第13話 悪魔の囁き
機嫌の良さそうなエルドの様子が変わるのにそう日は掛からなかった。
部屋で休むクロードの元へ、焦燥した様子のエルドが入ってくる。
「クロ様……」
「エルドさん、どうかしましたか?」
「それが……再び川の水が汚れたのです」
「えっ……!?」
大袈裟に驚いた振りをする。
「恐らく同じ呪いでしょう、原因に心当たりは?」
「村民たちに聞いたところ、一人の男が犬を殴ったと……本人は噛み付かれたからだと言ってはおりますが」
「それが原因でしょう」
心苦しそうな表情をしながらエルドの思い込みを肯定する。
そんな気がしていたのか、エルドが苦虫を噛み潰したような顔で話を続ける。
「前回に習い犬に手当をして食糧を与え、祈りを捧げたのですが効果が無く……」
「一度許しを得ておきながら再び怒りに触れてしまっては簡単に収まるものでは無いでしょうね」
「再びお願いするのは心苦しいのですが、どうかクロ様の占星術で我らをお助け頂けないかと……!」
「ふむ……」
考え込むように腕を組み、数秒思案する振りをする。
川が再び汚れたのは確実にスライムの群れが狩りから戻ったからだろう。
適当な狩人でも雇いスライムを掃討すれば済む話なのだが、クロードという確実な解決手段を知ってしまったエルドは水源を調べる前にそちらに縋ってしまった。
「……二度目の過ちを詫びるには、冒涜者への罰を示す必要があるでしょう」
「罰……?」
「呪い原因を作った者を捧げるんです」
「捧げる……それはまさか、殺――」
「勿論、エルドさんのお気持ちも分かります。あくまでこれは占星術で見た解決法、私にそれを強制する気はありません」
「う……うぅ……」
「しかし……呪いを放っておけば近い内に地下水脈も汚されるかもしれません。 そうなれば川だけでなく、井戸も使えなくなる可能性が――」
「そ、そんな!? 井戸も川も使えなくなってしまったら我々は生きてゆけません!」
当然その事はクロードも知っていた。
周りに集落もなく、行商も立ち寄らないような辺境の村での渇水は即ち死を指す。
だからこそ、このような恐ろしい提案すらも飲み込んでしまう。
「……本当にそれで……呪いが解けるんですな?」
「はい、間違いありません」
「……分かりました」
一人の死か、全員の死か。
少し迷っていたエルドだったが、今の彼にとってクロードの言葉は絶対的であった。
据わった目で部屋を出ていったエルドを見ながら、クロードは第二の課題の達成を確信していた。
…………
………
……
…
日が沈み、闇が村全体を覆う時刻。
本来なら皆寝静まるはずのこの時間に、エルドを含む何人もの村人は一つの家屋へと向かった。
木製の小さなドアをこじ開け、雪崩込むように室内へと人々が押し入る。
「な、なんだ!?」
突然の騒ぎに目を覚ました男がベッドから起き上がろうとした時、彼の脳天に重い衝撃が走る。
一瞬の視界の暗転の後、頭から頬に伝う生暖かい感触。
「え……あ……?」
「すまぬ、呪いを解くにはこうするしかないのだ」
ベッドを取り囲む村民たちが、それぞれ手にした農具を男に振り下ろす。
「がっ……! なん……で!! お、おれは……ただ身を守ろうと……ごあっ!!」
体を丸め、必死に防御姿勢を取るが鉄製の農具の一撃が身を守る腕を、逃走のための足を砕いていく。
弁解を繰り返す男に苛立ちをぶつけるように最初は迷いのあった村民たちの攻撃が段々と迷いのない、殺意の籠ったものに変わっていく。
「やめ……」
「これも皆が生きるため、罰を示さねばならん」
エルドの振り下ろした鍬が男の頭部にめり込む。
何かが砕ける感触の後、数回の痙攣を終えた男は遂に動かなくなった。
「……川の近くに埋め、祈りを捧げよう」
エルドの指示で動かなくなった男を村民たちが運んでいく。
荒い息を吐き、血に塗れた衣服を気にする様子もないその目は妙な興奮を映しているようだった。
「終わりましたか」
「ッ! クロ様!」
気が付くと戸口にクロードが立っていた。
いつものように穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりとエルドに歩み寄る。
「この決断を下すのも……大変な覚悟があったでしょう」
「……我らは、とんでもない事をしたのかも知れません。 しかし……これで川は元に戻るのですよね?」
「ええ、しっかりと皆で祈りなさい。 そうすればまた清浄な水が戻ってきます」
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
エルドが跪き、頭を垂れる。
そんな彼の頭を優しく撫で、クロードは屋敷へと戻っていく。
ぞろぞろと川へ向かう集団を見ながらクロードはほくそ笑んだ。
(ここですべき事は終わった、じきにこの村は滅ぶ)
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