていく。

 前に出ればエルヴィスの【神弓エヴェリン】と魔導士たちによる魔法の豪雨が襲い掛かり、下がれば浄化隊によって魔力の制圧権が奪われていく――しかし、そんな中人族軍の中心で加護持ちに黒刃を向け続けているのがクロードであった。


「おおおおおおッ!!」


 降り注ぐ雨と魔法の中を駆け抜けながら司令塔であるエルヴィスの元へと向かう。

 左肩の穴に【喰らう者ディヴァ】を開く事で出血は止めてはいるが、片腕が使えないという状況に変わりはない。

 しかしその程度で彼の闘志は折れはしない。勇者の前哨戦にもならないような戦場で命を落とすなどというくだらない幕切れは余りに滑稽――そんな事はクロードの意志が許さなかった。


「エルヴィス様っ!」

「ヤツだ! あの化け物が前線に残っている!」

「総員、狙え!」


 クロードを取り囲むように陣取った魔導士たちが一斉に呪文を唱え、魔法での一斉攻撃を仕掛ける。

 360℃何処を見ても逃げ場が無い制圧射撃である。


「邪魔するなァ!!」


 右手に伸ばした剣を戻し、大きく【喰らう者ディヴァ】を開口させる。

 そのままクロードは右手を伸ばして一回転し周囲の魔法を全て喰らい尽くす。


「【喰らい放つ者ディヴァ・リスリア】ッ!」


 回転の勢いを殺さず、そのままもう一回転。

 今度は先ほど捕食した莫大な数の魔法を全て周囲へと吐き戻した。


「な、何だコイツ! 魔法を喰ったぞ!?」


 己の放った攻撃がそのままこちらへと向かってくる。

 防御結界を張るべく急いで詠唱を始めた魔導士たちの視界に純白の影が飛来し――眼前に迫る灼炎を真っすぐに貫いた。

 一本や二本ではない。吹雪にも見紛うほど莫大な量の白矢が降り注ぎ、クロードの吐き戻した魔法を大地へと縫い付ける。


「エルヴィス様!」

「此処は僕に任せて貴方達は前線の援護を。どうやら彼は少し……『特別』なようだ」

「しかし……」

「半端な支援は邪魔になるだけです、僕が彼の相手に集中出来るように前線を食い止めて下さい。出来ますよね?」

「……はっ」


 魔導士たちが指示に従い前線へと向かっていく。

 その場に残されたのはクロードとエルヴィスの二人のみ。


「そのクレバスのような目、鬼気迫る勢い。他の魔物とはどうも違う……もしかして君も――」

「殺し合いの最中にグダグダ喋るな」


 再び発動した【喰らい断つ者ディヴァ・スパード】がエルヴィスに迫る、しかしその一撃はエルヴィスの手に握られた純白の矢によって停止させられていた。


「ちっ!」

「いや、君は『加護持ちギフテッド』じゃないね。僕とは肉体のスペックがまるで違う」


 交差した白き矢と黒き牙。エルヴィスが腕を振ればクロードの身体は後方へと弾き飛ばされる。


 純粋な筋力だけでエルフと人間を比較すれば、人間の方が生まれ持った筋力は多い。しかし『加護持ちギフテッド』が『加護持ちギフテッド』たる所以がそこにある。

 神に愛された者である加護持ちギフテッドは、独自の術式の他に根本的な身体能力が凡人とは比較にならないレベルで底上げされているのだ。

 狂気的な鍛錬で鍛え上げたクロードであってもその差を覆すには至らない。


「長話を聞く気はないようだから率直に言おう。降参しなよ」

「なに……?」

「凡人がどれだけ努力したって加護持ちギフテッドには勝てない、これは空が青くて林檎が甘いくらい常識だよ。でも加護無しでそんな力を扱える君はとても貴重だ、降参するならサンプルとして命だけは取らないであげよう」


 彼の発言にクロードを挑発する意図はない。本当に心の底からそう思っているのだ。

 言わば彼ら特有の価値観、しかしそれがクロードの思考を沸騰させた。


「お前も同じだ……」


 “あの日”から片時も忘れた事のない復讐心。

 偶然強者として生まれ落ちた者が持たざる者を見下し、当然の権利のように命と尊厳を踏み躙る。

 その傲慢さをクロードは心の底から憎んでいた。


 目の前の男の言う“サンプル”。それがどのような物かは考えれば直ぐに分かる。

 神の恩寵を受けない凡人に目覚めた異能、それを研究し再現すべく研究対象モルモットにされて用済みになればボロ雑巾のように捨てられるのみ。


 あの外道の影が、エルヴィスにちらつく。


「……下らない」

「何だって?」

「『命だけは助けてやる』だと? 神にでもなったつもりか……?」


 ぐらりと起き上ったクロードの肉体が揺れる。

 クロードの雰囲気が変わったのを感じ取るが、エルヴィスは尚も口を止めない。


「気に障ったかな? だけど事実だよ、醜く野蛮な魔物達を滅するために授けられた奇跡が加護だ! つまり僕たち加護持ちギフテッドは神の代行者と言って差し支えない!」

「ふっ……くく……ははははは……」


 突然の笑いにエルヴィスの眉がぴくりと上がる。

 気が触れたのか、ともかくこの男は正常でないと判断を下したエルヴィスが再び【神弓エヴェリン】を構え――


「貰い物の力で粋がって神サマごっこか……ここまで来れば滑稽だな!」

「射殺せ、【神弓エヴェリン】」


 神の加護を愚弄する不届き者の命を刈り取る白矢がクロードの脳天に迫る。

 目で追うにはあまりに速い速度、しかしその矢がクロードに触れることはなかった。

 否、正確に言えば触れてはいる。放たれた【神弓エヴェリン】は頭部を変形させた【喰らう者ディヴァ】の黒牙によって止められているのだ。


 通常の矢弾とは比較にならない強度と破壊力を持つ【神弓エヴェリン】は牙に挟まれながらもその勢いを衰えさせる事無く、ギャリギャリと回転しながらその牙を擦る。


(何なんだあれは? 【神弓エヴェリン】を防ぐ事のできる物質がこの世にそう幾つもあるはずが……)


 そんなエルヴィスの思考を断ち切る様に鈍い破壊音と共に黒牙が白矢を噛み砕く。

 砕けた【神弓エヴェリン】は白い粒子に変わり、宙へと霧散する。


「教えてやる、お前達の縋るありがたい加護とやらが……神の人形遊びに過ぎんという事をな」


 漆黒の怪物の口から放たれる、地の底から響くような暗く冷たい声。

 次の瞬間、離れていたはずの間合いが一気に詰められる。


「なっ……!」


 瞬き一つほどもない一瞬、意識が追い付く前にエルヴィスは【神弓エヴェリン】による防御姿勢を取っていた。

 結果から言えばその行動は大正解であった、あと少し遅ければクロードの右腕に開かれた【喰らう者ディヴァ】がエルヴィスの肉体を喰い千切っていただろう。

 獲物を喰らおうとする【喰らう者ディヴァ】の口内に押し込まれた【神弓エヴェリン】が突っ張り棒のように閉口を防いでいる。


 しかしエルヴィスが驚いたのはクロードのパワーであった。


「な、なんだこの力は……!? 加護持ちギフテッドではないはずの君を、何故押し返せない……!?」


 支えとなっていた白矢が噛み砕かれる寸前、エルヴィスが後ろに跳躍し空に向かって【神弓エヴェリン】を構える。

 普段であれば敵兵を貫くために用いられる白矢であるが、エルヴィスは矢が放たれる瞬間――矢筈をその手で掴んだ。

 高速で射出された【神弓エヴェリン】に引っ張られるように、エルヴィスの身体が空へと浮かぶ。


「ちっ、そうやって使うことも出来るのか」


 真っすぐに飛翔する白矢に掴まったエルヴィスはそのまま離れた場所の監視塔へと降り立つ。

 再び弓使いのエルヴィスにとって有利な立ち位置になったわけだが、彼の表情に先ほどまでの余裕は消え失せていた。


「……少し認識を改めなくてはいけないな。このまま君を生かしておけば人族にどれほどの被害が出るのか想像もつかない。だから……必ずここで仕留める!」

「やっと本気か……上等だ、やってやる!」


 再び構えなおす両者。

 上方からクロードを見下ろすエルヴィスが懐から何かを取り出した。


「君に見せよう。大いなる大魔術【空間転移】の片鱗を!」

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